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アセンブル3 ― backstage  作者: 桜木樹
第二章 duo

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第8話 天と地 2

 地面に突っ伏したナンパ男は体を起こしてこちらを振り返ります。そして助けてくれた女性を目にして「なんだよ! 男連れかよ!」と捨てゼリフを吐いてどこかへと去っていきました。どうやら彼女を男と勘違いしたようです。


 一応助けてもらった(?)お礼にワタクシはその女性にお礼をすることにしました。無駄な出費ができるような立場ではなくなってしまいましたが、それでも礼節だけは失ってはいけませんからね。


「別にお礼なんていいんだけど。ま、キミがどうしてもと言うなら、そうだね、食事でもどうかな?」


「ええ、問題ありません」


 とは言え、めぼしい食事処を知らないワタクシは彼女をどこかへ案内することもできず、


「ふむ、ならこっちの行きたいところでいいかい?」


「構いません」


 ワタクシが了承すると、「ついてきて」と言いながら女性は来た道を引き返し駅に向かって歩きます。


「あ、そうそう。まだ名乗ってなかったよね。結っていうんだ。ちなみに歳は28ね」


「ワタクシは西園寺といいます」


「おお! なんかあれだよね。 漢字三文字の苗字ってお金もっちぽくていいよね!」


 それは明らかに冗談で言ったものでした。しかしワタクシの心を確実に抉りました。結さんに他意はないことをわかっています。こちらの事情を知る由もないのですから。


「ここだよ」


 しばらく歩いて、やってきたのは大衆向けのファストフード店。イブの夜ということもあって、店にはほとんどお客さんの姿がありませんでした。


「ま、未成年に高いものを奢らせるほどボクも鬼じゃないからね。じゃあ注文しようか」


「…………」


「ん? どうしたんだい?」


「いえ。ワタクシこういう店を利用するのははじめてでして。勝手がわからないんですの」


「まさか! いやそんなまさか!」


 結さんは珍獣を見るような目でワタクシを見ます。


「もしかしてお嬢様だったりするわけ!?」


 あと、声には出しませんでしたが、自分のことを『僕』と呼ぶ女性に会ったのもこれがはじめてです。


 ――――


 タレのかかった肉を挟んだサンドイッチにかぶりつくと、甘辛い濃い味が口いっぱいに広がります。少なくともワタクシの食べ慣れた味ではありませんでした。


 苦い表情をしていたワタクシを見て結さんがアハハと笑います。


 その豪快な笑い方に自由を感じました。ワタクシの受けてきた教育の中に、女性は人前で歯を見せて笑うなというものがあります。万葉学園に通う女子は皆そう教えられます。


「ところで、キミはあんなところで何をしていたのかな? イブの夜を女の子が一人きりで出歩くなんて普通じゃないとボクは思うけど」


「それは……」


「暗い表情をすることが多いね。何か悩みでもあるのかい? 月並みなセリフだが、悩みというのは人に話すと楽になることもある」


「そ、そうですわね……」


 よく顔を合わせる友人や家族だと恥ずかしくて中々悩みを打ち明けられなかったリするのですが、結さんは所詮は今日あったばかりの他人。解決云々は抜きにしても自分の悩みを吐露するのもありなのかも知れないと思うことにしました。


 ワタクシは結さんにこれまでの出来事を話しました。


 創造さんのこと、親の会社のこと、離れていった友人のこと……


「――きっとバチが当たったんですわ」


「バチが当たる? キミは何かしでかしたのかい?」


「ええ……そうですわ」


 今年の4月から高等部にやってきた外部生のひとり、犬塚真理絵さん。ワタクシはなぜか彼女に対して苛立ちを感じていました。万葉学園は将来紳士淑女となる人間を教育するための学び舎で、彼女の生活態度はその理念から大きくハズレていました。


 平気で遅刻してきたり、授業中ウトウトしていたり。廊下で大きな声でほかの学生の名を呼んだりもしていました。しかも、他人を呼ぶときにちゃん付けするのです。それからポロポロと散らかしながら食事をして、口の周りを汚すたびに猪口さんの手を煩わせ――


 彼女の存在は少なからずワタクシのクラス環境に影響を与えていました。彼女の行動をみて気が緩んでいく生徒も目撃しています。


 あげく美術の時間に見たあの落書き……正気の沙汰とは思えませんわ。


 かと思えば文武に関しては平均以上の成績を維持していて。もうめちゃくちゃですわ!


 ワタクシの愚痴をただ黙って聞いていた結さんは一言。


「キミはその学生のことをよく見ているんだね」


 ――ああ……そうですわ……


 言われてはじめて気が付きました。 


「それはおそらく嫉妬だね。――話を聞く限りでは、その女の子は自由な生き方をしているように見えたってことだろう? 対してキミは親の敷いたレールの上を走るだけの人生を歩んできた」


 的確な意見でした。さっきワタクシが結さんに感じた印象そのものです。


 ――ワタクシは『自由』に嫉妬していたんですわ!


「窓の外に見える景色は自由に見える――」


 店の外に目を向ける結さん。外にはライトアップされた街を行き交う人達が見えます。とりわけ目立つのは男女のペア。


 ――自由であれば、誰に気兼ねなく創造さんと一緒に過ごせたのでしょうか……


 いいえ。違いますわ。


 今の環境だから創造さんと知り合えたと考えるほうが自然です。自由であったならば出会いはなかったはずです。


「他人の家の芝生は青く見えるものさ。……いい機会なんじゃないかい? いっそ自由になってみては。ボクらは人間だ。電車と違って一度レールを外れてもまた元のレールに戻ることができる。ちょっとくらいの寄り道がなんだ。そんなのは長い人生の中のほんの一瞬でしかない」


「ですが……そう言われましても……」


 レールを外れろと言われてもおいそれとはいきません。むしろそれができるならとうの昔にやっています。


 結衣さんはフフフっといやらしい笑みを浮かべます。


「キミは万葉学園の生徒なんだろう? たしかあの学園の校則には『私用の際も指定の制服の着用』ってのがあったはず。でも今のキミはそれを守ってない。それってつまりキミはもう自由へ扉を開けてその一歩を踏み出したといえなくはないかな?」


「……あ……」


 結衣さんの指摘は間違っていませんでした。


「ってなわけで、これを食べてさらにもう一歩を踏み出してみないかい?」


 そう言うと、結さんはワタクシの手を取って、手のひらの上にポトっと白いラムネの駄菓子のような物を落とした。


「なんですの?」


 怪訝そうに手のひらの上のそれを見つめるワタクシに、


「ココロのおクスリさ!」


 と、片目をパチリと閉じて見せるのです。さすがに怪しいものと言うことはないだろうと判断したワタクシはそれを口に運んでみました。


「!? なっ――なんですのこれは!?」


 口の中が清涼感と辛味で満たされます。例えるなら、そう、歯磨き粉味の錠菓ですわ。ですが人前で口に入れたものを出すというはしたない行為ができずオレンジジュースで流し込みます。すると口の中の辛味がましていき、どうしていいかわからくなります。


 戸惑うワタクシを見て結さんは声を出して笑っていました。


「あっはっは――、それをはじめて食べた人はだいたいそうなるんだよ。でもそれがそのお菓子の味さ。海外ではリラックス効果のあるお菓子として食べられているんだよ。――で、どうかな? 少しは効果あったかい?」


 舌がひりつくようにしびれ、外気が口の中に入るたびにスースーとします。


 ――本当に歯磨き粉のようですわ……


 でもたしかに、結さんの言うように荒んでいた気持ちが落ち着いていくような気がしました。あるいはそれは、お菓子のせいではなく、結さんと過ごす時間がそうさせていたのかもしれません。


 しかし、しばらくしてワタクシの体に異変が起きました。


 胸が締め付けられるような感覚に襲われ呼吸ができなくなったのです。助けを求めるように結さんに向かって手を伸ばすワタクシ。ですが、結さんはただこちらに笑顔を向けているだけでした。


 霞む視界に映るその笑顔は不敵な笑みのようにも見えました。それを最後にワタクシの記憶はプツリと途絶えたのです。

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