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伝説のハンターがオカマだった件  作者: 原案:空星きらめ/作者:犬太
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実地見学編 5話

モンスターの棲む国──サライマン。

この国にも休日という概念は存在する。その休日がいつかといえば、一週間のうち4日目と7日目──水曜日と土曜日に相当するが、サライマンではそれぞれ四桜シオウ七目(シチモク)という。


この日はちょうど七目であり、彼はいつもより1時間ほど遅く起床した。時刻にして、7時半頃だ。


部屋の壁沿いに置かれたベッドの、その右側にある机の上から、目薬を取り上げる。

そして赤と金の双眸そうぼうに目薬をさし、2、3回瞬きをする。持病のドライアイが仮染かりそめの潤いを享受した感覚と、底知れぬ罪の意識にさいなまれつつ、双眸からこぼれ落ちたしずくを、右手の親指で雑にふき取った。


──左手のひらの上にある、目薬の容器を見る。硝子ガラスの容器の底で、薄い膜が張っているように液がほんの少しだけ残っている。

今日にでも次を買う必要がありそうだ。


次に、左手の中指を見る。はめられている指輪を外し、床に放り投げてから右手の指を鳴らす。

すると、指輪にはめ込まれた魔石が光り、その光の中から狼の耳を生やした男が現れる。

彼の首には、指輪とおなじ形、柄の首輪がはまっている。


「おはようございます、ヴラド様」


「おはよう、ガブ。ベラの朝食を作ってやってくれ」


「ヴラド様は?」


「休日は食べないって、いつも言ってるだろ」


「そうですね──それでは、ルービエラの分だけ」


「ん。早めに頼む。ベラ、起きたら自分で作ろうとするだろうから」


彼の言葉に一礼し、狼の耳の男──ガブは寝室を出た。

間もなく彼も寝室を出て、向かいの化粧室に入った。そして数秒後、化粧室から出てきて、ドアノブに"使用中"の札をかけた。


化粧台の前に座り、三面鏡を開く。


額から鼻筋にかけて──右頬──左頬──趣味の悪い模様がそれぞれ、鏡のうち1面ずつに克明こくめいに写されている。

彼はこれを呪印と呼んでいる。


この呪印を隠す作業が、これから行われる。


──1時間後。彼──否、彼女としての顔が出来上がった。


──神から呪印をたまわって以来、ルービエラにも素顔を見せたことは無い……見せるわけには、いかないものね。


彼女が化粧室を出ると、左隣の部屋から家主が現れた。


「おはよう、ベラ」


「おはようございます、ヴラド様」


「ヴァニラちゃんとお呼びなさい」


彼女の言葉を聞いて、にこりと笑うのは、ルービエラ・イチカラーリア。ヴァニラと同じ、吸血鬼だ。

ヴァニラはかなり長い期間、彼女の元に居候している。


「今、ガブが朝食作ってくれてるから」


「ヴラド様……いえ、ヴァニラちゃんは召し上がるんですか?」


「いいえ。私は目薬を買いに行くついでに、適当に遊んでくるわ」


「じゃあ、私も」


「じゃあ、11時半頃に噴水広場に集合しましょ」


それだけ言うと、ヴァニラはそそくさと家を出て行ってしまったが、ルービエラは変わらずにっこりと彼女の背を見送った。



商業の都──ワッセム県。

交易や経済、商人のおきて、そしてモンスター狩猟に関する諸機能を司る「商会院」は、ここに存在する。


ルービエラの家を出て、北へ1kmと少し。

そこにはギルドホームと呼ばれる、各種ギルド共通の寄り合い所と商会院議事堂の複合施設である商業館がある。


その敷地内にある商業館前広場、通称「噴水広場」へ続く商店街の中に、ヴァニラ愛用の目薬を取り扱う薬屋がある。


食物のけぶり、色とりどりの衣服、装飾品が目をよろこばす商店の行列の中でこじんまりと佇む薬屋へ、ヴァニラは頭を低くしながら入店する。


「おう、ヴァニラちゃん。目薬かい」


「ええ……ここの天井、どうにかならないの?頭ぶつけそうだわ」


「しょうが無ぇだろ。商店街の薬屋じゃあ、薬をいつでも分けてもらえるわけじゃ無ぇんだ。天井裏を倉庫にして、しっかり備蓄しとかなくちゃよ」


「あっそう。まあしょうがないわね」


「つーか、ヴァニラちゃんがデカすぎんだよ。ワシにとっちゃあ、こんくらいがちょうどいいんだわ」


「おっちゃんほどちっちゃい人も、そんなに見ないけどね」


談笑しつつ、目薬を購入。店を出たのは9時40分頃だ。待ち合わせの時間まで、まだ時間がある。


──もう少し時間を潰してから、噴水広場ね。


昼食の店に目星をつけつつ、ヴァニラは化粧品店を目指していた──その時。

前方から見知らぬ人物が、ヴァニラの方へ歩いて来る。


いぶかしみながら歩みを止め、その人物を待つ。

ヴァニラの元へたどり着いた彼は、特に変わった格好もしていないが、ただの一般人というわけでもなさそうだった。


「ヴァニラ・キラーリア殿ですか?」


「ええ、そうです」


「アノス・イチカラーリアの遣いの者です。こちらを貴方にお渡しする任を負って参りました」


彼の手には、封をされた一通の手紙。

イチカラーリアの朱印が確かに押されている。


「長老院議員どのが、何の御用かしら?」


ため息をつきつつ、手紙の封を切る。


──拝啓 ヴラド・キラメ・フォン・オッカーマン・イチカラーリア様、もといヴァニラ・キラーリア殿。

お久しぶりで御座います。

いきなり申し訳御座いません。

至急ご相談させていただきたいことが御座いますので、イチカラーリア邸までお越しいただきたく存じ上げます。

敬具

アノス・イチカラーリア


「──なるほどね。わかったわ。すぐ行く」


「お願いします」


──ごめんなさい、ベラ。少し遅れそうだわ。


唐突の知らせに、さしものヴァニラといえど危機感を禁じ得ず、彼──否、彼女は急ぎ足に商店街を出た。

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