実地見学編 4話
第12班に突きつけられた現実を見、自分を責めるケリン・オムラ。
悩める若人を導くため、彼──否、彼女は、彼をビシアのもとへ向かわせたのだった。
◆
ケリンの目前に、Gクラスの教室が見えてくる。
戸はすでに開いていて、そこから生徒が思いおもいに散っていく。
ケリンが戸に近づき室内を覗くと、ビシアが自分の席に、ぽつんと座っていた。
「あの……ビィシャさん」
ケリンが呼びかけると、ビシアとその他数人の視線が集中する。
「ちょっと話が……つーか、相談があるんだけど」
ケリンが言ったのを聞いて、ビシアは立ち上がり、彼の方へと歩く。
そして彼の傍らに立ち、目線でうながす。
「中庭にでも行こうか」
そう言うなり、彼女はまた歩き出した。
「あ、うん。俺、弁当持ってこないと」
「じゃあ、先行ってるから」
中庭の入口は、Gクラスの教室を出た左手にある渡り廊下の中ほどの辺りにある。
一方ケリンのBクラスは、Gクラスから見て右側にあるので、ビシアが歩き去ったのとは逆側に向かってケリンが歩き出す。
足早に戻ったBクラスの教室の前で、ヴァニラが壁に背をあずけて立っている。
彼女の視線はケリンに向けられていた。
「あら、オムラちゃん。ビィシャちゃんとはお話できたの?」
「いや、これからだよ。中庭で話すことになったから、弁当取りに来たんだ」
「そう……がんばって」
そう言う彼女を、ケリンは内心、訝しむ。彼女はどうもうっすらと、不敵な笑みを浮かべている。
ともあれ、弁当を持って中庭へ。C、D、E、F、Gクラスの教室を横目に過ぎ去り、食堂を目前に左手の渡り廊下へ。
半ばまで歩いて左を見ると、中庭のベンチのうちひとつにビシアが座っていた。
ケリンは彼女に歩み寄り、同じベンチに腰掛ける。彼女の顔を見ると、少し驚いている様子だった。
「どうかした?」
「いや、オムラ君、パーソナルスペース狭かったりする?」
「え……考えたことないけど」
「そ、そっか──で、相談って?」
彼女の質問を受けて、ケリンはしばらく考えを整理する。
そして、瞬きをひとつ。決然と話を切り出す。
「俺さ、この前の実技で結構なミスしちゃったじゃん……それで悩んでて。そしたらヴァニラちゃんが、ビィシャさんと話してみろって」
「……そっか」
──キラーリア先生は、私のことお見通しなんだ。
若干、笑みが零れた。その笑みには、彼女の胸底のわだかまりを隠し通すことへの諦めが含まれていた。
「オムラ君のミスは、君自身にとってはすごく重い罪みたいになってるんだと思う」
ビシアは両手を組み、手癖で指をもてあそびつつ、会話に一拍の間を置く。
「その考えって、大切だと思うよ──誰が悪いかじゃないんだよ、省みるべきは。自分に何が出来なかったか。何が出来たか。そういうことを考えるべきなんだと思う」
「でもさ……じゃあやっぱり、俺のせいだよ」
ビシアはケリンの目を見て、落ち着きを取り戻させる。
「──私ね。非常用の魔石、使おうとしちゃったんだ」
「え、それって──」
「うん。使っちゃってたら、最下位にもなれてなかった。私、諦めちゃったんだ、ちゃんと考える前に」
唇を噛み、足元に視線を落とすビシアを、ケリンはただ茫然と見つめた。
「9班のあの子……博兵やってた子ね。筆記テストの出来は、いつも私より悪いの……私の方が頑張ってるって思ってた。負けるわけないって」
ビシアの目から涙は零れないまでも、声は小刻みに震えている。
それを自覚して、胸いっぱいに息を吸い込み、細く長く吐き出す。
「──オムラ君は、どうしてハンターになりたいの?」
「うちはハンターの家系だから。まぁ、中距離主力のやつは、みんなそんな感じだけど」
「そっか。私も父さんがハンターだったんだ」
「そうなんだ。なんか意外」
「実は結構有名な人なんだよ。剣なんて呼ばれて」
「え、じゃあビィシャさんのお父さんって──ギィス・ビィシャ?!」
「知っててくれてんだね」
「あ……うん」
剣と呼ばれたそのハンターは、14年前に殉職している。
──3歳の時か……じゃあ、記憶もあんまりなかったりすんのかな。
オムラが心中、哀れんだ時。
「剣はどんな男だったんだ?」
2人のすぐ後ろのベンチから、声が聞こえた。
「えっ」
聞こえたのは、ウィリスの声だ。
ケリンが驚いて振り向くと、彼の真剣な面持ちがそこにあった。
「ちょっ、イーリオちゃん、バレちゃうじゃない」
「おい汚ぇな、食ってるもん飲み込んでからしゃべれや」
「うわヴァニラちゃんまで……ってそれ俺の弁当じゃん!つーか12班みんないる?!いつから?!」
彼らは、2人の会話を一部始終聞いていた。
「すごい……全然気づかなかった」
「もうちょっとびっくりした方が人間味出るよ、ビィシャさん」
2人が驚き感心するのを意に介さず、ウィリスが再度ビィシャに問う。
「なぁ、剣はどんな男だったんだ?」
「おまえさ、デリカシーって無いわけ?だいたい3歳の頃のことなんて憶えてるわけねぇって。俺たち世代は、噂でしか聞いたことが……」
「いや、9歳だったはずだ。そうだよな?」
ウィリスは至極当然といった口調でビシアに問うたが、ケリンの眉間には疑念という名のシワが刻まれるばかりだ。
「何言ってんだ?自分の歳わかんなくなっちまったのか?」
「イーリオ君、正解です」
「は?」
「オムラ君。言ってなかったけど私、今23歳です──父さんは優しい人だった。父さんとの約束を果たすために、私はハンターを目指してます」
ウィリスは腕組みし、彼女の言葉に首肯。
「そうか──なら、俺もやさしくなろう」
ウィリスに怪訝な、あるいは憮然とした視線が集まる。
「──ともあれ、ビィシャさんの考えは大切にしていきたいと思ったよ」
Aクラス、カイリ・スマトラが歩み出て、班員に目配せする。
「そうかもね。『若博は老兵を頼れ』なんて言葉もあるし」
と、Fクラス、ヒーラーのメィリ・リースール。
若い博兵の経験を伴わない知識よりも、年老いた戦闘員の経験則の方が有益であるという意味の俗諺──ニアリーイコール、「亀の甲より年の功」だ。
「……私もさ、オムラ君とタイミング合わせられなかったし。っていうか、ビィシャさん断然若博だし!」
と、Dクラス、遠距離支援のマイ・シオル。
「シオルさん、それ片手落ち……年齢の方フォローしようとしすぎだから──僕も、何も出来なかったな……剣の血を継ぐビィシャさんと同じ班になれたんだ。もっと頑張らないと……!」
Cクラス、遠距離主力のトルール・シーマの目に、ひとしおの熱がこもる。
「うん。シーマ君の言う通りだ!来週は見学直前、2度目の合同実技演習がある……みんな、リベンジだ!」
カイリの言葉に、ケリン、マイ、ビシア、トルールが、まばらに「おー!」と賛同。
残り2人は沈黙。しかし、胸中ではリベンジに燃えていた。
「あんたら、ホントに頑張りなさいよ。次の結果次第では、荷物持ちしかできなくなっちゃうんだから」
ヴァニラの言葉に、声を上げた5人はたちまち押し黙り、メィリはふんと鼻を鳴らす。
「は?……聞いてねぇぞオカマ。どういうことだ?!」
聞いていなかったのは、彼だけだ。
「Aクラスのマチェス先生から、説明があったわよ」
今回と次回の実技演習の得点の合計がいちばん少なかった班は、荷物持ち──第12班の行く末を案じつつ、彼──否、彼女は、憮然とケリンの弁当を頬張るのだった。