10 「あなたはどうやってたつきを得るおつもりかしら?」
「だめと言われましても……」
リラは否定された乾パンを齧る。パンと名が付いても一口サイズのビスケットのよう。あ、これ。兄が乾燥させたクルミをいれてくれたやつだ。これ好き。
「……んぐっ、く」
水がないとやはりつらい。そういえば腹の中で水を吸って膨らむとか言っていたな。だから食べ過ぎるな、とも。
咽せそうになっているのをおろおろと心配してくれた三姉妹は、リラが落ちつくと、付いてくるように、と。階段をふよふよと登り始めた。
「だいたい理解いたしましたわ」
エリザベスは、さすがは公爵家当主。
「あなた、先立つものが……ずばり、お金がありませんのね?」
それぐらい察することができずどうしますかと、扇を出して己の顎先に添える。何とも優雅に気品ある仕草。リラがどこから出しているのかなと、ひっそりと思ったのは内緒だが。
「まぁ、はい……」
聖女さまにご無礼したあれこれで没落したのは本当で。
元々、父と兄のお給金で暮らしていた領地無しの子爵だし。その爵位のために払う税金だって中々の額だった。
一文も無くなったわけでは無いし、一家離散中ではあるが、互いに落ちついたら連絡しあってどこにいるかの把握はする予定だ。でも先を考えたら無駄遣いは銅貨一枚もできない。
自分の現住所をどうするか悩み中が、今のリラ。
その現住所の先住者さんたちがリラを案内したのは生前、当主の執務室だったという部屋。
「ついていらして?」
執務室に案内されて、そのまた中にまで。
「し、失礼します」
子爵家の父の執務室とは差がありすぎる部屋に、リラはおっかなびっくり足を踏み入れる。広い。家具も高そう……あ、三百年ものの付加価値ついて本当に高いんだ、これ。
自分たちにダッシュしてきた勢いはどうしたと三姉妹は苦笑する。
「さて、改めてお話いたしましょう」
応接室ではなく執務室なのは、リラが「客」ではなくなったからのようだ。きちんとしてる。
「不快な質問もするかもしれませんわ。予め、ごめんなさいね」
「あ、はい」
席に付くように促され、再びの配置に。執務室の応接用セット――来客用のソファとテーブルは、また豪華だ。先ほどの応接室よりは幾分落ちついた雰囲気なのは、商談などもする場合を考えてあるのだろうか。
なんだか面接みたいだなと、高校入試を薄ら思い出す。こんな豪奢な家具なかったけど。
「あ、わたくしたちにはお茶が必要なくて……」
失念していたとイヴリンが気がついてくれた。飲食が必要なくて、むしろ取れなくて。応接用のテーブルに何か足りないと……生前の記憶から。お茶がないのだ。
「昔でしたら紅茶をきちんと……」
エリザベスとユージェニーも、生前であれば最高級品でもてなしたのにと――公爵家としてのプライドやあれこれで悔やむ。
「あ、あの大丈夫です」
正直さっきの乾パンで水が欲しいが耐えられないほどではない。
「それで、お話とは?」
三人がしょんぼりしているのを紛らわすため、リラは話を進めてもらうことにした。
「そうですわね。ではまず……そうね、お尋ねしづらいことから。でも、一番大事なことだから」
答えたくなければそうしてくれても良いと、エリザベスは先に言ってから。
「あなたはどうやってたつきを得るおつもりかしら?」
確かに一番尋ねづらいが、一番大事なことだ。
エリザベスはまだ十五歳な少女がどうするのかと、心配してくれたのだとわかり。
リラはとても真面目なお話だと、姿勢を正した。
「はい、護衛としてどこかのお屋敷に雇っていただけないかと考えておりました」
リラはフェルナンドという婚約者もいたが、彼という存在ができる前の進路がまさに、それだったので。
「護衛?」
「はい、ご婦人の貴人のための護衛は、同姓はそれなりに重宝されまして……」
メイドや侍女が護衛もできるとあれば、お嬢さんをもつ高位貴族には実は重宝される。大事な娘の寝所も、同姓ならばいざというときも安全。
エルマー家に生まれた女性は、そうしたことで家を出るのが多かった。
「ただ、エルマー家は今はちょっと聖女さまのあれこれで、貴族の方には……」
だから狙い目は商家の方か。不動産屋さんはそれを言ってくれていた。
「なるほど」
生前、まさにそうした女性の護衛も雇ったことがあるグローディア家だ。
すると、やはり気になることがある。
「どうしてあなたは騎士にならなかったのですか?」
エルマー家は騎士の家系。
開祖が女性騎士ならば、その道も確かに。
女性騎士となる娘も、家系図の中には確かにいた。
十五歳ならば、そろそろそうした騎士の入団試験も受けられただろう。
だが。
リラは、なれなかったのだ。
受ける前に、試験内容で、どうしても無理な項目があり。
「私は騎士になれなかったのです」
何故ならば。
「馬に、乗れなくて」
それは生前の死因に関係あり。
「人をはねるかもしれないものが、どうしても怖くて……」
馬には触れられる。かわいいと、兄の愛馬の世話の手伝いは楽しんでいた。
しかし、その背に乗り――走り出されたら。
――迫り来る白い車を思い出して。
「何とか相乗りで後ろに乗せてもらったりは、できるようにはなったのですが……」
兄と兄の幼なじみのおかげさまで。
何年も馬に乗る訓練に付き合ってくれた二人は今頃どの空の下か……あ、西の辺境だった。
「馬車は乗れないとこの世界では移動手段が限られますから、それも何とか」
それも何とか訓練した。こちらの方が馬より慣れないと生活に関わり。酷く酔ったような状態になってしまうが。
「それは……」
「お可哀相に」
ユージェニーは生前、よく馬に乗り領地を見ていたから解る。確かに馬による衝突事故は、ある。
リラを見ていたらわかる。彼女ならば十分、騎士になる実力を、満たしているのだろう。
だが、騎士が一人で馬に乗れないとあらば……。
「それに私は、剣より無手の方が得意でしたから!」
しんみりしてしまった空気を何とかしようとリラは明るく。自分の特技を、握り拳を作って――ぐっと力こぶ。
「すごい!」
「まぁ!」
「……お見事」
イヴリンは無邪気にはしゃぐが。同じように笑顔を浮かべるが、公爵家の姉たちは察していた。
女性騎士の――姫の寝所すら任せられる護衛が、いざというときの得物がなくても対処できる存在が。
どれほど得難い存在か。
きっと、騎士になれないことが――どれほどこの少女を悔しがらせ、周りが惜しんだことだろうか。
騎士で有名な家に生まれたのに。
きっとそれは……。
「鍛えてますから!」
……こうして、明るく言えるようになるまで。
実は大変だったリラさん。そりゃあ…
…三百年前のソファーの綿が大丈夫かと、野暮は言わないでね?w