11 『致死量の自由』
夕食はこれまた贅の限りを尽くしたものでした。洗練された美術品のような料理がいくつも目の前に並びました。
恐る恐る食べてみて、それが料理として最高峰のものだと、素人の達也にもわかりました。昼に食べた肉に決して劣らない美味でした。料理は水のように胃のなかへ流れていきました。
祐介のほうはそれらをビビンバのように混ぜながら食い散らかしました。
そして達也は祐介を伴い、夜の街へ繰り出しました。
人の多さは昼間より何倍も多く、達也はこの街の真の姿を五感で理解しました。
祐介は彼の後ろにぴったりとくっついています。いつものようにふらふらしていたら二度と合流出来ないと、本能でわかっているのでしょう。
歩いているだけで色んな人間に声をかけられました。初めのうちはそれらを無視していた達也でしたが、花の蜜に群がるアリのように湧き出てくる彼らにいつしか呆れ、やがて足を止めました。
達也を射止めたのは、近くにあるというキャバクラのスタッフでした。
特に目的があったわけではなかったので、彼はその甘い言葉に乗ることにしました。
案内されたのはごく平均的なキャバクラでした。店内にいる女の子も、それ相応の顔つきをしています。まあ徐々に気持ちを上げていけばいいさ、と達也は思いましたが、いざ両隣に女の子が座ると心臓が高鳴りました。
大きく胸の部分があいた薄いドレスに、下半身に響く甘い香水の匂い……容姿など問題ではありませんでした。達也は自分がれっきとした男であることを再認識しました。
女の子たちの場慣れした話術もあり、達也は気分よく、たまに祐介をいじったりしながら楽しい時間を過ごしました。
祐介は店内の派手な照明と喧噪、それから刺激的な肌色に、すっかり萎縮していました。
お酒もすすみ、達也は天にも昇る気持ちでした。細い指先で触れられた肩や太ももが、火傷したように熱くなりました。
達也は祐介にもお酒を飲ませました。
祐介は最初それをジュースかと思ったらしく嬉しそうに飛びつきましたが、口に入れた瞬間、泣きそうな顔をして吐き出しました。
女の子が悲鳴を上げましたが、すぐにスタッフがタオルを持ってきて、事なきを得ました。
ですが、せっかくの楽しい雰囲気に水を差された達也は、少し苛立ちました。彼は祐介を押さえると、残りの酒を無理やり飲ませました。
俺の酒が飲めないのか、なんて台詞を自分が言うことになるとは、思ってもみませんでした。祐介は口の端からお酒をこぼしながらも、結局は素直に従いました。
すると祐介がいつにもまして意味不明な奇声を発し始めました。そしてソファの上に立つと、ゴリラのように胸を叩きました。その姿を見て達也たちは笑いました。周りの客からも祐介は注目を集め、店内が朗らかな空気に包まれました。
人生で初めて、祐介が他人を笑わせました。
今までは、笑われるだけでした。
達也は親心にも似た気持ちに浸りました。
けれどそのうち、祐介の様子がおかしいことに気づきました。
それはまだ彼にしか気づけないほどの些細な変化でした。ですが彼もひどい酩酊状態にあったので、とっさに体が動きませんでした。だから、それを止められませんでした。
祐介が突然女の子に飛びかかりました。獲物を捕らえるときのカマキリのような動きでした。
店内が騒然となりました。
スタッフが何人も店の裏から出てきましたが、誰も暴れる祐介を止められず、全員吹っ飛ばされてしまいました。
祐介の目は大きく見開かれ、赤く血走っていました。祐介は笑いとも威嚇とも取れる嬌声を上げながら、次々と女の子に抱きついていきました。
達也はぼうっとした頭で、小学生の頃を思い出しました。みんなが鬼ごっこをしているところに先生がやってきて、祐介くんも入れてあげなさい、と命令したのです。みんなは嫌がりましたが、先生には逆らえませんでした。
祐介が鬼になると、それまで楽しかった鬼ごっこが一変しました。祐介は女の子しか狙いませんでした。祐介は走り方こそ滅茶苦茶でしたが、その巨体ゆえ一歩一歩が大きく、女の子たちはまるで本物の鬼から追われるように、泣きながら逃げ回るはめになりました。そんな地獄絵図が、十年ぶりに再現されました。
さすがに達也も声を荒げましたが、祐介には届きませんでした。祐介は股間を大きく膨らませ、女の子の桃のようなお尻にそれをこすりつけています。
祐介が女の子のドレスを引き千切り、露わになった胸を揉みました。いえ、揉んだなどという生易しいものではありませんでした。
握って、潰しました。
大きな胸が、歪に変形しました。
達也は、胸はあんな形になっても破裂しないのか、と慄きました。彼は最悪、祐介を半殺しにしてでもこの騒ぎを治めなければいけないと決意しました。
そのとき祐介が宙に浮き、テーブルやソファを巻き込みながら床を転がりました。グラスがいくつも割れ、店内が静まり返りました。その中心で、祐介に負けず劣らずの大男が殺意をむき出しにしていました。彼が、祐介を殴り飛ばしたのです。
頬から首にかけて刺々しいデザインの入れ墨が掘られていました。声はとても低く、達也を含め、この場にいる全員を地に縫い付けました。
どうやら男は、祐介が乱暴を働いた女の子のことが好きだったようです。祐介は不意の暴力に目を丸くさせています。祐介の鼻から、ひとすじの血が、鼻水のように垂れてきました。
達也は本能的に危機感を覚え、すぐさま男と祐介のあいだに入りました。そして不良品を出してしまった企業の社長のように謝りました。
お前はこいつの何だと問われ、達也は曖昧な返答しか出来ませんでした。
その態度が逆鱗に触れたのか、男は厳つい顔をさらに歪め、達也の胸ぐらを掴んで持ち上げました。
達也は爪先で、必死に地面を探しました。
男は達也にもありったけの殺意を向けました。
そこに横から声がしました。達也が目だけを動かすと、楽しそうに笑っている男たちがいました。彼らも目の前の男に匹敵する肉体を持っていました。筋肉を鎧として纏っているようでした。
彼らは口々に囃し立て、仲間の攻撃性を煽りました。
達也は喧嘩になっても絶対に勝ち目はないと判断し、お金を払うことで許してもらおうとしました。店のほうにもちゃんと弁償すると叫びました。
人垣のなかから一際高そうなスーツを着た中年の男が現れ、店長だと名乗りました。彼としてもこれ以上の揉め事は避けたいのでしょう。表情からその思いが伝わってきます。店長は茫然としている女の子に、それで許してくれるよう頼みました。女の子は赤く手形のついた胸を隠しながら、小さくうなずきました。
達也は胸を撫で下ろします。問題をお金で解決出来ることの、何という心強さでしょう。お金さえ払えば人を殺しても許されるのかもしれません。
ですが男は祐介を許しませんでした。男の殺意は削がれておらず、むしろ研ぎ澄まされていました。
達也は、自分の金玉が縮んだのがわかりました。男はそのまま達也を引きずっていくと、仲間たちには祐介を連れてくるよう指示しました。
二人はなす術もなく店の外へ連れ出されました。四人がかりで押さえられた祐介は、達也と同じ表情をしていました。




