お帰りはあちら (肥溜め)
いきなりポンと手を打った日野出とかいうコノヤロウが、思いついたとばかりに私に笑顔を向けた。
嫌な予感しかない。
「思ったんだけどさ」
「…………」
「神様、僕と結婚しよう」
「……………………はぁ?」
意味が分からなすぎて逆に罵倒する言葉も出なかった。
というか、聞き間違え、かな?
私と結婚しようとか聞こえた気がするんですけど。
「パードゥン?」
「結婚、しよう?」
「……聞き間違えではなかったようですね。お帰りはあちらです」
サッと指さした先にはコノヤロウには相応しい肥溜め型ポータルを設置してあげました。
肥溜めの中に入らない限り臭い匂いがしない神製の優れものです。
「待って待って待って!」
「人間如きが神である私と婚姻? 冗談にしても笑えませんね」
「違うの!」
「なにが」
「偽装結婚というか、仮面夫婦的な、ね? わかるでしょ?」
「分かりたくないので結構です。お帰りはあちらです」
「転生出来ないのは分かったから!」
「……ほぅ。続けなさい」
「転生出来ないなら、転生の神様と一緒になればデート感覚で異世界行けるんじゃないかな!? 家族なら連れてけるよね!? 駄目!?」
なんということでしょう。
コノヤロウ、馬鹿な癖に抜け道を見つけやがりましたよ!?
確かに、確かに神族に迎えられれば、人間というくびきから解き放たれるので、転生出来ないという条件にも穴が生まれます。
「駄目ではないですね、ルール的には」
「マジで!?」
「でも、私がなんでアンタと結婚しなくてはならないのでしょうか?」
「そこは折れてよ。僕のためにさ」
「お帰りはあちらですよ」
「待って! どうしたら僕と結婚を前提に付き合ってくれるのかな!?」
「ゼロには何掛けてもゼロって知らないんですか?」
「じゃあなんで僕のドストライクな格好してるの!」
「パニクって危害を加えられる可能性を下げるためです」
「つまり僕に気遣いをしてくれてると。そのままお断りするのもアレだし結婚してあげてもいいよ?」
「何故私から申し込んだ事になってるのか」
「だって僕の好みに全力で合わせてくれてるんだし」
「危機管理です」
「喫茶店でデートしてくれてるし」
「喫茶店じゃありません」
「私室に招いてくれてるし」
「ここは庭みたいなものです。誰がプライベートな空間に呼びますか」
「じゃあ自宅に招いてくれてるし」
「いえ、私道みたいなものでしたね、すみません」
「お茶でおもてなしは?」
「社交辞令って知ってますか? たとえ招かれざる客だとしてもお茶の1つも出さないのは礼儀にかないません。つまりアンタじゃなくても同じ様に遇します。特別な事は何もありません」
「8回目なのは僕だけじゃないかなー」
「招待状制にしようかな」
「パーティにお呼ばれは経験ないからドレスコードとかはちゃんと分かりやすく書いて欲しいな」
「ボッチですもんね」
「いや、フレはいっぱい居るから」
「イマジナリーフレンドですか……お可哀想に」
「中身入りだから!」
「えぇと、初心者さんに恩を売って手に入れた繋がりと、エンドコンテンツを攻略する為の利益供与関係の繋がりと、他ギルドへの連絡用という捨てアド的な繋がりの事でいいんですか?」
「ちゃんとコミニュケーション取ってるから!」
「コミュニケーション」
「誤差!」
「コミュ障って言うでしょう? コミニュ障とか言わないでしょう?」
「コミ障にすればなんとなく伝わるし」
「コミュ障とは『他人と意思疎通をはかることや、他人の気持ちを理解することが苦手である状態を指します』だそうですよ」
「引用はやめてください」
「ニュアンスで喋る癖は直しましょうね。マンダリンとか」
「人の古傷を抉るの良くない」
「いえ、まだ生傷でしょう?」
「よりタチが悪いっ!」
「話戻しますけど、アンタと結婚とかしませんから。冗談は顔と存在だけにしてください」
「存在が冗談は酷くない?」
「はははっ」
「朗らかっ!」
「大体ですね。アンタ5回目の時の女の子はどうするんですか」
「いや……メンヘラ過ぎてちょっと……」
「環ちゃんでしたけ。可愛いじゃないですか。アンタに惚れてくれる女性とか世界広しと言えども彼女くらいだと思いますよ?」
「そこまでは酷くないよね!?」
「え?」
「え?」
「あ、いえ、はい。環ちゃん以外にも居ますよ。でもほら、環ちゃんじゃない彼女とか作ったら、殺人事件になりません?」
「否定出来ないっ!」
玉置 環ちゃん18歳。
名前のせいで虐めを受けていて自殺しようとしていたので、転生させてあげようとしたら劇的に救出してしまってこのちゃらんぽらんが服を着て歩いている男に心酔してしまった女の子である。
当時から半年程過ぎているけど、未だに夢から醒めない。
というかより悪化している。
紆余曲折あって、今では引越しをして一人暮らししつつ、この男の家で家政婦をしている。メイド服で。
心はとっくに捧げているので体の方も捧げたくて機会を伺っているそうな。
許されるなら住み込みになりたいらしい。
「そういえば」
「はい?」
「この前ね、旦那様がロリコンだから私はこの無駄な脂肪を削ぎ落とした方がいいんでしょうか? って悲壮な感じで聞いてきたから、そのままの環ちゃんが1番だよって言っておいてあげたらね」
「発想がエグいっ!! 止めてくれてありがとうございます! というか、なんで僕は転生チャンス狙わないとここで神様に会えないのに環ちゃんとは連絡してるんですかね!?」
「この前2人でショッピングもしたよ」
「仲良しっ!」
「私、環ちゃん応援してるから。アンタとはそういう意味でも結婚したくないの。友達は大事にしたいの」
「理由が普通ですね!?」
「だって環ちゃん普通にいい子じゃない。愛が重いのも一途って事だし。アンタの為に家事頑張ってるし、オシャレも頑張ってるし、勉強だって必死にしてるし、アンタの趣味にも理解あるし、何が不満なの」
「この前、僕のトランクスの匂い嗅いでたし、料理に謎の薬混ぜようとするし、セクシーランジェリーの好み聞かれるし、僕の老後の介護の勉強と子供出来た時の為の保育士の勉強が鬼気迫ってるし、ホーリィてんこの絶賛レビューとか真面目にされても困るし」
「いいじゃないそれくらい」
「良くねえし!」
「環ちゃんと結婚してあげなさいよ。私とは結婚出来ないから。というか、私ならアンタと結婚しなきゃいけないくらいなら死ぬから」
「そこまで!?」
「控えめに言って」
「奥ゆかしさの方向が間違ってるっ!」
「環ちゃんならアンタの全部受け止めてくれるからへーきよ。バブみ?」
「断じて違うから。そのうち僕の事監禁してくるから」
「そんなこと言いつつ家事手伝いはさせてるわよね」
「いや、そこは……まぁ、助けといて後は知らんとか無責任だし……?」
「異世界転生したら無責任だし?」
「いや、事故に巻き込まれちゃったら仕方ないじゃない」
「偶然じゃないのは巻き込まれる、じゃないから」
「でもさ……僕、思うんだよね。もしも異世界転生しても環ちゃん追いかけてきそう」
「万が一もないけど、私は応援する立場だから」
「難易度が違いすぎるよね!?」
「環ちゃんで不満とか贅沢すぎるって早く分かりなさいよ」
「不満とかじゃなくて、僕は僕の夢を叶えたいの」
「そう。頑張って? 私は応援とか一切しないけど」
「頑張ってって言ったじゃん! 言ったじゃん!」
「はよ帰れって言ったの」
「くそっ! 分かったよ! 帰ればいいんだろ!? 帰ればっ!!」
「バンザイー!」
「か、帰るから、ポータル新しいの下さいお願いします」
「そこにあるじゃない」
肥溜め型ポータルを指さす。
「帰って欲しくないのかー、そっかー」
「チッ」
「舌打ち!?」
「まぁ、そろそろここで1時間経つし、限界を弁えてるのはいい事よ」
「だって、早く帰らないと消滅するって言うから」
「私はもう消滅させた方がいいと思ってたから何も言わなかったのに。
気づいてしまったのね、人間……」
「最後なんでシリアスに言ったの」
「あ、そうだ。忘れてた」
「何を?」
「その肥溜め型ポータル、ドッキリ用のハリボテだからちゃんとその後ろにある本物に入りなさいよね」
「おおおおまえやっていい事と悪い事の区別くらいつけろくださいっ!!」
「いやねぇ、ハリボテだけどちゃんと本物のポータルの上に転移出来るから結果的には帰れるわよ?」
「無駄なひと手間!」
「私がスッキリする」
「じゃあまたね」
「二度と来んなっ!」
ひらひらと手を振ってポータルに乗ったコノヤロウを見送って私はようやくひと息ついた。
「さてと、環ちゃんに連絡しとこ」
スマホをポケットから取り出して、ロック解除は37564っと。
しゅぱぱと素早く入力。
チャットアプリを起動して、と。
『明日遊び行っていいー?』
『はい? あ、はい、お待ちしてますっ!』
『うん。ごめんねー』
『でも、お仕事、忙しかったんじゃなかったですか?』
『終わったから。色んな意味で』
『アハハ……旦那様がお出かけしてるのと関係あるんですか?』
『早く結婚してあげて』
『私としてはいつでもwelcomeなんですけど……どうしたら私を認めてくれるんでしょうか?』
『この前のセクシーランジェリーは駄目だったんだよね?』
『はいー。あとはもう全裸で迫るくらいしか……』
『でも、ビッチ嫌いだからね……めんどくさい』
『清楚ビッチは好きみたいなんですが、線引きがよくわかんないんです。勉強はしてるんですけど……』
『そこはごめんね? 私がこの体じゃなければ、そこも一緒に手伝えたんだけどね』
『いえ! 旦那様の趣味が分かるのは有難いです! でも、私は可愛くないから……もっとオシャレも勉強しないといけないですね!』
『環ちゃんは可愛いから! 仮にも神様の私が保証するよ!』
『そうでしょうか? 旦那様に見初めて貰えない程度のゴミですよ? 私』
『いや、それはアイツの目が腐ってるんだよ……』
『いくら神様でも旦那様の悪口は許しません』
『ごめん』
『旦那様はゴミの私を救って下さった方です生きる価値もなかった私に生きていてもいいと教えてくださったのは旦那様なんですその旦那様の目が腐ってるわけないです腐ってるとしたらそれは私ですから旦那様は悪くありませんから訂正してください謝罪してください反省してくださいあ、はい。すみません。ちょっと熱くなってしまいました』
『いや、今のは私が悪かったよー。好きな人のこと悪く言われたら気分良くないよね』
『すすすすすきとか! 烏滸がましいですよね!』
『いや、尊いことだよ。うん、私応援してるんだからね!』
『えへ、嬉しいです♡』
『あ、今のハートは違うんですよ。神様が好きって意味じゃなくてですね。あ、いや、嫌いなんじゃないんですけど、ライクとラブの違いと言いますか、誤解を与えるような表現ですみません』
『分かってるから大丈夫だよ♡』
『それは良かったです。けど、ごめんなさい。神様とは付き合えません』
『私のも同じ意味だから!』
『そそそそそうですよね!? すみません! 早とちりしてしまいました!』
『まぁいいや、明日行くからそこで話そ。じゃあまた明日ね』
『はい!』
チャット終わりっと。
環ちゃんには是非とも頑張って頂きたい。
そうすれば異世界転生したいとか馬鹿な事言わなくなるだろうし、全力で応援するよ! 私は!!
やっぱり監禁をオススメした方がいいかなぁ。
ということで一応監禁……ゲフンゲフン、完結です。
短い(笑)
続きは考えてません。
気が向いたら書くかもしれません。