あとがき
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
あとがきから読むという方は、また後でお会い出来たら嬉しいです。
こんにちは。
和泉龍一郎です。
無事にこの作品の発表が出来て、とても安堵しております。
面白かった、つまらなかった等、どのような言葉も歓迎します。
皆様の率直な感想をいただければ幸いです。
どうか今後とも応援のほどよろしくお願いいたします。
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さて、ここでこの作品が生まれた経緯についてご説明したいと思います。
皆様は『優生思想』という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
これは簡単に言いますと「身体的、精神的に秀でた能力を有する者の遺伝子を保護し、逆にこれらの能力に劣っている者の遺伝子を排除して、優秀な人類を後世に遺そうという思想」(ウィクショナリーより引用)のことです。
なかなか尖った思想ですね。
この思想が折に触れて、世のなかを騒がせたりしますね。
私の意見を述べます。
優生思想は個人的に楽しむ分には構わないと思いますが、それを社会に押し付け始めると、途端に矛盾を孕んだ凶悪な思想になると思います。
何の生産性もない祐介のような人間は、この思想に則れば真っ先に死ぬべき存在です。
近年そのような思想に基づいて行われた凄惨な事件がありました。
もちろん批判の声も多かったですが、一方で犯人を支持する声も少なからずありました。
わかりました。いいでしょう。祐介のような人間を全員殺しました。
これで溜飲が少しは下がったでしょうか。
めでたしめでたし。
しかしそれで終わるはずがありません。
では──次は?
そう考えるのが人間という生き物だからです。
介護されるだけの寝たきり老人。これも生産性がないですね。なので殺します。
次は生活保護をもらっている人間でしょうか。これも生産性がないので殺します。
次はニートや引きこもりでしょうか。ううん、子どものいない専業主婦もいいですね。
そう考えると、いつ自分が『生産性がない』ことによって殺されるか、気が気じゃないと思います。
誰にだって生きる権利はあります。それを守ることは自分を守ることにも繋がります。
会社や学校を辞めた瞬間に殺されるような社会にしたいですか?
今回の小説はそんな想いから生まれました。
ある人間が生まれてきたことが間違いだったなんて、どこの誰に言えますか?
作中で達也は言います。「それをお前が決めるな」と。
人の価値を勝手に決められるほど、我々は価値ある人間でしょうか?
我々はもう少し身の程を知るべきだと思います。
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前作のあとがきにおいて、昨年からうつ病になったことを明かしましたが、周囲の理解もあり、症状は回復に向かっております。
まだ本調子というわけではありませんが、未来には希望のようなものがあると、また思えてきました。
今後は少しずつ自分に出来ることをし、社会復帰を目指したいと考えています。
いつ誰が、どこで、どうなるか。
それは誰にもわかりません。
我々は常に、生きている途中なのですから。
生きていれば多分いいことありますよ、という想いが、一人でも多くの方に届くことを願っております。
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本作の執筆におきましては、東田直樹氏の一連の著作に非常に多くの知見をいただきました。この場を借りて深く感謝いたします。
では、また次の作品でお会いしましょう!
お読みいただき、本当にありがとうございました!
(2022年 1月29日 旅立った友たちの無事と幸福を祈りながら)




