02話.[そうでなくても]
6月。
雨が降るのが当たり前になることを考えると少し憂鬱な気分になるが、幸い、クラスメイトはいつものように明るかったから良かった。
にしても、……俺が好きなのを知っていたうえで他の男子が好き好きと言い続けるあいつは酷いな。
わざとか、抱えていても無駄だからと現実を見せてくれようとしてくれているのか。
なかなか本人からああいう言われ方をされるのは辛いが、事実その通りだ、もう諦めるしかない、これ以上抱えていても向こうにとっては気持ち悪いだけだろう。
「はぁ……」
ため息をついても賑やかさがかき消してくれるから助かる。
「ひーろ、来たよー」
「おう」
だからその原因である唯にも聞かれなくて済むというわけだ。
「なんかここだけどんよりとしてるよ?」
「そうか? じゃあ俺が原因だろうな」
雨が面倒くさいからだと適当に作っておく。
なんでこっちに来るのか分からん、女子に囲まれているからなんだよという話。好きならぶつかれよ、それすらできないまま終わるのは辛いだけだぞ。
「もしかして、あのとき言ったことを気にしているの?」
「え? 自意識過剰かよ、俺は基本的にこういう人間だろ」
「そうだねっ、広は基本的にぼうっとしているというか、やる気ないもんねっ」
やる気がないと言うときだけなんでそんな楽しそうなの?
地味に傷つくぞこれ、なんで活き活きとしちゃうんだよ。
別に馬鹿にしてくれたって構わないけどさ、死体撃ちが趣味なのだろうか。
「やる気出せばモテると思うけどね、ご飯だって作れるし」
「それだけでモテるなら料理人に必ずそういう人間がいるということになるぞ」
「例えだよ例え、死んだような顔でいる子のそういう一面を見られたらいいでしょ?」
ただいいように使われて終わるだけ。
その証拠に、俊は家に来るとすぐに「飯作れ!」と言ってくるから。
所詮あれだ、俺は便利屋とかそういう程度の扱いなんだ。
悲しいねえ、気が楽なときもあるからそればかりじゃないけどさ。
「唯ちゃん」
「あ、今井くんっ」
うへぇ、なんか凄く甘い声出してるやん。
あと、ちゃん付けで呼ばれているんだな唯は。
これが恋した人間の顔か、確かにこういう顔をしていたら相手にばれるかもな。というか唯からすれば嬉しいだろうな、自分の意思で来てくれたんだから。その証拠に、こちらに挨拶すらすることなくふたりで出ていったしな。
じゃあねくらい言っても損はないと思うけどな、別に言わないけどよ。
「斎藤くんと川上先輩ってどういう関係なの?」
「俺らか? 昔から一緒にいる友達って感じかな」
いきなり隣の席の女子から聞かれて困惑したがそうとしか言えない、彼女はこちらを見ながら「優しいからいてくれているだけだと思った」と突き刺してきた。
「ま、まあ、そうだから」
「あっ、ごめん!」
「き、気にするなよ」
そんなことは分かってるよ。
そうじゃなければ一緒にいようとなんてしてくれないからなと内で呟いた。
「でっでででーん! 俺様が来てやったぜ!」
「しゅ、俊くん、大きな声を出しすぎだよ」
「気にするな葵! 俺はこのひとりで悲しそうな人間の――ああ! どこに行くっ?」
どこに行くと言われても帰るだけ。
で、すぐに校門のところで人が集まっていることに気づいた。
「あれ、なんだと思う?」
俊に聞いてみたのだが「さあ、葵はどう思う?」と全く考えることをしないまま葵に流す。
「うーん、格好いい男の子がいるとか?」
「なに!? 葵、騙されては駄目だぞ!」
ああうるさい、なんで今日はこんなにハイテンションなんだ。
別に賑やかだろうと気にせずに帰ればいいと考えていた自分。
あ、どうやらこの前の中学生がいたようだ。
関係ないから無視して帰ろうとしたら気づかれて前に回り込まれた。
「こんにちは」
「おう、こんにちは、それじゃ」
雨も降っているのに物好きな人間もいたものだ。
セクハラをしたとかでもないんだし気にする必要もない。
今回ばかりは俊がいてくれて助かった、大抵の女子はイケメンでも見ればそちらに行く。
「でさ、そのとき葵がな?」
「い、言わないでよ~……」
待て、なんで当たり前のように家にいんの?
「ふふ、葵さんは可愛らしい方なんですね」
待て、なんで当たり前のようにいて笑ってんの?
こ、こいつら怖え、特に意図が分からないから中学生女子が1番怖い!
「ん? どうしたんですか、そんな顔をして」
「いや、どうしているんだ?」
「俊さんが上げてくれました」
だろうなとしか言いようがない。
そうでもなければ肉食系女子としてカウントしていたところだ。
「斎藤先輩は酷いですよね、普通あそこでは足を止めるところですよ」
「だって俺に話しかけてくるわけがないからな」
「初対面のときも話しかけたと思いますけど」
確かにあのときの俺はおかしかったとしか言いようがない。
でも、アイスをぶつけられたり、雨が降ってきたりで投げやりになっていたんだ多分。
だからしょうがない、俺は自分の意思で話しかけていたわけではないのだから。
「まあ待て、その初対面のときの話をしたいところだろう?」
「雨宿りしていたらこの女子がやって来た、以上」
「いやいや、それだけなら校門で待っていたりなんかしないさ、なあ?」
「はい、そうですね」
べたべた触れるな、葵が頬を膨らませて睨んでいるぞ。
しょうがない、ここは中学生女子を助けるためにも……。
「葵は髪の毛を綺麗にしていていいな」
「へっ!? な、なんで急にっ?」
「雨の日でも素晴らしいよ、触っても――ぶはあ!?」
「駄目に決まっているだろ馬鹿!」
よ、よし、俺は素晴らしいことをしたぞ、それに葵の髪の毛が綺麗なのは本当だし。
「良くないですよ、葵さんは俊さんが好きなんですから」
「いや、明らかに嫉妬していたからな」
「確かに頬を膨らませていましたもんね」
分かっているなら自分から俊を遠ざけてくれ。
そのせいで無駄にぶっ飛ばされる羽目になったじゃないか。
「帰るぞ葵っ、このままだとそこの最低野郎に襲われるからっ」
「ひ、広くんはそんなことしないよー」
「いいから!」
おい、この子も連れて行ってくれよ。
イケメンパワーを発揮させてさ、なんでこういうときは使えないの? 不便だな。
「行ってしまいましたね」
「帰ってくれ」
「ちょちょ、ちょっと待ってくださいよっ」
「ん? なにか用でもあるのか? あ、この前は話しかけて悪かった、許してくれ」
「責めたくて来たわけではないですから」
金を求められても困るし、物を求められても応えられない。
母は激務だからというのもあるが基本的に物欲がないからだ。
「それでですね、川上先輩って知っていますか?」
「ああ、知ってるけど」
「お友達になりたいんですっ、今度会わせてください!」
それならばといまから呼ぶことにした。
で、
「来たよー」
割とすぐにやって来てくれたので後は任せることに。
こっちは夕食作りを開始、冷蔵庫に入っている適当な物を使ってのものだ。
「ちょいちょい、普通初対面同士をそのままにしますかい?」
「俺も大して知らないから同じだろ」
「え、知らないのっ?」
年下と関わりがないことぐらい分かっていると思うんですがね、興味がないと言われればあ、そうかとしか言えませんけどね。
昔から、年下とか同級生とかとはどうしても上手くいかなかった。でも、問題ないと思った、何故なら唯達と関わっていられたからだ。
けど、そろそろそれに頼るのも良くないのかもしれない。
関係が決定づけられたら唯や葵、俊が来ることはなくなるから。
「まあそうか、広がこんなに可愛い子と友達なわけがないもんね」
「唯や葵は可愛いと思うけどな」
「私達はほら、学年が違うし優しさを見せてあげているだけだし」
「そうかい」
的確に嫌な気分にさせてくる天才だな、そうでなくても雨で気分が沈んでいるんだから勘弁してほしい。
それでも表には出さずに夕食作りを終えてひとりで適当に食べていた、わざわざリビングになんか持っていったりはしない、食べるならいつもここだ。
で、目的を達成したからなのか中学生女子と唯はいつの間にか消えていたという。
「ごちそうさま」
やることは変わらない。
いつも通り風呂に入って寝たのだった。
「お前は葵に近づくなっ」
今日も誘われて一緒に食べていたとき、いきなり来た俊がそう言った。
昨日ので随分と疑われているようだ、魅力的なのは確かだけど手なんか出さねえのに。
というわけで急遽ひとりで食べることになり、窓の外を見ながら食べてた。
「広くん」
「おいおい、来たら怒られるぞ」
「だって広くんは私なんかに興味ないでしょ?」
「いや、俊がいなければ狙ってたかもだぞ」
「えっ、あはは、昔からお世辞を言ってくれるよね」
や、小さいし普通に可愛いし俺にも優しいしで俊がいなければ本当にいい相手だ。
まあでも考えても意味ないことなんだけどな、それこそこっちのことなんて興味ないし。
「広くんは昔から凄く優しいよね」
「違う、葵達が優しいだけだろ」
「だからさっ、頑張ってねっ」
「おう、ありがとな」
いまはなにもかもが俺を抉っていく。
いいことを言ったつもりでいる彼女は「戻るねっ、またねっ」といい笑みを浮かべて去った。
俺の周りには優しくて、無自覚で煽ってくる人間しかいないのか。
他の男に近づかないようにと頼んできたのは俊だぞ、まあいいけどさ。
「ごちそうさま」
全部自分で作ったものだから作業でしかない。
美味しいけど食べられて嬉しいとはならない、それもこれも雨と主に唯のせいだ。
いつまでもここにいてもしょうがないからと教室に戻って、いつもと同じようにする。
昼休みが終わったら授業に集中して、放課後になったら適当に時間をつぶして。
「あ、遅いですよ」
「よう、一緒に帰ろうぜ」
「はい、元々そのつもりでしたからね」
名前も知らない中学生女子――聞いたら今井萌々だと教えてくれた。
俺が足を止めて固まっていたら「唯先輩の好きな人の妹です」と答えてくれた。
「唯に近づいた理由は?」
「お兄ちゃんも気になっているようでしたので確認です」
「へえ、じゃあ両片思いみたいなものか」
「そういうことになりますね」
俊と葵もそう、さっさと付き合ってしまえばいい。
そうすれば友達として、いやあの様子だと離れていくだけかもしれないが。
「あとはあれです、私が斎藤先輩といればもしかしたら気を引けるかもしれませんから」
「どういうことだ?」
「もしかしたら唯先輩が気にしてくれるか――」
「余計なことをするな、そんなことは絶対にないぞ」
「わ、分かりましたのでそんな怖い顔はやめてください」
捨てきれていないのはばればれだということかよ。
そんなに露骨に顔に出しているのか? じゃあ冷たくなるのもしょうがないな。
あれは唯なりの優しさなんだ、そう考えておかないと不自然すぎる。
願望でもなんでもいい、とにかくあいつはこっちを悪く言ったりは本来はしないのだ。
「それより今井は部活とかやっていないのか?」
「もう18時半ですよ? 終わった後です」
「あ、そうか」
「夏の大会が最後ですけどね、そうしたらお勉強祭りです」
「懐かしいな、俺も滅茶苦茶頑張ったからさ」
勉強の方は唯が特に教えてくれた。
受からなきゃ駄目だって、そのためになら時間を使ってもいいって。
だから頑張って頑張って、合格して、ここに通い始めて。
でも、いいことばかりじゃないのは最近分かった。
それどころか嫌な気分になることが多いぐらいで、面倒くささを感じ始めている。
このままだとまず間違いなく俊が言ったように灰色の生活になるだろう。
「頑張れよ」
「ありがとうございます、頑張ります」
結局、俺は見ていることだけしかできない。
無責任に頑張れとしか言うことができない。
まあ、俺の人生は昔からそうだったからいい。
けど、俊や唯達みたいに誰か好きな人がいて、実際にその存在と上手くいっているような幸せな時間を過ごしてみたかったという思いはある。
逆に非モテだからこそだろう、で、この欲が異性を遠ざけているということに繋がるわけで。
「あの、今度勉強を教えてくれませんか?」
「唯とかに頼んだ方がいいぞ」
「唯先輩達はほら……」
「分かった、俺なら暇だからいつでも頼ってくれ」
中学の問題は恐らく分かるから問題もない。
とはいえ、今井が教えてもらわなきゃできないような人間だとは思えないが。
大して知らないから特になにも言わずに別れるところまで歩いた。
年下でほぼ初対面だからというのもあるだろうが、今井は俺にも優しかった。
色々と悩んでいた。
勉強を教えるにしてもどこでやればいいのだろうかと。
だって図書館じゃ喋り声は目立つしなにより静かすぎて嫌だ。だからといって、家に招いて勉強を教えるというのも下心があるように思われて無理。
「俊の家を貸してくれないか?」
「は? なんだよ急に」
「あ、今井に勉強を教えることになったんだけどさ、俊もいれば安心できるかなって」
「俺は別にいいけど」
その際に葵も呼んでおけば仲も深められるし、なにより上手く教えられるだろうから。
俊にとっても今井にとっても悪いことじゃない、なにより俺がふたりきりになりたくない。
大体、ほぼ初対面の人間に頼むなんてどうかしている、もっと警戒心を強くした方がいいぞ。
「それに俊は俺より優秀だからさ」
「褒めても葵にしたことを許すわけじゃないぞ」
「別に許さなくてもいい、今井のためだと思って今度手伝ってくれれば」
「分かった、連絡先は交換してあるから俺から言っておく、あくまで発案者は俺という形でな」
「助かるよ、ありがとう」
面と向かってふたりきりは嫌だなんて言ったらいい気分はしないからな。
その点、連絡先交換を許すぐらいの俊から誘われたら今井だって嬉しいはずだ。
なんなら俺がいる必要はないがそこは約束、きちんと守って最後までいるつもりでいる。
「よし、今週の日曜日に決まったぞ」
「あいよ、それじゃあ日曜日に……あ、今井って分かるのか?」
「分からないだろうな、それは広が迎えに行ってやってくれ」
「分かった、それぐらいはやらないとな」
にしても気軽に連絡先なんか交換して葵に怒られないのかねえ、あとやっぱり気軽に交換してしまう今井のことが心配になる。俊は悪用する人間なんかではないが、他の人間にもしていると考えると……って。
「気持ち悪いな」
出会ったばっかりの人間に心配される方が気持ち悪いか。
そうでなくても初対面時の印象があまり良くないのだから気をつけないといけない。
「話は聞いたよー、それ、私も行くから」
「自由にしてくれればいい、今井も助かるだろうからな」
「というか、さ」
いきなりやって来た唯はこっちの腕を突きながら言う。
「ふたりきりでやれば良かったじゃん」
「いや駄目だろ、母ちゃんがいてくれれば別だけどな」
「そっか、広の家はほとんどひとりだもんね」
「ああ、俊の家だから唯も安心できるだろ? だから来てくれ」
「はーい、萌々ちゃんのためだから行きます!」
そうすれば俺は興味を抱かれることなく自分のことに集中できる。
俺もなにかを持っていって期末考査のために頑張っておこうか。どうせなら優秀人間である俊に聞いてもいい、葵に聞いたら怒られそうだしな。
「また悪い癖が出たのかと思ったよ」
「悪い癖?」
「変に悪い方に考えて周りの子を利用する癖」
「なわけないだろ、俺よりも俊達の方が分かりやすく教えられるからだ」
「そっかっ、それならいいんだよっ、俺なんかといたくないだろうからとかそういう風に考えてしているんじゃないならさ」
うーむ、俺のことをよく知っているな唯は。
ま、ずっと一緒に過ごしてきていたんだから無理もないか。
好きな人間ができてからも変わらずにいてくれているからな。
「いつもありがとな、唯がいてくれて助かってる」
「何度も言うけどそういうつもりじゃないけどね」
「分かってるって」
俺なんか言えずに終わるのがお似合いだよ。
自分のことだったら自分が1番知っているんだからさ。