13 『ヒューマン』
体が、ふわふわと浮かんでいるようでした。
達也は、蛍光灯の明かりをぼんやりと見つめています。
時間の流れが上手く捉えられません。ここに座らされてまだ十秒くらいしか経っていないような気がしますし、十時間くらい経っているような気もします。
どこにも力が入りません。
彼の体は、ソファにぴったりと収まっていました。
目の前を、若い警察官が慌ただしく通りすぎました。警察官は、二人には目もくれませんでした。
取り調べをした中年の警察官は、救急車を呼んでくるからそこで待っているようにと言い残して、どこかへ消えていきました。
ですので達也は言われた通り、ぼうっと時間を潰していました。固いソファが今は心地よく思えました。
達也は、顔や腕に貼られたガーゼに触れました。触れると鋭い痛みが走りました。
さっきまでのことは確かに現実でした。現実に起き、経験したことでした。
人にあれほど殴られたのは初めてでしたし、人をあれほど殴ったのも初めてでした。もし公園に住むホームレスが通報していなかったら、彼はあの男を殺していたでしょう。まだ拳には痺れが残っていました。
ですが、その程度でした。
あれだけのことがありながら、彼は何も失っていませんでした。
意識はありますし、自分の名前も好きな本も即答出来ます。
むしろ重症なのは男たちのほうでした。男たちは警察による取り調べの前に、病院へ送られました。
祐介を見ました。祐介は隣で、気持ちよさそうに眠りこけていました。祐介の大きないびきが、警察署の廊下に響いていました。
祐介もすぐ病院に送られるはずでした。しかし祐介は救急車が来る前に目を覚まし、いつものようにはしゃぎ始めたのです。それには警察も唖然とし、現場が何とも言えない空気に包まれました。達也は、ため息を吐きました。
けれど頭を殴られたのですから、念のため検査は受けなければいけません。
二人はいつ来るとも知れない救急車を、それぞれの時間のなかで待ち続けました。
達也は、包帯が巻かれた祐介の頭を撫でながら「ありがとな」と口にしました。
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警察官に先導されて、担架をもった救急隊員がやってきました。達也は自分で歩けると言い、ゆっくりと立ち上がりました。血が全身に行き渡っているのがわかりました。祐介は担架で運ばれていきました。
それに続いて外へ出ると、淡く輝く金色の空が待っていました。
彼はかなたからの目映い光を余さず受け止めながら、大きく息を吸い込みました。
〈了〉




