16 徒歩で来た馴染みのお店。
朝ご飯をお供えし、そのお下がりをしっかりと食べたリラは、今日は元気いっぱいだ。
だから元住んでいた地域まで出掛けることにした。
徒歩で。
だって馬車苦手だし。
幽霊の三姉妹さんには心配されたが、二時間程度なのでリラ的には無問題。だからブーツは頑丈なのが好き。ダッシュもできるのは皆さまご存じ。
「あ、でもお昼ごはんには戻れないと思います」
「いや、その心配いりませんから。ご自分の心配して」
でもちょっとだけ残念そうなお顔をされた。三百年ぶりのご飯、すごい。
そうして訪れたのは馴染みのある、武具道具屋だった。
武具の手入れ用品も扱っていて、エルマー家は長いこと馴染みあるお店。
リラはまずできることからと、約束の花瓶の修復を考えて。そしてこのお店なら、他の案件の解決もできるのではないかしらと。
「こんにちは」
カララン、と呼び鈴付きの扉が鳴る。
この鈴は御店主の故郷の一品とあって、かなり音も良い。
そう、御店主。
「お、おお……」
店の品出しをしていた彼はリラの姿を見ると、その髭のご立派な相好を崩す。
「リラちゃんじゃないか! 心配してたんだぞ!」
彼はリラの胸元ほどしかない背丈だけれども、ずんぐりとしたお身体全体でリラの元気そうな様子にほっと安堵を現してくれた。
そう――御店主のラーソンさんはドワーフだ。
リラは幼い頃から、お世話になっている。それこそ、母のお腹の中にいるころから。エルマー家としてはお祖父さんの代から。ラーソンさんがこの国に店を開いたときからのご縁があった。
ドワーフは長命種に入る。
人間の三倍から五倍ほどの寿命があるという。
もしもリラが――以前の生でもう少し神話や伝承、ファンタジー作品、アニメや漫画などに興味があれば。そうした作品に触れていたら。
ドワーフの存在に目を輝かせていたであろう。
それは武具制作だけならず、その太い指では信じられぬ美しい細工や工芸が得意なファンタジー世界の有名どころな存在だ。
しかし如何せん、彼女に触れたのは家業な霊的なオカルト。そして筋肉。
道場に通う子らから面白いよと「頭脳が大人」な有名漫画をたまに借りて読んでいた、程度。叔父は「じっちゃんの名にかけて」な方が好きだったらしい。
――転生するのはオタクばかりではないと、後にそう叫ぶ者も現れる。
ラーソンさんはリラの出産祝いさえくれた、生まれた時からの付き合いであれば、ドワーフという存在もすんなり受け入れていた。
ドワーフの中でも洒落者なラーソンさんは、チェック模様のシャツにベルトつるしのズボンと、同生地のベスト姿。ドワーフらしく体格が良いのを上手く取り入れた柄だ。
彼はリラが痩せてもやつれてもいない様子にほっとした。
「いや、ラスタが大変なことは聞いてたんだが……」
ラーソンさんにエルマー家の現状を改めて説明すれば、彼はなんとも言えなさそうにその豊かな髭を撫でた。
「でもまぁ、兄たちは念願叶って結婚できましたし」
辺境の小さな神殿で二人きりの結婚式をするつもりと事前に聞いていた。逆にロマンチックなんじゃあないかしらとリラはひっそりほくそ笑みしていた兄を思う。あんにゃろめ。お幸せに。
「それはめでたい」
しかし結婚祝いさえ贈れなかったとラーソンさんは少し残念そう。
世間さまには聖女に対して不敬を行ったエルマー家とラスタの幼なじみの家を倦厭するものも多いので、彼もそうだったらどうしようとちょっとだけ心配していたリラは、変わらない態度のラーソンに感謝だ。やはり家族ぐるみ、なまじかな人間より信用できると、親も兄も言っていた。リラも改めて。
彼は話は聞いていたと、むしろ聖女に対してプンスコしてくれた側のひとだ。
エルマー家に親しい方たちはそうした方々が多いことにも、改めて感謝だ。
「しかし、幽霊屋敷? だって?」
「ええ、まぁ」
彼はリラの現状を聞いて、改めて髭を撫でる。婚約のあれこれ、フェルナンドにプンスコ再びしつつ、しかしちゃんと慰謝料を払ったと聞いて何とかおさめる。プンスコしながらハンマーを持ち出して「今からいっしょに殴りに行こうか?」と笑顔で尋ねられたのをリラが必死で首を横に振ったのもあり。
そんな彼も……幽霊が本当にいて、リラを雇ったという話に、あんぐりと口を開けた。
「嘘じゃありません」
ラーソンさんは信用、そして信頼できる。
だから、もってきた金貨を見せた。
ただでさえ大金だから、怖々持ち出して来たのは一枚だけだったけど。
「手付金としてもらいました」
リラから手渡された金貨をみて――ラーソンさんはじわじわと目を丸くして、またあんぐりとあけた口をさらに開けた。
「……竜金貨じゃない? これ?」
――と。
本当にドワーフとかエルフとか、興味ない人は全く知らないんですよ。びっくりしたことあります。




