実地見学編 6話
実地見学編5話 あらすじ
とある休日、ヴァニラは目薬を買いに商店街へ向かう。
その商店街にて、彼女に近寄るある男──彼の持つ手紙には、サライマン国における法の最高機関、長老院の議員である、アノス・イチカラーリアの名が記されていた。
実地見学編5話までに登場した人物の紹介
◇ヴァニラ・キラーリア
本作の主人公。
赤と金のオッドアイと、銀の長髪をもつオカマ吸血鬼。
ケントーニハンター学院で、5年生担当の教師をしている。
◇アノス・イチカラーリア(名前のみ登場)
長老院議員。
ヴァニラに彼からの急報が届いた。
長老院議員だが吸血鬼なので、若い見た目をしている。
◇ルービエラ・イチカラーリア
ヴァニラが居候する家の主。
吸血鬼の女性。
ヴァニラには、ベラという渾名で呼ばれている。
◇カイリ・スマトラ
ケントーニハンター学院の、5年生Aクラス。
実地見学の行動班、第12班の中距離主力戦闘員を務める、16歳の少年。
◇ビシア・ビィシャ
5年生Gクラス。第12班では、博兵という役職を担っている。
Hクラスからの編入生で、23歳の女性。
サライマン随一の商業都市、ワッセム県。
この県にある、商人の集う場所、商業館に隣接するのが、イチカラーリア邸だ。
ハンターの名門であり、政界にも数多の人材を輩出している、イチカラーリア一族の本家──その応接室にて、長老院議員のアノス・イチカラーリアは彼──否、彼女を待っていた。
「アノス様、そろそろです」
関係者用通路から、彼の使用人が伝えにやってきた。
それを聞いて、アノスの身体に些かの緊張が走る──間を置いて、客人用通路から靴音が迫るのが聞こえてくる。
そして、扉が開く──同時にアノスの緊張を破り去ったのは、目頭が熱くなるほどの懐古の念だった。
「久しぶりね、アノス。見た目は全然、変わりないみたいじゃない」
アノスは思わず、笑みをこぼす。
「そりゃそうですよ、吸血鬼なんですから」
「それで、相談って?」
「はい──」
空気は一転し、広い部屋に2人の声が重々しく響く。
「決戦龍虎が──?」
「はい、それも複数体、目撃されているそうで」
「そう──なぜそれを私に?」
「実地見学は、今週末から来週にかけてですよね?」
「ええ──でも、こういう時は討伐隊を編成するのが通例でしょ?」
「正直なところ、コストパフォーマンスの問題です。決戦龍虎が複数体目撃されることは、異例中の異例。討伐隊を編成しても、何人のハンターが犠牲になるか……」
「なるほどね。諸費用はバカにならないだろうし……でも、生徒を巻き込むわけにはいかないわ」
「そこを案じる必要は無いでしょう?──貴方なら」
「……まぁ、やるだけやってみるわ」
「はい、どうかよろしくお願いします──今回のために、人血も用意しましたので」
「アンタ、そりゃまた、危ない橋を渡ったわね──そうやって、退路を絶とうってわけ?はっきり言って、キタナイわよ」
「僕も政治家ですから」
アノスは、ニコッと笑って見せた。
「──でも、決戦龍虎の大量発生なんて……アンタらの首領、なんか言ってなかった?」
「ゲルロイド議長ですか?いえ、何も……」
「そう……まあ、いいわ」
──あのクソジジィ、なにか企んでんじゃないでしょうね……
◆
イチカラーリア邸を後にし、ヴァニラは噴水広場へ向かう。
あの後、アノスの些細かつ浅ましい一言が起爆剤となり、ヴァニラが昔話に花を咲かせすぎたために、約束の時間を過ぎてしまった。
足早に向かう噴水の前に、そわそわと動き続ける女性が1人。昼時の香ばしさを引き連れた雑踏の中、しきりに尖った耳をもてあそんでいる。
「ベラ!」
自分を呼んだ声の主を見て、彼女は顔をほころばせる。
「おまたせ。待った?」
「ううん、今来たとこです──ヴァニラちゃん、行きたいお店ありますか?」
「流行りの店があるの!そこに行きましょ♪ちょっと並ぶかもしれないけど……」
「かまいませんよ」
「昼食とったら、化粧品見に行きたいんだけど」
「はい、私もそう思ってました」
◆
翌日──日曜日にあたるその日は、サライマンでは平日であり、国の人々は一爪と呼んでいる。
その日──ケントーニハンター学院5年生Aクラスの教室にて。
「ビス!おはよう」
「おう、カイリ」
「なに、テンション低くない?」
「いや──今週末からだな、実地見学」
「ああ、そうだね」
カイリ・スマトラに「ビス」と呼ばれた少年──ビス・フアゲルラーリアは、何やら浮かない顔だ。
「どうした?」
「──張り合いがないと思ってな」
「なにが?」
「お前の班。お前に合ってなくないか?」
「そんなことないだろ」
「いや、そんなことあるぜ。俺と張り合えるのはおまえくらいなのに……班員の実力に差がありすぎる」
ビスの語調・表情から察するに、嫌味などではない。本心から残念がっているようだ。
「いや……ビィシャさんは成績優秀だし」
「ああ、Gクラスの。確かにそうかもしれないけど、博兵としての実力は、モーリスの方が上だろ」
「──そう思うのも無理ないか。9班は1位だもんな」
「そんなの当然──おまえのいる12班が最下位ってのがおかしい」
カイリは内心、腸が煮えくり返る思いだった。
ビスの言葉は、配慮の足りないむき出しの本心だ。
だがカイリには、ビスがその本心でもって自分を挑発しているように思えた。
──そして実際、果たしてその通りなのだった。
「次は負けない……!」
「言ったな?その気で来いよ」
「──おう……!」
カイリは固く決意し、ビスの挑発に迷いなく乗ったのだった。