第14話 陰と陽 4
男は万葉学園を出てから歩き続けた。それはこっちにとって非常に好都合。
まぁ、今の私に取ってみれば車やバスを追いかけるなんて造作もないことだけど、私がその力を発揮しているところを誰かに見られるのはまずい。
男は常に一定の歩調で繁華街の方へと歩いていく。
夕方の繁華街は帰宅ラッシュの人々でそれなりに賑わっていた。そんな中を闊歩する男の姿はとても目立っていた。行き交う人がスーツ姿の巨漢を見て目を丸くしていた。そして、目立つという意味では私も同じだった。万葉学園の制服を着た人間が夕方の繁華街をうろつく姿が珍しいのだろう。
だが目立つことはさして問題じゃない。前を歩く大男にこちらが尾行していることさえ感づかれなければそれでいい。
繁華街を抜け、徐々に人の気配が少なくなってくる。段々とそれらしい場所へと向かっっているような気がした。
――このまま奴らのアジトの場所がわかればいいんだけど……
男が角を曲がった。少しだけ時間を置いて、私も同じ方向に道を曲がって――
「え……?」
立ち並ぶ住宅に挟まれた裏通り。身を隠せそうな場所などいくらでもある。
――まさか気づかれていた!?
「一体どこ、に――ッ!」
背後に迫る人の気配を感じ、瞬時に振り返りながら距離を取る。大男の丸太のような腕が空を掠めるのが見えた。そこは先程まで私がいた場所だ。反応が遅れていたらどうなっていたかわかったものではない。
「躱したか。あんた何者だ?」
「それはこっちのセリフよ」
日に焼けた肌の大男はタンクトップに迷彩柄のハーフパンツという動きやすいスタイルでサングラスを掛けていた。首に駆けたドッグタグがキラリと光る。
さっきのセリフからこの男がさっきまで私が尾行していた男で間違いない。私が尾行していることに気づいて、アタッシュケースをどこかに隠して動きやすい服装に着替えたってところか。
それも一瞬で――
「その制服はさっき俺がいた学園のもののようだが、今の身のこなしからすると素人じゃないな」
「そうね。――で、私の質問には答えてくれないのかしら?」
「素性をバラせない理由があるんでね」
「そう……」
――だったら無理やり聞き出すまでよ!
地を蹴って、瞬間的に距離を詰める。筋肉の鎧をまとった人間ならば狙うのは鍛えることのできない場所。
男なら急所に一撃! それしかない――
生憎と体格差のせいで私からその場所は非常に狙いやすい。
力を込め渾身の一撃を繰り出した。
「ぐえばっ!!」
私の一撃が入る前に、相手の膝が私の胸に刺さった。
カウンター――!?
無様にも、男の目の前で地に伏した。
あり得ない。私はアセンブルの影響で身体能力が向上しているんだ。その私の動きを普通の人間が補足できるはずが……
「やはり今の動きは只者じゃないな。だが、読めない攻撃じゃない。俺の最初の一撃を躱した段階であんたが普通じゃないことは理解してた。戦い慣れしている人間は無手でやり合うとき必ず相手の弱点をつこうとする。お前は絶対に俺の急所を狙うと思った」
「わざわざ……解説どうも……」
転がりながら距離をとって、急いで立ち上がる。
「ほほう。俺の攻撃を食らってまだ立ち上がれるのか」
相手も相当の手練。下手をすればアセンブルによって強化を受けた私よりも上かもしれない。
力ずくで口を割らせるのは時間がかかるかも知れない。ならばいっそ質問をぶつけてみる。
「あなた『叛逆する者たち』の人間よね?」
「『叛逆する者たち』? 知らんな。――ああ、なるほど、あんたは俺がそうだと勘違いしたわけか」
男は鼻で笑った。
「お前のようなのがいて。『叛逆する者たち』とかいうのがいて。……面白いなこの街は」
その言い方だと、この男は私達や『叛逆する者たち』とは別系統ってことになる。その事実はこちらにとって面白くはない。
「ま、何にせよ俺たちには関係ないがな」
そう言って男は立ち去ろうとする。
その行動に私は無性に腹が立った。目の前に私がいるのに、まるで「お前など眼中にない」と言わんばかりの行動だ。
「逃さない!」
この男が『叛逆する者たち』の人間じゃなかったとしても、私の存在がバレた以上このまま返すわけにはいかない。
急所を狙うのはやめだ。今の私の能力を限界まで引き出せば分厚い筋肉ごと粉砕できる可能性も十分にある。いや、勝つためにはそれをやらなければならない。
正攻法で距離を詰め相手の顔面に向かって右の拳を振り切った。
しかし、その一撃はスウェーの要領で軽く躱されてしまう。
「ぅべらっ!?」
またしてもカウンター。強烈な一撃が鳩尾に入った。
――なんで……この男……何、者……?
力なくくずおれそうになる体を必死で踏ん張って左の拳で相手を捉えようとする。しかし、思いのほか力が入らず、いとも簡単に躱されてしまった。
私の攻撃を交わした男のドッグタグが慣性の法則に従ってその場に残り続け、私の左手がそれに引っかかった。
次いで、私の左頬に男の岩のような拳が叩き込まれ、吹き飛んだ私は家の塀に向かって頭から突っ込んだ。
「ぐはっ……」
額から血が伝い脳が揺れる。ぼやける視界の先に近づいてくる男の姿が見えた。
殺られる……!?
そのとき、過去に体験したあの出来事を思い出したていた。あのときも私は迫りくる男に対して何もできなくて、殺されそうになって……
――まさか……?
「悪いね、お嬢さん」
そう言いながら、男は膝をついて私の手に絡んでいたドッグタグを奪い取る。腕に引っかかったまま飛ばされたからその勢いで千切れてしまっていたようだ。
膝をついて私を見るその顔はやはり……
「ぅ……ゲ、イル……」
やっとの思いで口にしたその言葉に男の表情が固くなった。
「ほぅ……その名で呼ばれるのは久しいな。だがその名はもう捨てた」
やっぱりそうだった。義父に拾われる前戦場で私のチームをたったひとりで壊滅させた男。後に彼がゲイルという名の凄腕の傭兵だと知った。
あのときの男が今目の前にいる。
「お前がどうして俺の昔の名を知っているのかは知らんが。このあと別の仕事があるんでね」
男はそう言って立ち上がると私の元から離れていった。
あのときと同じ。また見逃された……
私は彼の後ろ姿を見ながら意識を失った。
――――
意識が戻ったときには辺りはすっかりと暗くなっていた。意識を失っている間に体の痛みはほとんど回復していたようだ。
「ほんと……アセンブルってなんなのかしら……」
そういう疑問を抱きつつも、その恩恵に預かっている私。
家に帰ると、義父と弟がかなり心配していた。体は傷だらけで制服もひどく汚れていたものだから、何もないわけがなかった。結局事の顛末を洗いざらい話すことになった。
学園で発砲事件があったこと。その犯人があのゲイルの仕業だったこと。彼と交戦して自分が負けたこと……
私自身アセンブルによって得た力で思い上がっていた点は否めない。
「しっかし、あのゲイルがこの街にいるなんてな。目的は何だ?」
それがわかれば苦労はしない。
わかるのは彼が今別の名で活動していることと、“俺たち”と言っていたことからなにかの組織に属しているかあるいは雇われていることくらいだ。
――――
翌日、亡くなったのがクラスメイトの男の子だということを知った。これでますます謎は深まるばかり。ゲイルはなぜ彼を殺さなければいけなかったのか……検討もつかない。
――『叛逆する者たち』とは関係ないとのことだったけど……
そんな事件があったにもかかわらず学園は何事もなかったかのように普段どおりの時間が流れていた。
大人たちが色々と根回しして、普通の生活を送るよう心がけていたのは言うまでもない。やがて時が経つに連れ生徒たちの記憶からこの事件についてのことが忘れ去られていった……
私もそのひとりだった。
しかし、翌年の5月、私はこの事件のことを否応なく思い出すこととなる。




