第2話 ねねと真理絵 2
その日の美術の時間は外に出て気に入った風景を写生するという内容だった。
小高い山の見える自然味あふれるベストな位置を見つけ犬塚さんと2人でその絵を描くことにした。犬塚さんは特に何も考えてなさそうだったので場所は私が決めた。
下書きの線を入れながら、犬塚さんの方も確認する。
なぜか……本当になぜかわからないけど、そこには山と人が2人と動物が一匹描かれていた。遠近法的にもメチャクチャだった。写生っていうのは見たままを描き写すことで、当然ながら人も動物も見える範囲には存在しない。
空には太陽まで描かれていて、まるで絵日記の挿絵のようだ。
「何を描いてるの?」
試しに訊いてみた。
「えっとねぇ。これがあたし。こっちはねねちゃん。これはパンダさん!」
「そ、そう……」
私は必至で笑いをこらえた。こんなでも本人は真面目にやっているのだろうから笑ったら失礼だ。
「このまえねー。おにいちゃんにパンダさんのぬいぐるみ買ってもらったのー!」
「そうなんだ」
このときはじめて犬塚さんにお兄さんがいることを知った。きっとお兄さんも苦労しているに違いないと勝手な想像を膨らませる。
「あら? お二人はこんなところで絵を描いていますの? 精が出ますわね」
「あ……」
声を掛けてきたのはクラスメイトの西園寺さんだった。外国人の血が入っている彼女は、白い肌にブロンドの髪、青磁色の瞳とその特色を遺憾なく表に出していた。
その彼女が3人の取り巻きを引き連れてやってきた。
西園寺さんはここ一帯では超が付くほど有名な企業の会長のお孫さんだ。ほんと絵に描いたようなお嬢様で初等部の頃からの知り合いでもある。
私と西園寺さんの両親同士も知り合いで、何かと引き合いに出されることもある。
「なんですのこれは!?」
犬塚さんの絵を見て西園寺さんはわざとらしく驚いて、画板ごとそれをひょいと取り上げた。
「うあ。まだとちゅう~! かえしてぇ~!」
「何が途中なものですか! 巫山戯ているんですの!? こんな落書きを提出される先生が不憫でなりませんわ!」
右へ左へ画板を追いかける犬塚さん。それをかわして遊ぶ西園寺さん。
「西園寺さん。もうそのへんにしておいたほうが……」
私の言葉が気に食わなかったらしくものすごい形相で睨みつけてきた。
「猪口さん。あまり調子に乗らないほうがいいですわよ」
別に調子に乗っているつもりはないけど。西園寺さんはこうやって何かと私を目の敵にしてくるところがある。
「取った~!」
動きが止まっていた西園寺さんの隙をついて犬塚さんが画板に手をかける。
「黙りなさい!!」
西園寺さんが画板を取られまいと思いっきり引っぱるとそれがそのまま犬塚さんの頭に直撃した。
「あいだっ!? ――いててだよ~」
「大丈夫!? 犬塚さん!?」
「べ、別にわざとじゃありませんわよ!」
「わざとでなくてもちゃんと謝らないと」
頭を抑えしゃがみこむ犬塚さんを心配しながら、私は毅然とした態度で正論をぶつける。
西園寺さんが根はいい人だということは知っている。だから、犬塚さんに対する指摘もからかおうと思ってやっているのではなく、彼女のためを思って本気で注意したのだろう。もちろん犬塚さんに危害を加えるつもりなどなかったはず。
私の指摘がプライドの高い西園寺さんには気に食わなかったのか、矛先が私に向いた。
「クッ……、いつもそうやって真面目なフリばかり! あなただって本当は面倒事を押し付けられて辟易としているのでしょう? 嫌なことは嫌とはっきり言うことも淑女のあり方ですわ!」
興奮した様子の西園寺さんはヒステリック気味になって手にした画板を振り回した。
「――ッ」
それが私の目の前に迫ってきて、反射的にきつく目を閉じた。
「なっ! なんですの!?」
しかし、画板が私にぶつかることはなく、代わりに西園寺さんの声が聞こえた。
「ちょっとおいたが過ぎるんじゃないかしら?」
目を開けると、先程まで頭を抱えていた犬塚さんが立ち上がって、画板を持つ西園寺さんの腕をがっしりと掴んでいた。
「いい加減にしないと……殺すわよ」
ボソリと、でもはっきりと聞こえた冷徹な声。
殺す――犬塚さんは確かにそう言った。
「な、ななな――!!? 聞きました!? 今殺すって言いましたわ! なんて物騒な言葉を使うんですの。あなたはレディ失格ですわ!! そうですわよね?」
同意を求めると、首を立てに振ってうなずく取り巻きたち。
「この件は先生に言いつけますからね!」
まるで映画に出てくるやられ役みたいな捨てゼリフを吐いて、西園寺さんは掴まれた腕を乱暴に振りほどいて取り巻きの人たちと一緒に足早に去っていった。
前にも感じた犬塚さんに対する違和感。
「犬塚……さん……?」
私は恐る恐る声をかけた。
「うん? なぁに?」
だけどやっぱり、犬塚さんはいつもの犬塚さんだった。
…………
殺す――
犬塚さんに言われたその言葉がよほど堪えたのか、あの日以来、西園寺さんは何かに付けて犬塚さんに絡むようになった。その度に私がそれを止めるという一連の流れが出来上がっていた。
犬塚さんは特に嫌がる様子もなく、一緒に遊んでくれているというような認識だった。でもそれがまた西園寺さんの神経を逆なでする。ある意味においてそれは平和な日常とも言えた。
そんな日常を破壊するような出来事が起きたのはその年の10月のことだった――




