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アセンブル3 ― backstage  作者: 桜木樹
第二章 duo

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第7話 天と地 1

 空には澄んだ青空が広がっていました。五月晴れです。ほんの少し肌寒い、でも爽やかな風を受けながらワタクシは部活棟の屋上で彼女が来るのを待っていました。


 『これは護身用だよ』と言われ“あの人”から受け取った短刀を背に隠し、今か今かと待ちわびます。


「そうでしたわ……あれも食べておきましょう」


 あの人――(ゆい)さんからもらったもうひとつのもの。お菓子。小粒の白い錠菓を口に入れ噛み砕くと得も言われぬ清涼感が口いっぱいに広がります。


 ――はじめて食べたときはものすごい衝撃的で驚きましたのに。


 今ではそれにも慣れていました。ただこの清涼感は何度味わっても気持ちのいいものです。まるで天にも登るような気分になります。


「いけませんわ……今は気を失うわけには」


 ワタクシはこのお菓子を口にするといつも気を失うように眠っていました。しかし、今回ばかりはそうはいきません


 これから対峙する相手はワタクシの“敵”なのですから。


 飛びそうになる意識を必死でつなぎとめます。


 そこへ……


 彼女がやってきたのです――


 ……………………


 …………


 ――なぜですの!? ――どうしてですの!?


 創造(つくる)さんが死んだという報せが今だに信じられませんでした。いいえ、正しくは信じたくありませんでした。


 いつも冷静沈着で物事を俯瞰で捉えることのできた彼。天地創造(あまちつくる)さん。ワタクシと彼はいわゆる恋仲にありました。ワタクシの両親は貞淑を重んじる気質でしたので、皆の目を盗んでこっそりとお付き合いをしていました。


 ――お付き合いといいましても、やることは校内で2人の時間を作ってお話をする程度でしたが……


「どうして……ぅ……」


 自然と涙がこぼれました。


 人が亡くなって涙を流したのははじめてです。おばあさまが亡くなったときもワタクシは泣きませんでしたのに。


 ワタクシは彼を失ったことに対する悲しみのあまり、これから起こるであろう重大なことにまったく気が回らなかったのです。


 …………


 創造さんが亡くなったことで、疑心暗鬼になってしまわれた創造さんのご両親は、万葉学園に子を通わせている親の会社に対する投資の一切を引き上げてしまいました。天地家の投資が切られても、他からも多大な投資を受けていたワタクシのお父様の会社はすぐには倒産することはありませんでした。


 収益は大きく落ち込み、生活の程度を落とすことにもなりましたが、普通の生活には事欠かない状態でした。しかし、羽振りのいい生活に慣れきっていたお父様とお母様は満足いかないらしく、心の余裕が失われた2人は喧嘩ばかりするようになり、ワタクシはそんな両親を避けるようになりました。


 あんなにも笑顔の耐えなかった暖かな家庭は見る影もなくなっていました。


 数名いた使用人たちも、払えるものが払えなくなりそうだと皆解雇し、広い家の中にたった3人の家族だけが残りました。


 ――なんと残酷な運命なのでしょう。


 気がつけば独りになっていました。


 家でも、学園でも……


 ワタクシは悲劇のヒロインを気取るつもりはありませんが、それにしてもこれはあんまりな仕打ちではないでしょうか。


 ワタクシは現実逃避をするように街へ繰り出す機会が多くなっていきました。いつもなら友人たち――そう思っていたのはワタクシだけだったようですが――とともに優雅な時を過ごしていたのですが。


 今は独りです。


 校則で決められている、『私用の際も制服着用』のルールも破って、それとわからぬよう地味な服に身を包んで街を徘徊するワタクシ。惨めに思う反面。足の運んだことない繁華街や駅前、デパートなどはワタクシの目にはとても新鮮に映りました。


 しかしそれでも心の悲しみは完全に晴れることはありませんでした。


 願っていなくても悪いことは怒涛のように押し寄せて来たというのに、良いことは願ってもなかなか来てくれません


 …………


 その日は12月24日。クリスマスイブの夜でした。


 この時期、上納市では毎年のように雪が降ります。今年も例年のように街は薄雪(うすゆき)の様相となりました。街も綺麗にライトアップされ、雪との調和が目に鮮やかなほどでした。

 イブの夜はいつも知り合いを呼んで家で盛大なパーティーを開いていたのですが、今年はそれもありません。


「はぁ……」


 ため息は白い塊となってやがて消えていきます。


 街往く男女を見ては創造さんのことが頭をよぎります。


 ――気を紛らわすつもりが、これでは逆効果ですね……


「はぁ……帰りましょう」


「おやおやおや? 美人にため息は似合わないね」


 うつむいていた顔を上げると、目の前には中性的な顔立ちの女性が立っていました。髪はショートで着ている黒いコートもやや男性っぽいイメージのものでしたが、若干の胸の膨らみがその人が女性であることを主張していました。それがなければ男性と間違えていたかも知れません。


「おお! やはり美人だった。――ところで、こんなところで何をしているんだい? もしかしてナンパ待ちかな?」


「――なっ!? なにをおっしゃっているんですの!? ワタクシはそんなものについていくほど軽い女ではありませんわ!」


「いやぁ、気に触ったなら謝るよ」


 そういう彼女はどこかおちゃらけた態度で、とても謝罪をする人の態度には見えません。


「謝罪は結構ですわ! ワタクシもう帰りますの!」


 キツめの言葉を投げかけ踵を返すと、いきなり腕を掴まれた。


「なんですの!? 人を呼びますわよ!!」


「いやいや。もし歩いて帰るつもりなら危険だからやめたほうがいいよ」


「危険? ワタクシは家から歩いてここまで来たんですの! 何も問題ありませんでしたわ!」


「行きはよいよい帰りは怖いって言うだろ? もしキミが嫌でなければ送るよ。ボクと歩いていれば少なくとも男は寄り付かないはずさ」


 その発言は自分が男性にも見えることを自覚してのものでしょうか。だから一緒に歩いていれば男は寄り付かなくなると?


 申し出は親切心からくるものなのでしょうけど、逆を言えばワタクシが男性と一緒に歩いているようにも見えるということ、そんなところをクラスメイトに見られでもしたらどんな噂を流されるかわかったものではありません。


 今以上に自分の立場が悪くなるのはなんとしても避けたいワタクシは「結構ですわ」と断りを入れ逃げるようにその場を去りました。


 ……そしてすぐにそのことを後悔することになりました。


「ね、今ひとりだよね? これから俺と遊びいかない? せっかくのイブの夜だし楽しいことしようぜ?」


 人生ではじめてナンパというものを受けました。


 ――なんですの。この品のない方は。


 万葉学園に通う男子学生とは天と地ほどの差もあり、迷惑よりも腹立たしさのほうが上を行きます。


「なってませんわね。殿方なら女性をエスコートする際の身なりと言葉にもっと気をつけるべきですわ」


「は?」


「いいですか? 女性に声を掛けるときはもっと真摯に――」


「いいからいいから。サテンでも行ってゆっくり話そう! 外は寒いしね。ああ金の心配はいらないよ。俺がおごるからさ」


「ちょっと、なんですの!?」


「あ? サテンって言っても下着じゃないぜ。喫茶店のことな」


「下着ですって!?」


 ――なんて下品な!!


 この様な人間とは一分一秒でも一緒にいたくはありません。ですがナンパ男は逃げようとするワタクシの肩を抱くようにして無理やり歩みを進めようとします。


「ワタクシ未成年ですのよ?」


「未成年!? ラッキー……じゃなくて、ダイジョブダイジョブー。俺未成年でも気にしないよ」


 ――正気ですの!?


 と、身の危険を感じるワタクシの耳に、


「気にしなきゃダメだろキィィィィィック!!」


 突然、背後からそんな叫び声が聞こえてきたのです。


「ぐほあっ!!」


 ナンパ男は顔から地面に倒れました。背中にくっきりと靴跡ができていていました。


「大丈夫かい?」


 蹴飛ばした男性をそのままにワタクシを気遣ってくれるその人は、先程の女性でした。

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