第10話 天と地 4
結さんと約束した次の日から早速行動を開始いたしました。3年生の教室に行くことはとても緊張しましたが、もう後がないのですからねと自分に言い聞かせ奮い立たせました。すると自然に先輩方に話を振ったり、これまでほとんどやったと事ない誰かに頭を下げるという行為も自然とできるようになっていました。
事件が起きたのはおよそ3ヶ月前。その時のことを覚えている人が果たしてどのくらいいるのかという不安もありましたが。それは杞憂に終わりました。
その時のことはやはり強く印象に残っていたらしく……とにかく慇懃に、とにかく下手にを心掛けることで先輩方はいろいろな話をワタクシに聞かせてくださいました。また、こちらの事情を説明すると「それなら……」と協力的な態度を取ってくれる方もいました。
結さんの言ったとおり、天地家の横暴とも言えるやり方に頭を悩ませている方はたしかにいたのです。
そうやって得た情報を結さんのところに持って行き、2人で考察します。まるで探偵になったような気分でした。時間を駆け、ゆっくりと慎重に考察を伸ばしていき、犯人に目星をつけていったのです。
……………………
…………
「なるほど……天地家の御曹司が亡くなったとき教室の窓ガラスが割れていたと……」
「ええ。何人かの上級生が証言していたんですの」
「御曹司とケンカをしていた相手ってのが犯人じゃないのかい?」
「ワタクシもそう思ったのですが。現場を見ていた生徒の話ですと創造さんのほうが勝っていたらしいんですの」
あの優しさの塊のような創造さんが喧嘩をしたという話だけでも信じられないのに、先輩に勝っていたというのがまた驚きでした。
実は、ワタクシは創造さんが亡くなる前に彼と2人で話をしていました。その時の彼はひどく思いつめたような顔をしていたのを覚えています。
ワタクシがもっとしっかりしていれば。創造さんの悩みを聞いていれば――悔やんでも悔やみきれません。
「今は悲嘆にくれている場合ではないよ。真犯人を見つけることは彼に対する供養にもなるんだ」
「そうですわね」
泣きそうになっていた目をこすり。再び考察に臨みます。
「この、額から血を流していたという証言が事実なら。ある考察が立てられるね」
「そうなんですの?」
「ああ。もしかすると御曹司は窓の外から狙撃されたのかも知れない」
「狙撃……ですって!? 御冗談を!! 銃だなんて――ありえませんわ!!」
「冗談なんかじゃないさ。……にしてもキナ臭くなってきたじゃないか」
結さんは考察を深めるようにして左手の親指で下唇を撫でました。
「ちなみにその教室の窓の外にある高い建物はわかるかい?」
「ええ、もちろんですわ」
割れた窓は西向き、その先には……
「部活棟がありますわ」
「そうか……ならそれでほぼ決まりだろう」
にわかには信じられませんでした。
当然ですよね。この平和な国で銃を使った事件が起きるだなんて、それが身近に起きるだなんて誰が想像できますの?
しかも学園側はその事に触れず警察も出動しない……そんな事があっていいはずないのです。
「にしても、頭を使ったらお腹が空いたな。――よし、何か食べるものを買ってくるからちょっと待っててくれないかい?」
「え? ええ……構いませんわ」
ワタクシが了承すると結さんは財布を手に気ままにでかけて行ってしまいました。
「相変わらずの自由っぷりですわ」
先程までは真剣に話をしていたというのに、切り替えの速さはまさに彼女らしいといえます。
部屋にひとり。手持ち無沙汰になったワタクシは適当に視線を彷徨わせ――
「あら……?」
壁に貼ってある1枚のポスターの角が剥がれそうになっているのが目に留まりました。
他にすることなどないので、直して差し上げようとそこに近づいて……
「なんですの……これは……」
その裏にあるモノに気がついたのです。
「写真ですわね」
ポスターの剥がれ掛かっている部分に見えるのは1枚の写真。そこには見たことない女性が映っていました。
栗色のゆるふわな髪のバストの豊かな女性。
そして……ポスターが剥がれていない部分からは別の写真と思われる物の一部が顔を出しています。
「…………」
貼り直そうと思っていたポスターを逆に捲ってみました。するとその後ろから大量の写真が現れます。写っているのはすべて同じ女性。どうやって撮影したのか下着姿のものや寝姿まで。いえ、それだけにとどまらず、同じ女性が学生服を来ているものもあります。その写真の女性は他に比べて明らかに若く髪の色も黒髪です。
何年かに渡ってひとりの女性を追いかけていることが窺えます。
ワタクシは気分が悪くなってポスターを戻し写真を視界からシャットアウトします。壁からそっと距離を取るとワタクシの視界には壁一面のポスターが広がります。
――嫌な想像が頭をよぎります。……このすべてのポスターの裏には写真が隠れているんですの?
もしそうだとするならば、かなりの枚数が隠れていることになります。
――おかしいですわ……あり得ませんわ……
「それではまるで――」
……ストーカーですわ!!
その言葉はあえて口にしませんでした。
結さんがストーカーなどとは考えたくはなかったからです。それに、女性が女性に対してそういった行為をするなど聞いたことありませんし……
「そうですわ。まだそうと決まったわけではありませんわ」
それを実際に確認してみるまでは憶測の範疇をでません。ゴクリ……と、ワタクシの生唾を飲む音が嫌に大きく聞こえます。
当たり前ですが……
そんなことを確認できるはずがありません。
だって、だって……、それ追求して下手に結さんを刺激すれば自分がどうなるかもわからないのですから。
「帰ったよ~」
「ヒイ――ッ!?」
ワタクシは瞬時に思考を切り替え、急いで元の場所に座り直しました。
扉を開けて部屋に入ってきた結さんは手にレジ袋をかかげていました。
「牛丼だけどだいじょ……うぶ? なんか顔色悪くない?」
「いっ――いえ、大丈夫でうわ!」
焦りのあまり噛んでしまいました。
その後結さんとともに牛丼を食べたのですが、あまり喉を通らず、また味もほとんどわかりませんでした。
ですが……
いつものように結さんから例の錠菓をもらうとそんなことはどうでもよくなっていったのです。
…………
――何者かが部活棟の屋上から創造さんを狙撃した――
この結さんの推理をもとに更に推理を進めていきました。
あまり信じたくはありませんでしたが、こちらに他の案が浮かばない以上はその線で事件を追うしかありません。
そこでワタクシは部活棟にいる生徒に聞き込みを行うことにしました。そして、ワタクシはひとりの人物にたどり着くこととなったのです。
「ビンゴだね」
「結さんもそう思うんですの?」
「普段部活棟を利用しない人間がその日たまたま部活棟で目撃された。しかもその人物が屋上から降りてきたのを見たという情報まである。――確定だよ」
「ですが……」
もちろん犯人がわかるのは喜ばしい限りですが、普段のあの子の態度を見る限りでは、人殺しができるとは到底思えないのです。
「忘れたのかい? その子はキミ対して『殺す』と言ったんだろ? もはや疑う余地はないよ」
思い出しました。あの時のワタクシを睨む鋭い眼光。たしかにあれは人をも殺せそうな、そういう目でした。
「仮にその子が犯人じゃなかったとしても話くらいは聞いてみるべきだね」
結さんの言うとおりです。
ワタクシはこの推理を正答としました……




