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とある妖精の祈り

作者: 桐原まどか



あるところに妖精たちが暮らす、静かで平和な森がありました。

妖精たちの住んでいる場所には、特殊な結界が張られており、なんびとも立ち入れません。

木の妖精、水の妖精、火の妖精、風の妖精...様々な妖精たちが、喧嘩することもなく、日々穏やかに過ごしていました。

ある日のことです。

生まれて間もない妖精が先輩に質問しました。

「今年は200年に一回の<フェアリー・クイーン>の戴冠の年なんですよね?」

問われた先輩妖精は答えました。

「えぇ、そうよ。7月の最初の満月の夜に現女王の引退、新女王の戴冠が行われるの」だから、と先輩は続けました。

「多少、危険は伴うけれど、人間のいる場所にも出ていかなければいかないわ...とびきり美味しい花の蜜や樹液や甘い水を手に入れなきゃいけないから」

それを聞いた妖精の顔がたちまち曇ります。

人間の怖さを散々先輩方から聞かされているからです。

曰く、人間に見つかると、羽を毟られる。

鱗粉をこそげ取られる。

命こそは取られないけれど、何でも<材料>として価値があるらしく、それをされると再生するまで、飛べなくなるので、仲間に迷惑がかかってしまう...。

そんな後輩の背中を、先輩はバンっと叩きました。

「大丈夫よ!わたしたちは単独行動はしないし、いざとなったら、鱗粉で目を潰してやればいいわ!」

※※※※

それからは賑やかで忙しい日々が続きました。

みなで協力し、様々なものを集めるのです。

花の蜜、樹液、甘い水や、飾り付けの葉っぱ、木の実などなど。

あの時の妖精―そうそう、彼女の名前はレイア、といいます。

レイアは夢中になって、レンゲの花の蜜を集めていました。

一陣の風が頬を撫で、彼女はふと顔をあげました。

「あれ?」

キョロキョロします。

―みんながいない?

サッと血の気が引きます。

どうやら蜜集めに夢中になるあまり、仲間とはぐれてしまったようなのです。

おまけに。

ザッザッという、草を踏みしめる音が聞こえてきました。

―人間だ!

直感した彼女は、慌てて、近くの木のうろに隠れました。

果たして、姿を見せたのは、人間の少女でした。

歳の頃、14、5歳の愛らしい顔立ちの少女でした。

小さな―でも透き通った声で歌を歌っています。

美しいメロディにレイアは聞き惚れました。

歌が終わると、少し残念な気持ちになりました。もう少し聞いていたかったな...。

と、「ミア!ミア!どこへ行ったの!」と女性の声が響きました。

どうやら歌っていた少女のことらしく、彼女は「ここにいるわ!」と叫びました。

同い年くらいの少女が姿を見せ、「ダメじゃない、離れちゃ。何かあったら大変なんだから!」と言いました。

「大丈夫よ」とミアは笑いました。

「最近、すごく調子が良いの。」

あとから来た少女は

「倒れたりしたら、大変なんだから!」と小さい子供に言い聞かせるような口調で言いました。

「はーい」

と答え、二人の少女は手を繋いで去って行きました。

充分に遠ざかったのを確認してから、レイアはうろから出ました。

なんとなく、『あの子、体が悪いんだ...』と思いました。

と、「レイア!いた!」先輩が息を切らして、やって来ました。

「はぐれちゃ、ダメじゃない!心配したわ、何もなかった?」という問いに

「はい、大丈夫でした。ごめんなさい」とだけ言いました。

夜。妖精たちはそれぞれの家代わりの、木のうろで休みます。

レイアは昼間、遭遇した、ミアという少女のことを考えていました。

―どうして、こんなに気になるんだろう...。

眠らなければいけない、と思っても目が冴えてしまっています。

レイアはうろから出ました。

月の光を浴びて、夜更かししている妖精―キリーがいました。

レイアは勇気を出して、話しかけてみました。

キリーは黙って話を聞いてくれました。

そうしておもむろに<妖精>という存在について、話してくれたのです。

レイアは目を丸くしました。

次の日。レイアはキリーと連れ立って、昨日の少女―ミアを探しに行きました。徒歩で森に来ていたのだから、近くの住人に違いない、とあたりをつけて、探していきます。

果たして、見つけた少女は昨日のはつらつさとは打って変わって、ベッドの上で苦しそうにしていました。

レイアの心がキュッとなります。

キリーが教えてくれたこと―<妖精>とは元は人間―清らかな魂を持ったまま、亡くなった人間がなる存在である、と。

まれに、清らかな魂に惹き付けられることがある、と。それは多くの場合、近親者である、と。

レイアはキリーに尋ねました。

「彼女を助けたいわ、何か手は無い?」

キリーはしばし沈黙していましたが、やがて、口を開きました。

「ひとつだけ、あるよ」

※※※※

7月最初の満月の夜がやってきました。

レイアは覚悟を決めていました。

キリーがあの日、教えてくれたこと...新たに女王になる妖精に頼めば、もしかしたら、助けられるかもしれない...。

満月の光の元、静かに儀式が行われます。

現女王から新たな女王へ、冠が渡されます。

その瞬間、レイアは叫びました。

「すみません!女王様!お願いがあります!」

不意に中断されたことに、ギョッとする妖精たちです。

「何事だ?」

「新人の...」

「聖なる戴冠式で何を...」

レイアは進み出て、「女王様、どうかお願いします」と言いました。

「姉を、わたしの人間の姉である、ミアを救って頂けませんか?」

※※※※

新女王・ナーサはレイアの話を聞いてくれました。

「わかった」と頷くと「ただし、条件があるよ」と言いました。

※※※※

条件...それは天界の天使になること。

それは二度と<生まれ変わる>ことが出来なくなる、ということ。

「構いません」レイアは言いました。

「覚悟は本物みたいだね」ナーサは、ふぅ、と息を吐きました。

「いきなり大役だ」

※※※※

こうして、新たに一体の天使が誕生しました。

レイアは仲間―妖精たちに見守られながら、天界に昇っていきました。

彼女の生前の姉・ミアは、その後、すっかり病気はよくなり、健康に幸せに生涯を過ごしました。

妖精になり、天使になった、妹の祈りにより...。

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