悪の令嬢は伝説の竜と共に無敵令嬢の道を行く。
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「全く、今日も今日とてよく飽きないわね」
人呼んで悪の令嬢こと私アリアナ・フレイクスは、そう呟いた。
目の前には苦しげな表情をしてうつ伏せになりながらもこちらに手を伸ばしている男がいる。全身が痺れて動けないのだろう。当然だ。貴族の階級である特徴の青い目を薄めてこちらを睨んでいる。
私はそんな彼を見ながら、玉座のような金の装飾のされた赤い椅子に座ったまま話を始めた。
「貴方はどうして私を狙うの?」
その問いに、彼は金の髪を揺らしながら低く答えた。
「それは貴女が悪だからだ」
「どんなところが悪なの?」
私は間髪入れずに聞いた。
「貴女は他の貴族と自ら敵対し、攻撃的な言動をとった。国の秩序に関わる問題だ」
よほどキツいのか、男はそこで言葉を区切った。
ハアハアと荒い息遣いをしたあと、もう一度話し始める。
「そして、それ以上に、貴女は罪を犯した」
彼の瞳には私に負けてなお私を断罪するような強い正義感がこもっていた。
その顔を見て、私は黒いレースの付いた高級な扇子の中で少しだけ微笑んだ。
人の、こういう顔が好きなのだ。
ドSなのではない。
ただ、正義感でここまで来て、そして負けて、さらにこれから私が紡ぐ言葉が彼の心を打ち砕くのだと思うと不思議な感覚に陥るのだ。
彼は自身ありげに言い切った。
「貴女は、竜を制御した。王によって討伐を命じられたというのに、その竜を生かすだけでなく使い魔にしたのだ。これは王命に背くだけでなく、国民への裏切りに値する!」
「えぇ、そうね」
彼の言う通り、半年前私は国王ライアスによって、国に被害をもたらした竜を倒すよう命じられた。
それは私が悪の令嬢と呼ばれるようになった、無敵と言える強さが理由だ。それによって軍隊を率いる事なく私は山奥へと向かったのだ。
そして出会った赤い竜を、己の使い魔とした。
「ところで貴方、その竜についてどこまで知っているかしら?」
「……は?」
男は目を見開いて、私を睨みつけたあと、渋々語り出した。
「竜の呼び名は灼熱炎竜。伝説の竜で、山奥の洞窟に住んでいる。しかし、一年前に起こった災害によって土砂崩れが起き、灼熱炎竜は山を出て国を荒らし始めたのだ」
男はようやく体を起こして、あぐらをかいて前のめりの体勢を取り、こちらを睨んだまま続ける。
「軍隊は竜の討伐に失敗。そこで王は貴女に頼ったのだ。だというのに貴女はその信頼を裏切り、竜を守った。その罪は重いのだ」
彼が誰からその話を聞いたのかは知らないが、私がこれまでに他の人から聞いたものと同じだ。
恐らく、国中に広まっている噂なのだろう。
「そうね、みんなそう言うわ」
怒った国王ライアスは、軍の精鋭たちに私を殺すように命じた。それでも誰も私を倒せなかった。
もちろん、彼らとて私を侮っていたわけではない。悪の令嬢とまで呼ばれる私のことを彼らは警戒し、万全の状態でこの屋敷へと入ったのだ。
その数はこの五ヶ月でなんと、三十四人。
全てがこの国の最前線を行く軍の英雄だ。
でも、私は誰も殺してはいない。
三十四人その全員を私は殺すことなく解放している。
「ところで、貴方は本当にその話を信じているの?」
その言葉一つで、男の表情は自信に満ち溢れたものから崩れ落ちた。
「どういう意味だ?」
「灼熱炎竜は少なくとも数百年前から存在している。その間に、酷い災害は何回あったと思う? 十回どころではないわ。歴史の本を少し読むだけで、数えきれない災害を知ることができる」
今回の土砂崩れだけに竜が反応するなどおかしなことだ。
何か他の要因があったとしか思えない。
そして私はその内容を知っている。
なんて言ったって、灼熱炎竜その者から直接聞いたのだから。
「灼熱炎竜は、国民を一方的に攻撃したんじゃないわ。先に攻撃したのは人間なのよ。もっと言えば、軍人によって攻撃されたの」
「それは嘘だ! 軍隊が竜を攻撃する理由がない!」
正義感の高い男は頑なに認めず、私が嘘をついているのだと反論を繰り返した。
その光景を見ながら、私はゆっくりと落ち着いて会話を続ける。
「竜その者を攻撃したんじゃないの。竜の住処である山を襲ったのよ。狩りをしたくて軍隊を連れて出た国王たちはミスを犯した。なんらかのトラブルがあったんでしょうね。狩りのための罠の威力を間違えた」
魔法を使えるこの世界では、罠のために炎や氷を使うことが多い。その威力を間違え山の一部が壊滅した。
「確かに、王が軍隊を連れて狩りへ出たという記録はある。が、まさか……あの土砂崩れは、威力のミスによる地響きが原因で………」
「そうでしょうね。怒った灼熱炎竜は攻撃を開始した。そうでなくとも、新たな住処が必要だもの。移動を行うのは当然ね」
男はようやく現実が見えてきたのか、ワナワナと体を震わせて何やら呟き始めた。
「だとすれば、我々が行なっているのは伝説への冒涜ではないか……しかし、ならばどうして貴女は竜を守って……」
「もともと、私は竜を殺す気なんてなかったのよ。悪の令嬢と呼ばれるだけあって、国王ライアスへの忠誠心なんて持ち合わせていないの。ただ竜に会いたかったから請け負っただけよ。それで会ってみたら会話ができたの。多分、私の魔力が強いのと、竜への攻撃をしようとしなかったからでしょうね」
淡々と真実を語ってやれば、男は床に転がった剣を見つめて言った。
金の装飾を成された、国王より直々に賜る英雄の証の剣だ。
「ならば、我々はどうすればいい?」
切実な言葉だった。
今まで信じたモノは嘘であり、仕えた国王ライアスもまた嘘を広めて軍隊を私に向かわせていたのだから、何を信じればいいのかもう分からないのだろう。
「ここに来る者を無力化したあと、私はいつもこの話をしてみせる。そして全員が貴方と同じことを言うの」
令嬢を襲う理由がなくなった。
悪の令嬢は悪ではなかった。
国王ライアスは嘘をついていた。
自分はどうすればいいのか。
灼熱炎竜を放っておくわけにはいかないのに。
そんなことを一通り呟くのだ。
「でもね、嘆くことなど何もないわ。灼熱炎竜は私の使い魔となったのだから、私が願えば国を襲ったりはしないでしょう」
「では、今すぐにでも!」
「タダで願うわけないわ。いくら悪の令嬢の私とて、灼熱炎竜に対して許してくれ、なんて言えない。それはあまりにも可哀想だと思わない?」
「ではどうすれば!」
「灼熱炎竜は私が責任を持って制御するわ。だから、この屋敷を広くしてくれないかしら? 竜を買うには狭すぎるもの。それから、裏にある山へ人が出入りすることを制限してほしい。これまでやって来た精鋭たちにも同じ要望をしているのだけれど、国王ライアスに考えを改めさせて要望を通させるのは難しいみたいなの。だから貴方も戦力として加わって、一刻も早く国王を頷かせてみせて」
「分かった、分かったとも。今回の非礼、心からお詫びする。必ずやこの約束、叶えてみせる」
「それは良かった」
男はまだ体が上手く動かないようだったが、少しでも早く王城へ帰って仕事に取り掛かるべく去って行く。
その後ろ姿に、一つだけ問いかけた。
「国王ライアスに嘘をつかれ、オマケに私には敗北した。今の感想はどう?」
振り返った男は最高の笑みで答えた。
「最悪だよ、アリアナ・フレイクス殿」
その瞳にはもう、国王ライアスへの盲目的な信頼は宿っていない。これからはきっと、正しい判断を自ら下すことが出来るだろう。
「それにしても貴女は強すぎた」
そんな言葉を残して、彼は重い扉の向こうへと消えて行った。
残された私は一人、苦笑を漏らす。
「当然ね。私は灼熱炎竜に勝利しているのだから」
その瞬間、私の座る椅子の後ろ、銀の鉄格子の向こうから声がした。
『全くだ。真実を伝え和解し協力者となったというのに、お前はこの灼熱炎竜に戦いを申し出た』
竜の声だ。人間とは違う言語だが、私には伝わっている。
「伝説の竜と戦う機会なんて一生に一度もあるかどうかよ? 戦わないなんて勿体無いじゃないの」
『ふん。まさかこの俺が人間ごときに負けるとはな……しかしまあ、その魔力量は俺よりも多い。この世の全ての生命に勝っているだろう』
「灼熱炎竜がそう言うなら、間違いないのでしょうね」
檻の中から赤い光が放たれた。
『お前、生まれつきその魔力量か?』
「えぇ、そうよ」
『もはや人間の域を超えているな』
「光栄だわ、灼熱炎竜」
やがて赤い光は収まり、代わりに檻の中から一人の人が姿を現した。
深紅の髪、金のピアス、黒と赤の服装で、美貌は人間離れしている。
その男が檻に触れればたちまち鉄格子は砂のように崩れ穴を開けた。
「それにしても、竜が人の姿になれるなんて初めて知ったわ」
不遜な表情の男は、目をギラつかせて屋敷の扉の向こうを見据えた。
『灼熱炎竜は千年以上前から存在するのだ。その在り方はもはや神に等しい。お前に勝つ以外のことならば、なんだって可能だ』
「もうすぐ、国王ライアスは考えをあらためて私に謝罪をしたのち灼熱炎竜の討伐を打ち切るでしょうね。そうすれば貴方は自由だわ」
『俺はお前に負けたのだ。ならば、お前がその寿命を終えるまで仕えてみせるのが竜の生き様。楽しませろよ?』
私はそんな灼熱炎竜の姿を見て、頼もしくなった。
「最高の時間を過ごせると約束するわ」
こうして、のちに無敵令嬢と呼ばれるアリアナ・フレイクスと永遠に歳を取らないその従者・灼熱炎竜の運命が始まるのだった。
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