第12話 陰と陽 2
戦場では常に死と隣り合わせだった。昨日まで楽しく会話していた人間が翌日にはいなくなるなんてこともしばしば。別れに対して特別な感情を抱くことはなかった。物心つく頃にはそれが当たり前の世界にいたから。この世にはどうして空気が存在するのかなんて誰も疑問に感じないように、私にとってはそれが極々あたり前のことだったから。
それは、父が凶弾に倒れたときも同じだった。
そのとき私は父の直ぐ傍にいた。父は後ろで指揮を取るような性格ではなく、常に仲間とともに前線で奮闘した。それが裏目に出た。
私達の前に現れたのはたったひとりの男だった。日に焼けた肌、2メートルはあろうかという巨体、丸太のような太い腕と脚。
父と私を含めた7人で組んだ編隊はその男に壊滅させられた。相手がひとりだと私達が舐めて掛かったこともあるが、それ以上に男の強さが常軌を逸していた。重火器で武装している私達に対して相手の男はその腕ひとつで応戦する。目の前で次々と殺されていく仲間たち。男は一切の躊躇いはなく確実に頭を潰していった。
あり得ないことが起きていた。交戦からおよそ10分。気づけば私はひとりになっていた。
男が私に狙いを定める。その鋭い眼光は女子どもでも容赦はしないと語っていた。私は銃を構える。しかし巨体を物ともしない俊敏さで距離を詰められ銃の射線をズラされる。撃ち出された弾は明後日の方向へと飛んでいった。
殺される――
そう思った瞬間どこからか『待った』の声がかかった。今まで隠れていたのか別の男が瓦礫の影から姿を現した。
よく肥えた男。身なりも整っている。この荒んだ戦場には似つかわしくない。この国で太れるほど贅沢な暮らしができる人間は限られている。王族かそれに親しい人間であることはすぐに理解した。
「その娘の処遇は僕に決めさてよ」
「おい。これは遊びじゃないんだ、黙って隠れてろ」
「失敬な! 僕が誰だかわかってるだろ!」
「俺の雇い主はお前じゃない」
「僕はパパの息子なんだから雇い主も同義だ!!」
「嫡男ではないと聞いてるが?」
「黙れ!!」
私を無視して2人の男が言い争う。だけど、筋肉男の方は諍いを続けながらも常に私を警戒していた。
「とにかくこの娘は僕が預かる!」
デブ男は私と筋肉男の間に割って入った。脂ぎった下卑た笑みを浮かべ私を見下ろす。幼い私にでもこの男が何を考えているのか理解できてしまった。
「おい! 抵抗できないように押さえつけろ!」
「なんで俺が?」
「いいからやれよ!!」
筋肉男は不詳不詳と言ったふうに私を地面に倒す。筋肉男が頭側から両手を抑え、デブ男が足側から私の体を抑える。一切の抵抗ができなくなった。
デブ男が私の服とも呼べない粗末な外套に手をかける。
「やめろ! 放せ!」
デブ男は私の言葉を無視。いやらしい目つきで舌なめずりする。私はこの状況をなんとか打開しようと視線を上げると筋肉男と目が合った。
ありったけの憎悪を込めて睨みつけると、筋肉男の唇がかすかに動く。
『ヤ……レ……』
ヤレ……殺れ――脳内で変換される。
そして筋肉男の視線が男の太ももあたりに移動して、抑えていたはずの私の右手の力が緩んだ。
――?
男の視線の先、太ももにはホルダに収められたコンバットナイフ。偶然か必然かホルダが開いていてすぐにでも取り出せるようになっていた。自由になった手を伸ばせばすぐ届く距離にある。
もう一度筋肉男の顔を見ると、ゆっくりとしっかりと頷いた。
筋肉男が何を考えているのかはどうでもいい。今はこの状況を打開できるなら利用できるものは何でも利用するまでだ。
私の羽織っていた外套が剥ぎ取られる。
「うひょおおおおおおおお!!!」
興奮したデブ男が気持ち悪い叫び声を上げながら私の服を無理やり引き裂こうとする。そのことに夢中で私が今何をしようとしているかにまったく気がついてない。筋肉男の太ももからコンバットナイフを抜き取って、
「うわああああああああ!!!!」
叫びとともに渾身の一撃をデブ男の喉元に突き立てた。
「――ごばっあ、がはああぁぁ!?」
私は筋肉男から完全に開放された。体の上からデブ男を退けて何度も何度も滅多刺しにした。原型を留めないほどの肉の塊にしてやった。
…………
気が済んで冷静になった私は、かつては家の外壁だったものに背を預け休んでいた。
「いつまでそんな格好でいるつもりだ?」
そう言いながら筋肉男が私に差し出したのはさっき剥ぎ取られた外套だった。自分の格好を見ると、着ていた服が破れ肌が露わになていた。ところどころデブ男の返り血も浴びていた。
「うっ――」
筋肉男が差し出したそれを慌てて奪い取って纏った。
「あんたのおかげで手間が省けた。礼を言う」
「はぁ?」
私は男に礼を言われる筋合いなどない。なにせ私は男の雇い主の息子を殺したのだ。しかし冷静に考えればそう仕向けたのは他でもないこの男だった。私の疑問が顔に出ていたのか男は頼んでもないのに話し始めた。
「俺が受けた依頼は2つ。ひとつはお前らの部隊の壊滅。これは王からの直接の依頼だ。もうひとつは別の奴からの依頼。ライバルを消してくれと頼まれた。タイミングよくあいつに外へ出る用事があるからと護衛を頼まれてな」
筋肉男は肉の塊に視線を移す。
王にはたくさんの子どもがいて、その子どもたちの間で継承権を掛けた争い事が起きているという話を聞いたことある。おそらくその事を言っているのだ
「この争いに乗じて殺すつもりだったんだがな……」
だからこの男はたったひとりで行動していたのかとひとり納得する。
「……私も殺すの? それとも、そこのデブみたいに私を――」
「そうだな――」筋肉男は私の言葉を遮った。「ガキを殺すってのはあまり気持ちのいいものじゃない」
「うそ……さっき殺そうとした」
「あのときは状況が俺をそうさせたに過ぎない。――それに、命まで奪うつもりはなかった」
「信じられない」
なぜならこの男は私以外の6人を殺している。私の目の前で。その中には父もいた。視線を動かばせば他意のメンバーの遺体が転がっているのがみえる。首を折られ、奪われた銃で撃たれ、血を流している。
「私を逃がせばレジスタンスがあなたに復讐する」
今は無理でも。時間をかけて、万全の準備を整えて。
「無理だね。前たちはもう終わりだよ。確かにリーダーは異常なまでのカリスマ性に富んでいた。中には弔い合戦をやろうと言い出す輩もいるだろうが、統率力を失った組織ってのはシロアリに食われた柱のように脆い。しかもお前らの敵は俺だけじゃない。敵は王国全体だ、俺だけに構っている余裕なんてない。そうだろう?」
どうやら筋肉男は今自分が殺した6人の中にリーダーがいることを知っていたようだった。
「つーわけで、俺は帰るよ。お前も生き延びたかったら他の奴らに見つかる前にとっとと逃げることを勧めるよ」
男は私に背を向けて去っていった。
――逃げる? あり得ない。
父がいなくなっただけで簡単にチームが崩壊するとは思えない。リーダー不在でも最後まで戦い抜くだけだ。
命拾いした私は野営地へと走った。
私は父が討たれたことを仲間に説明し、すぐさま反撃に出ようと提案した。しかし、私のその意見が通ることはなかった。その後は筋肉男の言葉通りの展開となった。父を失った隊は統率力を失い冷静な判断ができなくなった者たちが杜撰な計画を立ててバタバタと死んでいった。
そして、生き残った私達は怪しげな施設へと連れて行かれることになった……




