第13話 陰と陽 3
「却っ下!」
仕事の関係で上納市と言う場所に移り住むことになった際に、義父は何を血迷ったのか私を学校に入れると言いだした。
私はそれを全力で否定した。しかし、世間体というのがあるからと義父は頑なに譲らなかった。
私の外見は15歳の時で止まっている。童顔なせいで見ようによってはもっと幼く見える。そんな幼く見える少女が学校にもいかずフラフラと近所をほっつき歩いていたら怪しまれるのだとか……
引っ越してきた先が高級住宅街にある一軒家なもんだから尚の事世間体というものが大事になってくる。
特に田舎では、円滑に事を進めるにはいかに周りに溶け込むかが重要なのだそうだ。
――だったら弟の素行はどうなるって話だ。
逆立てた茶色の髪に色付きのメガネ。見た目は完全に不良のそれで、とてもじゃないが世間体は最悪だろう。色付きのメガネを掛けているのはアセンブルの影響で目に異常があるからだとしても、それ以外の部分がデタラメすぎだ。
――昔はもっと可愛げのある子だったのに……
結局私は押し切られる形で万葉学園という学校に入学することになった。だけど、私自身学校生活を楽しむつもりは毛頭ないので。学校にいるときは“もうひとりの私”に任せることにした。
――――
私と真理絵の関係は少々複雑だ。
まず、真理絵が表に出ているときに体験したことは彼女が記憶している限り私にもその記憶が共有される。しかし逆はそうならない。私が表に出ているときに体験した出来事は真理絵と共有されないのだ。
人格の切り替え――私が勝手にそう呼んでいる――は私の意思で行えるが真理絵にはそれができない。だから私が主人格として行動しているときに急に真理絵が出てくることはない。あくまで真理絵は副人格というわけだ。だから義父に任される仕事もやりやすかった。勝手に真理絵が表に出てくるようでは命懸けの任務など無理だっただろう。
真理絵はうまく学園に馴染んでいたと思う。少なくとも社交性が皆無の私よりマシだ。
学校になんか通ったことがないのは真理絵も私も同じ。だけど、私が表に出ていた場合はすぐにその違和感が露呈していただろう。
例えば、「前に通っていた学校はどんなところだったの?」なんて質問が飛んできた際。私はきっと適当な嘘をついたと思う。だけど、その嘘がいつバレないとも限らない。もしバレたら、私は愛想の悪い嘘つきな女というレッテルを貼られていただろう。
しかし真理絵は違った。真理絵はその質問に対して「わからない」と答えたのだ。「わからない」なんて答えは常識的にはあり得ない。だけど、真理絵にはそれを無理矢理にでも納得させてしまうだけの説得力があった。普段の生活のチャランポランさが思わぬところで功を奏したのだ。学校生活を彼女に任せて正解だったと改めて実感した。
入学してからおよそ半年が経った秋のこと。学園内でクラスメイトが死ぬという事件が起きた。自殺ではなく他殺。生徒がまだ多く残る放課後の出来事だった。
その日は、猪口さんが委員会の仕事があるとかで、真理絵はひとりで行動していた。どういう思考回路をしているのか知らないが、彼女はひとりで野良猫探しをしていた。目的の猫は以前学園内に迷い込んできた猫で、相当に未練があるようだ。あれからもう4ヶ月も経っているから探しても見つかるはずはないのに、彼女はその考えに至れていなかった。
――わたしと真理絵は同じ脳を共有しているはずなのに、どうしてこうも性格に違いがあるのだろうか……
真理絵が猫探しに夢中になっている中で私は銃声を耳にすることになった。すぐさま真理絵と入れ替わって私は銃声がした方へと駆け出していた。別に何があるってわけでもないのだけど体が勝手に反応した。この平和国で、この平和な学園生活に銃声はあまりにも似つかわしくない。
たどり着いたのは校舎の西にある部活棟の屋上。関係者以外は中にはいることが許されていないが、中に入らなくても今の私の能力なら外から屋上へ上がるのも容易だった。
我ながら自分の能力に感心する。この点だけはアセンブルに感謝してもいいかも知れない。
他人に見られないように細心の注意をはらいながら、飛び跳ねるように迫り出した壁や窓枠の一部を伝ってあっという間に屋上へと到達。
校舎側にだけ緑色のフェンスが張られた特殊な作りの屋上。手がかりを探して外周をたどるとかすかに硝煙の臭いを感じた。
――ビンゴね。
臭いの発生源をたどるようにして歩く。
「ここか」
フェンスの一部のネジが不自然に歪んでいた。おそらく何者かが一度フェンスを外しもとに戻したのだ。しかもフェンスの接合部の状態は力技で無理やり引きちぎったようになっていた。どんなことをすればそんなことが可能なのかはわからないが、現にそうなっているのだからそれは疑いようのない事実だった。
フェンスの向こう側に視線を向ける。東に見える校舎の3階の窓ガラスが割れていた。距離とガラスの割れ具合から、普通の拳銃ではなく狙撃用のライフルが使われたのだろう。
この国では銃火器そのものが簡単に入手できるものではない。中でもスナイパーライフルは難しい。フェンスの具合のことも考えればここにいた人間は相当の手練だろう。
「スナイパー……プロ……」
この街でそれらの要素から導き出されるのは……
――『叛逆する者たち』……だろうか?
彼らなら銃を手に入れることは簡単だろう。でもどうして『叛逆する者たち』の人間がここにいたのかが謎だ。
「――って、そんなの後よ」
理由など本人を捕まえて直接聞き出せばいい。
「銃声を聞いてからそんなに時間は経ってないわよね。――まだ追える?」
私のような人間なら屋上から地上へ飛び降りることも可能だろうが、普通の人間には不可能だ。ならその人物は棟内から下に降りていったということになる。
私は部活棟内に急いで入った。
考えなければいけないのは、相手が私のように素性を隠して学園に溶け込んでいる人間だった場合だ。そうなるともう私には追うことはできない。
ちょうど部活の時間ということもあって、銃声を聞いた何人かの生徒が部室から顔を覗かせている。
その一人ひとりの臭いを嗅いで硝煙の臭いを確認していくという方法もあるけど、そんなことをしたら頭のおかしい人だと思われてしまう。真理絵ならそれができたかもしれないけど。
――相手がプロなら臭いを残すなんてヘマはやらないだろうからどのみち無理ね。
それ以上余計なことは考えず怪しい人物を探す。
「ねぇ、さっきの人見た?」
「うん。すごくガタイのいい人だったけど誰だったんだろうね」
そんな会話が聞こえてきたのは1階に降りたときのことだった。
「ちょっといいかしら?」
私は自然とその生徒たちに声をかけていた。
「もしかしてその人、アタッシュケースを持っていなかったかしら?」
「え? えーっと、そう言われると持って気がするけど……。ところであなたは……」
「そう。ありがとう」
「――って!? ちょっと!?」
私は彼女たちの呼びかけを無視して部活棟を飛び出した。
犯行に使われたのはスナイパーライフルで間違いない。で、そんなもの堂々と持ちながら歩いているところを誰かにでも見られたらすぐに足がついてしまう。だから、それを隠すための何かを持っているのは必然だ。そのためのアタッシュケース。
普通に考えれば正門は使わない。だからといっていつまでも敷地内をうろつくはずはない。だから正門以外の場所で一番近い出口を目指す。
ほどなくして……
裏門を出ていこうとする人の後ろ姿があった。スーツ姿の人物はアタッシュケースを手に堂々と歩いている。
後ろからでもその人物が非常に筋肉質であることがわかる。スーツのサイズが合っていないのか、見るからに窮屈そうだ。
私はそのまま男の後をつけた。




