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アセンブル3 ― backstage  作者: 桜木樹
第一章 backstage
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第5話 江藤巳佳の場合 1

 ファインダー越しに見る世界は格別だ――


 フォーカスすると視界が狭くなって、余計な情報がシャットアウトされる。カメラは、相手が物だろうが人だろうが真の姿を暴き写し出す。


 肉眼でモノを見るよりも、そのモノの本質を覗けるような気さえする。


 だからこその“写真”。


 良い……実に良い――


 …………


「インタビュー?」


 街を歩いていると、雑誌記者を名乗るおねぇさんに声を掛けられた。20代後半くらいの清潔感あふれる女性。インタビューに応じてくれたらお小遣いをくれるというから一緒に喫茶店に行くことになった。


 喫茶店に着くとアタシとおねぇさんは向かい合ってテーブルに座る。


 それからおねぇさんが自分の雑誌がどういう雑誌かを説明し始め――


「題して! 今どきのギャルの生態! ってな感じね」


 おねぇさんが両手を広げて朗々と語る。


 ――ギャル……? アタシは自分がギャルだとは微塵も思ってないんだけど……まぁ、この人がそう言うならそう見えるんだろうね。


 にしてもタイトルがダサい。何年前の雑誌だって言いたくなる。


「――で、最近流行ってることとかってある?」


 急にそんなことを言われてもパッと思い浮かぶものがない。


 そもそもアタシは他人とつるんでどこかにアソビに行ったりとかほとんどしないから、流行っているものなんて知らん。


「あれ? もしかして思いつかない? だったら今自分がハマっていることとかやってることでもいいわよ」


 ――今アタシがやってること……?


 だったら――


「撮影……かな」


 するとおねぇさんは得心がいったと手をポンと叩く。


「あぁ! なるほどね! そういえば、最近写真とか動画とか流行ってるわよねぇ。確か……映え? とか言うんだったわよね?」


「ええ? ま、まぁ、そんな感じかな……」


 おねぇさんがうんうんとうなずきながらメモをとる。


 それからおねぇさんにいくつか質問され、アタシはそれなりに適当に答えた。質問とは関係ない写真や動画の話なんかは結構盛り上がった。


 そして話が終わると。


「今日はどうもありがとね。お代は私が払っておくから。――後これね」


 そう言っておねぇさんは白い封筒をテーブルの上に置いた。


「じゃあね」


 おねぇさんは手を振って店を出ていった。


「ふぅ……バレなかったみたいだね」


 アタシはテーブルの下に入れていた手を出した。


 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 テーブルの下は暗いけど、向かいに座るおねぇさんの太ももがちゃんと映ってる。そして彼女が足を動かすたびにその奥にある布がチラッチラッと見える。


「ふむ。できはまあまあってとこかな」


 そう……


 あのとき、アタシは本当に撮影をしていたわけだ。いわゆる盗撮ってやつ。別にアタシがこれを見てナニするわけじゃない。これを動画サイトに投稿してお小遣いを稼ぐ。これこそが今アタシがハマっていることだ。


 …………


 アタシは写真家の家に生まれた長女。上に歳の離れた兄がいた。


 パパが写真にまつわる仕事をしていた影響で、当然のように兄もアタシも写真にハマった。それから、時代の潮流にのって動画撮影にも興味を持つようになった。


 アタシがまだ幼かった頃、兄にとあるお願いされた。


 それが盗撮だった。


 幼いながらにそれが悪いことだっていうのは十分に理解していた。だけど、見返りとして貰えるお小遣いに目がくらんで兄のお願いを聞いてしまった。


 それから定期的に兄にお願いされるようになった。


 アタシはバイト感覚で盗撮業務を淡々とこなした。女子トイレ、更衣室、銭湯などなど、特に男性が簡単に入っていけない場所での盗撮はポイントが高かった。


 だが、そんな盗撮でのお小遣い稼ぎにも終わりの時が来た。兄は兄で自分でも盗撮に興じていたらしく、それがバレたのだ。


 警察に連れて行かれてなんやかんやあって、最終的に示談という形に収まったけど、しばらくもしないうちに兄は自らの命を絶った……


 兄はアタシに盗撮させていたことを誰にも話さなかった。だから、警察がアタシのところに来ることはなかった。


 兄から盗撮を頼まれることはなくなったことで、アタシは盗撮をすることはなくなった……。――と、思うじゃん?


 だけどアタシは未だに盗撮を続けていた。


 ここ数年で、動画投稿サイトにオリジナルの動画を投稿してお小遣いを稼ぐっていうモデルが確立された。そして、二匹目のドジョウを狙いに行くかのごとく似たようなシステムのサイトが乱立した。

 その波は当然のように成人向けのサイトにも波及した。


 アタシはそこに目をつけたってわけ。


 エロ系には必ず一定の需要がある。だから動画を投稿しても再生数が伸びないなんてことはない。もちろん某有名サイトのようにひとつの動画が10万とか100万を超えて再生されることはほとんどないが、最低でも4桁は超える。誰にも知られず埋もれるなんてことはない。

 それはつまり最低限の実入りが保証されてるってこと。そこに目をつけたわけだ。


 で、アタシはそういうサイトに盗撮動画をアップしてお小遣いを稼いでるってわけ。しかもアタシの投稿する動画はほかの盗撮動画に比べて再生数の伸びがいい。


 その理由は簡単な話で。アタシが()だからだ。


 盗撮って聞くと大多数の人が男の犯罪って思うだろう。ところがどっこい、実は女性の盗撮犯ってのも少なくない。


 なんでかっていうと、『女性は女性を警戒しないから』。だから無防備な姿を見せることが多い。そうなると当然盗撮もやりやすくなる。さらに言えば、男では絶対に入れないような場所にもカンタンに入っていけるのが強みだったりする。


 ホント、動画サイトバンザイ! ――ってなカンジ!


 何よりも、売春したりパパ活したりするよりも格段にリスクが少ないって点がサイコーだ。


 もちろんそれらの活動に比べて一回で稼げる金額は微々たるものだけど、動画は1回投稿したらずっとそこにあり続けるのだ。継続的に再生され、収入の足しになるなる。長い目で見ればこっちのほうが大金を手にできる可能性だってある。


 そして、動画だけじゃなく、写真もまた然り。


 デジタル写真は昔のフィルム写真と違って、誰でも手軽にコピーができる。1回撮影に成功した画像は、元手ゼロでいくらでもコピーして売りさばけるってわけね。


 こうやって、私は結構多くのお小遣いを稼いでいたりする。


 ――え? なに? 犯罪だろって? あのねぇ、そんなこと言ってたらなんもできないよ。そんなに文句があるなら、お金がないと生きていけないこの世の中に言いなさいよね!


 そして――


 あれから2年たった今もアタシは盗撮に(いそ)しむのでした……ってね。


 …………


「よーし。そのままよ……」


 ディバインキャッスルの中庭。その壁面付近の植え込みの影からアタシはファインダー越しにムネ子ちゃんを覗く。


 彼女が前屈みになった瞬間、被写体をその中心に収める。


 ――よしきた!


 アタシはシャッターを切った。


「って、チョット!?」


 シャッターを切る瞬間にカメラとムネ子ちゃんの間にジャマが入った。ジャマしたのはいつも一緒にいるペタンコちゃんだ。


「ったく、せっかくいい画が撮れると思ったのに!」


 悔しくてついつい舌打ちする。


 でもこんなことでヘコタレたりするアタシじゃないんだよね。と、意気込んだはいいものの、その後何度かチャンスがやってくるたびにペタンコちゃんにジャマされた。まるでアタシの存在がバレているようだった。


 ムネ子ちゃんとペタンコちゃんが城内へと入って行くのを見て、アタシは植え込みから這い出た。


「はぁ、なんなのよ、もぅ!」


 イライラしながら体についたゴミをはらう。


 中庭中央にある噴水まで移動して、縁に腰を下ろした。


 アタシのカメラには望遠レンズがついていて、それなりの距離でもハッキリと撮影できる。さっきは結構な距離を開けて撮影していたはずで、こっちの存在がバレるなんてあり得ないはずだ。


 ――ペタンコちゃんって……もしかしてエスパー!?


「って、んなわけないでしょうが!」


 思わずノリツッコミ。


「――あ……」


 そこでアタシは気づいてしまった。


 さっきから、目の前の城壁にゆらゆらと光が映っていた。そしてそれは、アタシが手にしているカメラを動かすと一緒になって動いた。


 レンズに反射した光が壁に映ってたみたいだ。


「…………」


 つまり……


「アタシってバカ!?」


 こんな初歩的なミスを犯すとは――

 

 でも考えようによっては、これに気づかなかったムネ子ちゃんて相当のマヌケさんてことじゃない?


 なら今後チャンスが巡ってくる可能性だってある。


 今度は1人で行動しているときを狙おう。


 どんなときもめげないのがアタシのいいところでもある。

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