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ワガママ勇者の代わりに魔王を倒したら勝ち組になった平騎士、いまさら慌てても遅いぞ勇者

作者: 鏡銀鉢

「魔王を倒して欲しかったら姫と王位をよこせ」


 王国勇者であるブレイダのあまりな暴言に、謁見の間は水を打つどころか鉄砲水を撃ち込まれたように静まり返った。


 衛兵である俺も、くるみ割り人形のように開いた口が塞がらなかった。

 その静寂を破ったのは、玉座の横に控える大臣だった。


「貴様! 自分が何を言っているのかわかっているのか!?」


 玉座がしつらえられた階段状台座から降りながら、大臣は自慢のカイゼルひげを揺らしながら怒号を飛ばした。


「それでは魔王を倒す意味がないではないか! 頭は大丈夫か!?」


 しかし、ブレイダは片眉を上げて整った美貌を歪めながら、足元を見るようにあごを一撫でした。


「おいおいそれはこっちのセリフだぜ? 500年ぶりに復活した魔王が姫様をさらいに来るんだろ? そうなれば王室の権威は失墜、他国からの信用もガタ堕ちだ。それをオレが救ってやろうって言うんだ。当然の報酬だろ?」


 ブレイダは、そんなこともわからないのかと大臣を馬鹿にするように肩をすくめてみせた。

 その時の表情たるや、人を小バカどころか大バカにしているのが見え見えだ。


「だからと言って貴様のような奴に姫と王位など誰がやるものか!」


 大臣の言葉に、俺は心の中で、そうだそうだとした。

 ブレイダは勇者の子孫で腕っぷしは王国随一だ。

 反面、性格は見ての通り破綻している。

 暗黒街を牛耳る麻薬王の性根の方が、まだ真っ直ぐだろう。


 ブレイダに王位を譲れば暴君となり国民は苦しむだろうし、嫁いだ姫はハレンチ極まりない変態プレイで不幸になるのは目に見えている。


 それでは、支配者が魔王かブレイダかというだけで誰も救われない。

 魔王と魔王のような何か、どちらに姫と国を差し出すか、王様にとっても究極の選択に違いない。

 王様は玉座の上で苦悶の表情を浮かべていた。


 隣では、気丈なことで知られ、姫騎士と謡われるフィオレ様も青ざめてる。

 他の重臣たち、続いて衛兵たちも野次を飛ばすが、ブレイダは気にした風もない。

 それどころか、この状況を楽しんでいるようにすら見える。


「まっ、嫌なら姫を魔王に差し出すんだな。それとも、騎士団総出で魔王とやりあってみるか? ま、無理だろうけどな。じゃあ気が変わったら呼んでくれや。もっとも、次に頼んできた時は土下座よろしく」


 重臣たちはさらに過熱してブレイダの無礼を責め立てる。


 その中を、ブレイダは踵を返すと悠然とした足取りで立ち去った。


 本人がいなくなると、誰もが口々にいっそう激しくブレイダへの不満を吐き捨てた。


「陛下に対してなんだあの態度!?」

「あれが勇者の子孫とは嘆かわしい」

「何故神はあんな男に王国最強の力を与えたのだ!」

「だれがあんな奴の力を借りるか! 騎士団総出で魔王を倒すぞ!」



「鎮まれ」



 活舌が良く通りやすい声に、謁見の間は再び静まり返った。

 声のするほうを誰もが見上げれば、陛下が毅然とした表情で俺らを見下ろしていた。


「まずは私と姫、そしてこの国の未来を憂いてくれたことを嬉しく思う」


 感謝の念を示されて、俺はついかしこまった。

 他の人たちも、背筋を伸ばした。

 逆に、陛下は申し訳なさそうにうなだれた。


「そしてふがいない私を許してくれ。私には、奴に頼る以外に国を守る方法が思いつかない。かといって、奴に姫をやるわけにはいかん。だからこうしよう。王位は譲る、土下座もしよう、代わりに姫だけは他国へ嫁がせてくれと」


「陛下!」

「なりません!」

「それだけは思いとどまり下さい!」


 忠臣たちの訴えを、けれど陛下は首を左右に振って遮った。


「魔王が現れるのは今夜。まだ時間はある。それまでに奴を説得しよう。それしかない……」


 陛下が下した苦渋の決断に、俺らは黙ってうなだれるしかなかった。

 俺は、今日ほど自分の無力を悔いたことはなかった。



   ◆



 謁見の間から出ると、騎士団長たちは拳を握って声を上げた。


「いいか! 国も姫もあのエセ勇者には渡さん! 魔王は我々騎士団の手で討ち取るのだ!」


『御意!』


「では今夜は全一等騎士を以って姫をお守りする! 二等騎士は周辺の警護だ! 三等騎士は城外の見回りだ!」

「総団長!」


 意を決して俺が声をかけると、六人の団長と全騎士団をまとめる総団長が訝し気な表情で振り返った。


「お願いします! 今夜はどうか俺も警護の末席に加えて下さい」


 俺も騎士のはしくれ。

 姫が狙われているとわかっていて、黙ってなんかいられない。

 たとえ役に立てなくても肉の壁になって姫を守る気概で頼み込んだ。

 けれど、


「ハリー、貴様三等騎士の分際で何を言っているか!」


 総団長は眉間にしわを寄せて怒鳴ってきた。


「そもそも貴様は先代総団長の恩人の孫だからと特別に入団を認められただけ、本来ならばレベル1の貴様はここにいることも許されないのだぞ!」


 レベルとは、生物の肉体的強さを大雑把に示したもので、一部の魔法や道具で測ることができる。


 魔獣と呼ばれる、魔力を持った生物を殺すことでレベルは上がるけれど、俺は一度もその経験が無い。


 必然的に、レベルは一般市民と同じ1のままだ。


「17歳の若造でろくに剣は振れない! レベルは1! 実戦経験に至ってはゼロの貴様が魔王相手に戦えるか! 貴様は装備の点検でもしとけ!」


 正論過ぎて俺が何も言い返せないでいると、総団長たちは腹立たし気に背を向けて立ち去ってしまった。


 あとに残された俺は、仕方なく重たい足を引きずるようにして武器庫に向かった。


 装備の点検、それが俺の仕事だからだ。


 ――ついでに、アレを取ってこよう。



   ◆



 雲の隙間から満月が顔を覗かせる頃。


 勇者を説得できたという報告が無いまま、俺は王城の裏門に、同僚と一緒に立っていた。


 魔王が裏門からコソコソと侵入してくるとは思えない。


 つまり、この場にいるのは騎士団の中でもお荷物とされる下っ端騎士ばかりだ。


 くたびれた老兵や明らかに運動不足の太っちょ騎士、他は、勤務態度が不真面目な連中だ。


「あん? おいハリー、お前のそれロングソードじゃなくね?」


 いつも酒を飲んでばかりの同僚が、見とがめるように俺の腰を指さした。


「あー、これはシミター(片刃の湾剣)だよ。さっき武器庫で装備の点検をしている時に持ってきた」


「なんで? オレら三等騎士は全員ロングソードって決まっているだろ?」

「それは――」

「おいおい規則違反かよ! 団長が知ったらお前クビじゃね? まぁお前の誠意しだいじゃ黙ってやってもいいけどな!」


 聞いておきながら、俺の返答を遮るようにまくしたてて拳で頭を小突いてくる。


 人の話を聞かない態度にも、姫が魔王に狙われている緊急事態でも酒代をせびることしか頭にない愚劣さにも、俺は怒りが湧いて仕方なかった。

こんなことを想ってはいけないと知りつつも、こいつらと同列扱いなことが惨めだった。


 俺は毎日鍛えている。


 勤務態度だって真面目そのものだ。


 けれど、田舎から出てきた俺を、総団長や騎士団長たちは煙たがり、毎日雑用を押し付けてくる。


 レベル1の俺が戦いの役に立つわけがない、というのが理由だが、納得できない。


 レベル1だから現場に出してもらえない。

 現場に出してもらえないから戦闘経験を積めない。

 戦闘経験を積めないからレベルも上がらない。

 レベルが1のままだから現場に出してもらえない。


 なんという負の堂々巡りだろう。

 恐怖すら覚える。


 村の怪しげな老婆は「都会は怖いところだよ」とは言っていたが、これは違う気がする。

 単に、総団長たちの人間性の問題だろう。


 ――同じレベル1でも貴族の息子はいつも現場に連れていくクセに。


 と、俺が愚痴を漏らすと、同僚が俺の腰を見とがめた。

「あん?」途端、背筋に言いようのない悪寒が走った。

「!?」


 ぐっと顔を上げて空を仰ぎ見ると、紅蓮の流れ星が目に飛び込んできた。

 同僚たちも、ようやく気づいて騒ぎ出す。


 ――流れ星、じゃない。こっちに来る、あれは攻撃魔術だ!


 大気を引き裂くような鋭い落下音とともにみるみる大きくなる紅蓮の筋は炎の尾を大気に引きながら、城の中央棟に激突。


 けたたましい轟音ともに、城の壁を食い破った。

 同僚たちが悲鳴を上げる中、俺は、一目散に駆けだした。


「姫!」



   ◆



 田舎を出て騎士団に入団したばかりの頃、俺はいつも辛かった。

 先輩たちからの冷遇、同僚たちからの嘲笑。

 田舎育ちだから、レベル1だから、剣を触れないからとバカにされてきた。

 でも、姫様は違った。


 田舎から出てきたと聞いて、遠路はるばる奉公に来てくれて感謝すると言ってくれた。

 レベル1だと知ると、勇敢だなと言ってくれた。

 剣を触れないと知ると、のびしろたっぷりだなと言ってくれた。


 それは新人騎士へのリップサービスかもしれないし、姫様は覚えていないかもしれない。


 だけど、俺にとっては忠誠を誓うには十分な言葉だった。

 それだけで、この人のために剣を捧げようと思えた。

 この気持ちだけは、本物だ。


   ◆


 目を背けたくなるほどおびただしい数の死体と血の匂いに塗れた通路を駆け抜け、俺は謁見の間に飛び込んだ。


 門が砕け風穴の空いた謁見の間は、死屍累々のあり様だった。


 総団長と6人の団長たちは死んでこそいないが、虫の息だ。


 そんな中、剣を構える姫と、彼女を守るように前に出る陛下に、漆黒のローブをまとった男が歩み寄っていた。


 大きい。


 体格はやや細身だけど、身長は2メートルはありそうだ。


 赤い眼球に囲まれた金色の瞳が妖しく光り、鋭利な爪を姫に伸ばしている。


 怯えた姫の表情に、俺は思わず叫んでいた。


「やめろぉおおおおおおおお!」


 誰かが言った、「レベル1が何をしている」。

 魔王がこちらを振り向いた。

 姫と陛下の視線も俺に注がれた。

 俺が腰からシミターを抜くと、魔王は鼻で笑った。


「脆弱な羽虫が、身の程を弁えるがいい」


 冷たい、重低音の声音と共に魔王は軽く右手を挙げる。

 対する俺は上段に構えたシミターを、全力で振り下ろした。



 1000分の1秒の完全脱力ののちに、1000分の1秒で全身の筋肉を躍動させた。


 さらに、剣を振り下ろすのに必要な全ての筋肉を同時に躍動させることで、剣速は全筋肉の速度の合計値に達した。


 さらに、全力の踏み込みで全体重を剣に乗せた。

 さらに、振る刹那は脱力させていた指を、インパクトの瞬間に硬く握り込むことで剣身をさらに加速させた。

 さらに、そのインパクトの瞬間に、全身の筋肉を固めることで全ての衝撃、運動エネルギーを余すことなく敵に伝えきった。



 これこそ、神羅万象全てを切り裂く秘奥義。

かつて、神が世界を天と地に切り分けたとする神話から押し頂くその名は、


【天地創造】


 父さんが俺に教えてくれた、究極の斬撃技だ。


「は……?」


 欠けたであろう視界で、魔王は口から疑問符を漏らしながら凍り付いていた。


 無造作に挙げた右手は手首から先を失い、シミターの剣身は魔王の額を切り裂き右目に深く食い込んでいる。


 ただし痛み分けだ。


 シミターは剣身が途中から千切れていた。


 俺の振りに、剣身が耐えきれなかったらしい。


 ――しまった!


 俺は急いで魔王から離れると、謁見の間を見渡した。


 すると、床に転がるシミターとダガーを発見した。


 ――よし!


 すかさず右手でシミターを、左手でダガーをつかみ取り、警戒心を高めながら魔王に駆けこんだ。


 ――相手は魔王。騎士団の一等騎士が総出でも勝てなかったバケモノだ。俺に勝てるわけがない。だけど、勝てる勝てないじゃないんだ!


 姫様が俺に声をかけてくれた時に見せてくれた表情を、優しい声を思い出しながら、俺は自分を熱く奮い立たせた。


 ――俺は一人の騎士として! 戦わなきゃいけないんだ!


「!? ッッ小僧ッ!」


 魔王は意表を突かれたように、だけどすぐに敵意を剥き出しにして残る左手を振るってきた。

 俺はその攻撃を半身になって避けながら、カウンターの一撃を首筋に叩き込んでやる。

 それでも流石は魔王。

 傷が浅い。


 ――やっぱり、天地創造じゃないただの剣撃じゃ切れないか。でも。


 ここで引いてやるものかと、俺は果敢に攻め続けた。

 左手の爪の斬撃、それに火炎弾の攻撃魔術を放ってきて、魔王は攻めてきた。

 一発一発が致命の一撃であろう過剰攻撃。


 その猛攻を、俺は紙一重の見切りで避け続けた。

長年培った足さばき体さばき、そのどちらが欠けても即死だったろう。


「姫様! 今のうちにお逃げください! 俺が足止めをしている間に!」

「すごい……え? いや待て、足止めではなくどう見ても」

「破ァッ!」

「ぐぁあああ!」


 再びカウンターの一撃で、さっきとまったく同じ場所を切りつけた。


 回復魔術だろう。


 早くも再生しかけていたけど阻止した。


 ――額を割っても生きている生命力、鋼の皮膚に再生能力。これが魔王か。


 相手の強大さに舌を巻きながら、俺は自分の限界を超える気持ちで加速した。


 ――もっと速く! もっと早く! もっと疾く!


「もっと敏捷〈はや〉く!」


 全力の上段斬りが空ぶった。

 その隙を突いて魔王は黒い光を集めた左手を突き出して来た。


 ――かかった!


 全力で振り下ろした剣を、俺はゼロ秒で今度は振り上げた。

 全力駆動の反対方向に全力駆動するという殺人的な反動に、前腕骨が砕けそうな激痛が走るも意思力で抑え込んだ。


 本来ならあり得ないタイミングで襲い掛かる切り上げに魔王は対応できず、俺の剣身は無造作に突き出された左腕を割断した。


 これぞ、秘剣燕返しだ。


「クッソガッアァアアアアアアアアアア!」


 魔王の口が開き、喉の奥から紅蓮の炎が吐き出された。

 魔王の正面にあるものすべては一瞬で灰塵に帰すも、そこに俺はいない。


 俺はしゃがみながら床を統べるように移動して、魔王の股下をくぐり、背後を取っていた。

 魔王の意識が前に向いている今なら、きっと当たるだろう。


「ッッ!」


 ――喰らえ! 天地創造!


 全体重、筋力、瞬発力が合一して、魔王の首筋に叩き込まれる。


 執拗に重ねた切り傷は未だ再生途中で、強度は大きく落ちる。

切り傷に直撃した剣身は魔王の首を刎ね飛ばし、その代償に刃は割れて床に落ちた。


 床を転がった魔王の生首は二度、三度とアゴを開閉させてから、憤怒の形相で俺を睨み上げてから動かなくなった。


「死んだ、のか?」


 魔王の体と首がどちらも動かなくなったのを確認すると、緊張の糸が切れたのだろう。

 体から力が抜けて、俺は膝を折った。


「ハリー!」


 けれど、床に倒れる前に姫様が駆け寄り、抱き止めてくれた。

 姫様の体温と匂いに包まれる栄誉に、だが俺は何かを考える前に意識が遠のいた。


   ◆


 目が覚めると、バルコニーから差し込む日差しに目に差し込んできてまぶたをしかめた。


 体に疲労感は無く、すんなりを上体を起こすことができた。

 そして、部屋の異常さに気づいた。

 俺が寝ていたのは、貴賓室もかくやという豪奢な部屋だった。

 ベッドも、まるで貴族が寝るような上等なものだった。

 ふとんのふかふか具合が、騎士団のそれとは段違いだ。


「なんで俺、こんなところで……あ」


 思い出した。

 俺は昨夜、魔王と戦って、そして勝ったんだ。

 無我夢中だった時は気づかなかったけど、変じゃないか?

 俺はレベル1の三等騎士だ。

 とてもじゃないけど、魔王に勝てるとは思えない。

 けれど、こんな立派な部屋に寝かせてもらっていることを考えると、夢ではないだろう。

 そこへ、部屋のドアが開いて可愛いメイドさんが顔を覗かせた。




   ◆




 あれから、まるで一等騎士のように立派な鎧を着せられた俺は、謁見の間に通された。


 門が開くと、大勢の衛兵や大臣、上級貴族の忠臣さんたちが俺を出迎えてくれた。


 総団長と団長たちもいて、だけど何かを訝しむような、複雑な表情を浮かべていた。

 異様とも言える雰囲気に、俺はわけがわからず混乱してしまう。


 そこへ、陛下の声がかかった。


「第六騎士団三等騎士、ハリー、前へ」

「は、はい!」


 陛下に呼ばれ、脊髄反射でかしこまった。


 左右に並ぶ衛兵たちの視線を一身に受けながら、俺は玉座まで伸びた赤絨毯の上を歩いた。


 毛足の長い絨毯は踏み心地がやわらかいなぁとか、どうでもいいことが頭をよぎった。

 玉座を設えられた階段状台座の下で足を止めると、俺は自然、膝を折って礼の姿勢を取った。


「構わん、面を上げよ」


 顔を上げると、玉座に座る陛下と、そのすぐ横に控えるフィオレ姫と目が合った。

 姫は、なんだか俺に好意的な笑みを見せてくれている。

 それが、なんだか照れ臭い。


「この度の魔王討伐の功績、見事であった。よって、貴君に一等騎士の地位と騎士の爵位を授ける」

「えっ!?」


 騎士の爵位、ということはつまり、騎士爵である。

 騎士と騎士爵は違う。

 騎士は、広い意味では単に戦士や軍人、狭い意味では王侯貴族に仕える軍人を指す。


 けれど、伯爵や男爵と同じ、爵位としての騎士、騎士爵は、貴族と平民の間に位置する、準貴族と言ってもいい立場だ。


 働かなくても、毎月騎士年金という俸給を受け取ることができるし、貴族とも対等に近い立場になれる。


「何を驚いている。貴君はかの魔王を退け、我が姫、ひいてはこの国を救った英雄だ。むしろ足りないぐらいだと思っている。本来ならどこかよい土地を与え、貴族に取り立てるべきなのだが」


 大臣たちを一瞥してから、陛下は言葉を継いだ。


「先日まで三等騎士だった貴君にそれは荷が重かろう。まずは段階を踏み、出世してもらいたい。貴君には、これからも働いてもらわねばならないからな」

「あ、ありがたき幸せでございます!」


 慣れない場に、俺は無理やりそれっぽいせりふを絞り出した。結果、なんだか変な口調になってしまう。


 ――魔王を倒して俺が一等騎士で騎士爵で将来は貴族? わけがわからない。


 乱暴に門が空いたのは、その時だった。


「よーっす。生きてるかへーか様。昨日は姫さんを魔王に連れていかれて残念だったな。諦めて潔くオレに王位と姫を差し出せばいいのに渋るからこうなるんだぜ。まっ、お前は土下座してどうしてもって言うなら姫を取り返しに魔王のところに行ってやってもいいんだぜ?」


「いや、私はこの通り無事だ。ここにいるハリーが魔王を倒してくれたからな」

「はい?」


 さっきまで調子よくまくしたてていたブレイダは、まばたきをして首を傾げた。

 俺と目が合うと、品定めをするように眺めてから鼻で笑った。


「おいおい嘘だろ! オレ様の鑑定魔術で確認したらレベル23の雑魚じゃねぇか! そいつが魔王を倒したんならそいつはきっと偽物だぜ!」


 ――え!? レベル23!? そっか、魔王を殺したから一気にレベルが上がったのか。


「いや、奴は本物の魔王だった」


 そう言い切ったのは、姫様だった。

 冷静に、凛とした佇まいでブレイダと向き合う。


「残念だが、我が国が誇る騎士団の団長たちですら、奴には敵わなかった。まるで歯が立たなかった、と言っても過言ではない」


 姫様の言葉に、総団長たちは恥じ入るように歯を食いしばった。


 ――そう言えば、魔王は無傷だったな。


 どうやら、団長たちが魔王の体力を削っていたから俺が勝てた、というわけでもないらしい。


「じゃ、じゃあますますおかしいだろ。なんで騎士団長たちでも勝てない相手にそいつが勝てんだよ!?」


 ブレイダが不貞腐れたように怒ると、姫様も困った。


「それは私もわからない。ハリー、事情を聞いてもいいか? 昨夜のキミの動きは尋常ではなかった。あんな動きは見たことも聞いたこともない。確かキミはろくに剣も触れない素人騎士、と記憶しているのだが?」


「はい、あれは俺の家に伝わる剣術です」

「キミの?」


「ええ。俺の家の剣は、相手の攻撃は受けずに避けるか受け流して、あと、刀っていって片刃で細身の湾剣を使うんです。だけど、騎士団に入団したらロングソードで真正面から相手と打ち合ったり攻撃は剣で受け止めるやり方を強要されてしまって……」


「つまり、たとえるなら軽装歩兵なのに重装甲騎士のスタイルを強要されてしまった、ということか?」


「えと、たぶん……」

「なるほど、これで合点がいった。どうやら、キミには我が王国流剣術は合わないらしい。以後は、キミのスタイル通りに戦って欲しい」

「は、はい!」


 騎士団に入団してから、王国流剣術とは違う、という理由で叱られ続けてきた。

 ずっと、自分の家の剣術がおかしいのかと悩んでいたけど、今、凄く救われた気分で嬉しい。


「ちっ、雑魚魔王でよかったな。これで国は平和になってばんばんざいかよ」


 ブレイダが毒づくと、陛下は表情を曇らせた。


「いや、まだだ」


 予想だにしない言葉に、俺は背筋を硬くした。


「実はハリーが気絶した後、魔族からの使い魔が現れてな。どうやら、奴は七大魔王最弱の魔王で、さらに強大な魔王があと六人、控えているらしいのだ」


 その言葉で、謁見の間はにわかに騒がしくなった。

 このことを知っていたであろう総騎士団長と団長たちは悔し気に歯噛みして、大臣たちは目を伏せた。


 衛兵たちは誰もが青ざめ、絶望しながら恐怖を口にした。


「おいおい昨晩だけで何人死んだと思っているんだよ?」

「あれより強いのがあと6人も?」

「オレ、昨日聞いちゃったんだけど、魔王のレベルって100らしいぞ」

「100って、人間の最大値だろ!? 神話の英雄クラスだぞ!」

「終わりだ……」


 その中で、ただ一人、希望に色めき立つ不謹慎な男がいた。つまりブレイダだ。


「はいはいはい、そういう展開ね。おーけーおーけー。つ、ま、り、今度こそ本物の勇者が必要ってことだろ? まっ、後はオレ様に任せておけよ。魔王の首なんてサクっと取ってきてやるよ。その代わり、今度こそ姫と王位を――」

「ハリー」


 ブレイダの言葉を遮るように、陛下は立ち上がりながら俺の名を読んだ。


「は、はい!」


 陛下はまっすぐ、俺の目を見つめながら玉座から、そして階段台座からゆっくりと下りてきた。


 そして、俺の手をしっかりと握る。


「残る6人の魔王討伐を、貴君に任せても良いだろうか。無論、国は全面的に貴君を支援する。そしてこれはこの国だけの問題ではない。私は世界に呼びかけ、各国の英雄を集め、英雄連合を結する所存だ。我が国の代表は貴君だ」


「お、俺が国を代表?」


「キミ一人では行かせない。私も同行しよう。昨夜は情けない姿を見せてしまった、レベル1で魔王と戦うキミの姿に勇気を貰った。これでも姫騎士と呼ばれる身だ。お飾りではないことを証明しよう」


 姫様は腰の宝剣を抜くと、鋭い太刀筋を披露してくれた。


「も、もちろんです。陛下の願いとあれば、それに、姫様とくつわを並べられる栄誉に預かり、大変恐悦至極にございます!」


 聞きかじりの騎士ゼリフをもろパクリしながら俺がまくしたてると、周囲から明るい声が次々上がった。


「凄い、新勇者ハリーと姫様の最強タッグじゃないか!」

「それにハリーのやつ、レベル1から23に上がったんだろ?」

「レベル1でも魔王を倒したんだ。今なら他の魔王もわけないさ!」


 俺の存在がみんなに勇気を与えている。

 そのことが誇らしくて、俺は軽く感動すら覚えていた。

 けれど、そこに水を差す空気の読めない男がいた。やっぱりブレイダだ。


「はぁっん!? おいおいそいつは代表!? 新勇者!? 勇者はオレだろ!?」


 ブレイダは得意げに腰の剣を抜いて見せるが、陛下の態度は冷たかった。


「勇者とは、悪を挫き弱きを助ける正義の使徒だ。貴君のように私利私欲でしか動かない俗物は勇者ではない」


「んなわきゃねぇだろ!? オレは500年前、魔王を倒した勇者の子孫だ! 聖剣だって持っている!」


「ならばなおのこと残念だ。貴君は家名と聖剣を地に貶めた初代勇者が築いた栄華も、貴君の代で終わりだな」

「…………へ?」


「ではハリー、今後の方針について相談なのだが。あー誰か、その無礼者をつまみ出してくれ」


 陛下の指示通り、ブレイダは衛兵に引きずられて、謁見の間から追い出された。


 もう、誰もブレイダのことを口にしなかった。


 ブレイダのことを見向きもしなかった。


 俺も、ブレイダのことはどうでもよくなっていた。


 彼のことが嫌いだとか、ムカつくだとか、そんな気持ちもない。


 どうやって残りの魔王を倒すか、姫様や他の国の英雄たちと協力するか、俺の頭は、未来のことでいっぱいだった。



   ◆



「ふざけるな! ふざけるな!」


 城からつまみ出されたブレイダは、呪詛のように悪態をつきながら、厩舎に向かっていた。

 自分の命令を聞かなかったクズ王の土下座を見るために意気揚々を愛馬にまたがり屋敷を出たのに、何だこの状況は。


 朝の気分とはうってかわり、今は最低の気分だった。


「オレ様が家名を汚した? んなわけねぇだろ。オレ様の偉大さもわからずあんなジャリガキを勇者扱いするあの王はクズだ。それも底抜けのクズだ!」


 ブレイダにとって、自分が勇者で英雄でこの世でもっとも正しい存在、という価値観は絶対だ。そこに疑う余地はない。


 どんな現実も、まずはその価値観に沿う形でしか受け入れないし、自分好みの結論ありきでしか考えない。


 それが、ブレイダという男だった。


「はんっ、こうなったらオレが独自に動いて英雄連合よりもさきに魔王を討ち取ってやる。それで世界中の王をひざまずかせてやる。そうだ。そもそもこんなチンケな国の王なんてオレには合わないんだ。オレが目指すべきは各国の姫を愛人にした世界皇帝だ」


 自分の妄想を妙案とばかりにほくそ笑み、ブレイダは怪しい笑みを浮かべた。


「よし、そうと決まれば行動は早いほうがいい。すぐ屋敷に帰って準備だ。口うるさい親父は遊説で留守だし、家宝の魔法道具と金も借りていこう。親父がいない間は、未来の当主であるオレ様が当主代理なんだ、家のものをどうしようとオレの勝手だろう」


 こうして、ブレイダは地獄へ向かって全力疾走していることにも気づかず、ニタニタと怪し気に笑い続けるのだった。


一部完

需要がたくさんあったら本格投稿したいです。


主人公のレベルが1から23になったのは

ゲームボーイの【テリーのワンダーランド】でレベル1のモンスターにはぐれメタルスライムのけいけんちを与えたら1から23に上がったことが由来です。


テリーのワンダーランド、最高だったなぁ。


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