第3話 ねねと真理絵 3
突然訪れたクラスメイトの死。
病気や事故で亡くなったわけではなく“殺人事件”だった。事の経緯は不明。先生方もこれについては多くを語ろうとはしなかった。
私が耳にした噂話によると、クラスメイトの天地くんが3年生とケンカして殺されたそうなのだ。自称目撃者によれば殺したのはケンカの相手ではなく別の人物だったとか。ほかにも窓を突き破って現れた暴漢に殺されたとか銃声がしたとかいろんな噂が飛び交って何が本当で何が嘘なのかわからなくなっていた。
ただ、どんな噂であっても天地くんと3年生がケンカしたと言う話は共通していた。温厚でいつも冷静な天地くんがケンカをしたというのがとてもじゃないけど信じられなかった。
そしてこの事件は思わぬ方向に飛び火した。
天地くんの家はいろいろな会社に手広く投資をしている投資家で、それによって莫大な富を得た資産家でもある。しかしながら、今回起きた事件によって次々と投資から手を引き始めたのだ。
理由は完全なる私怨。万葉学園の学生が天地くんを殺害したという噂を鵜呑みにしてしまった天地家は、自分の息子を殺したかも知れない人間がいる家に投資はできないと憤慨して、万葉学園に通う学生たちの親の会社に対する投資から手を引いたのだ。
もちろん各家の人たちは自分の子は犯人ではないと天地家に講義した。それでも天地家は聞き入れなかった。すると今度は投資を切られた家の人たちが学園側がしっかりと釈明しないからこうなったのだと矛先を学園に向け始めた。それでも学園側はだんまり。
完全な泥沼と化していた。
結局投資が打ち切られ、それによって倒産寸前までに追い込まれた企業も出てくることになった。親の家柄で自分の属するヒエラルキーが決まるこの学園では、親の会社が没落することは自分の立場を没落させることに直結する。
私のお父さんの会社は投資を受けていなかったから大丈夫だった。だけど……
「なんですの? 惨めな立場になったワタクシを笑っているんですの?」
「そんなわけじゃ……」
西園寺さんに視線を向けていた私と彼女の目が合ってしまった。
そう……今回の騒動でもっとも大きなダメージを受けたのは西園寺さんだった。いつも一緒にいた取り巻き3人の姿はもうない。金の切れ目が縁の切れ目とはまさにこのことだった。
…………
天地くんの死は悪い意味でクラスに変革をもたらした。
西園寺さんが犬塚さんをからかうことはなくなったけど、代わりに彼女の元取り巻きだった3人がそのポジションについた。
その3人は西園寺さんと違って理不尽な仕打ちを好んだ。彼女たちも、天地くんの家の件で少なからずダメージを受けており、その鬱憤を犬塚さんで晴らしているのは丸わかりだった。
毎回仲裁に入る私も3人を相手にするのは多勢に無勢でほとほと手を焼かされた。
そして、わたしの恐れていたことが起きた。
ある日の放課後。私が先生に呼ばれて教室を空けていたときそれは起こった……
用事を済ませて教室に戻ってきた私は思わず教室の前で足を止めてしまった。教室内がいつも以上に騒がしかったからだ。学校の性質上教室で騒ぎを起こすことは禁止されているし、そもそも生徒たちは育ちがいい人間ばかりなので騒ぎが起こることはほとんどない。
ただ、今のクラスはその限りではない。理由は犬塚さんがいるから。またも彼女がトラブルに見舞われているのだということは容易に察することができた。
犬塚さんをからかっていたのは、やっぱりあの3人だった。彼女たちは犬塚さんを囲むように距離をとって何かをパスし合っていた。教室を飛び交うのは飴色のガラス瓶。それが犬塚さんがいつも飲んでいる薬だとすぐにわかった。
「かーえーしーてー」
犬塚さんが瓶を持った子に近づくとその子は別の子に瓶をパスする。すると犬塚さんはそっちの方へ行く。だけどその子もまた別の子にパス……
こんな感じで犬塚さんは完全に翻弄されていた。
運動神経がいいはずの犬塚さんでも机の並ぶ教室内ではその真価をうまく発揮できないようだった。放課後の教室には彼女たち以外にもクラスメイトはいる。だけどみんな我関せずだった。
ひとりくらい止めに入る人がいてもいいのにと思わなくもない。だけどみんなの事情もわかる。余計なことに首を突っ込んでいらぬトラブルに巻き込まれたくないのだろう。
私は内心ため息をついて、「何やってるんですか!」とキツめの声を発した。
しかし、それがよくなかった。
私の言葉に驚いた3人の内のひとりが、飴色の瓶をキャッチし損ねた。瓶は床に落ちてガラスの割れる音を響かせながら中身の錠剤を盛大にばらまいた。
「あ……」
取りこぼした生徒はその場で固まった。
「あー! われたー!!」
犬塚さんは地面に座り込んで床に散らばった薬を集めようとする。
私も手伝わなきゃと思って薬を拾おうとして、その手を止めた。
犬塚さんは明らかにおかしな行動に出た。床に散らばった錠剤を拾っては口へ拾っては口へ放り込んでいった。一心不乱にラムネ菓子を食べるみたいに次から次へと錠剤を飲み込んでいく。
教室にいる生徒は誰もが動けなくなっていた。
シンと静まり返った教室で「うげぇ……きもっ……」と呟く男子生徒の声が耳に届く。
私は彼の言葉を否定できなかった――
なぜなら、私もまた彼と同じことを考えていたから……
床に散らばった薬を半分くらい飲み込んだところで犬塚さんの顔色が急変してその場にパタリと倒れ込んだ。
しばしの沈黙。遠巻きに見つめているだけのみんなは未だ動けず。何が起きたのかもよく理解できていなかった。
「まさか死んだ?」
「これヤバくない?」
誰かの言葉を皮切りにクラス中がざわつき出す。ようやく思考が追いついた私は急いで犬塚さんに駆け寄り、耳元で名前を呼びながら体を揺すった。
返事はない。まるで死んだように白目を剥いて動かない犬塚さん。
――どうしよう! どうすればいいの!?
「ワタクシ先生を呼んできますわ……」
「え?」
私に声をかけてくれたのは以外にも西園寺さんだった。だけど、その声は以前のような覇気が感じられず、抑揚のないボソリとしたものだった。
「う、うん。ありがとう」
私の元を去っていく彼女に向かって言った。
西園寺さんに慌てた様子はなく、トボトボと不安な足取りで教室を出ていった。
正直な話を言えば急いでほしかったけど、最近の彼女の心情を考えれば無理からぬ事だった。その後、担任の先生がやってきて犬塚さんは保健室へと運ばれた。




