実地見学編 2話
ケントーニハンター学院5年生、および担当教員一同は、演習場に向かう。
演習場には、モンスターの入っている檻がある。
このモンスターはハンターが捕獲したもので、ハンターズギルドを経由して、教材として学院に寄贈される。
「今からお前たちが相手取るのは、さっきも言った通り焼石犀だ。注意事項は頭に入っているな?」
演習場を目前に、Aクラスの担任教師が生徒全体に呼びかける。
「注意事項?……関係無いね!」
「あんた、話聞いてなかっただけでしょ」
息巻くウィリス・イーリオの言葉に、彼──否、彼女、ヴァニラ・キラーリアは怪訝な視線を送る。
「焼石犀は、火属性の中型モンスター。水を浴びせられると獰猛になって、攻撃性が増す」
話を聞いていなかったウィリスに改めて"注意事項"を説明するのは、Gクラスの秀才、ビシア・ビィシャ。
自分とは正反対の落ち着き払った態度に、ウィリスは目をぱちくりさせ、黙り込んでしまった。
「どうしたの、イーリオ君?」
「あ、いや……おいオカマ、この人誰?」
「誰って、自分のチームメイトじゃない」
「ああ、ごめんなさい。初対面だもんね」
「あ……おう」
なんとなくいたたまれなくなって、ウィリスはまた、黙り込む。
「イーリオちゃん、年上の女性に慣れてないのね」
ウィリスは、ヴァニラの言葉の真意を理解できない。
「私、Hクラスからの編入なの」
「ふーん……だから?」
「まだ分からない?Hクラスは、18歳以上のハンター志願者のクラス。だからビィシャちゃんは、イーリオちゃんより年上なのよ」
ヴァニラの説明を聞いてから数秒をおいて、ウィリスの表情に得心の二文字が浮かびあがる。
「何歳?」
ウィリスの愚問に、拳骨一閃。
「痛ぇ!」
「あんたには常識ってもんが無いの?」
ヴァニラが言うところの常識とはつまり、そういうことだ。
しかし……
「23歳です」
ビシアは先刻の拳骨一閃を意に介さず、端然と答えたのだった。
「……ビィシャちゃんも常識にとらわれるタイプじゃないみたいね」
◇
一行が演習場に到着。
演習場は全部で10面あり、1面につき4班が実技演習を行う。
つまり、モンスター1頭を4班で相手取るということだ。
「Aクラスの、カイリ・スマトラです。第12班、チームワークを大切に、協力してモンスターを倒しましょう!」
Aクラスは、中距離主力特化クラス。プロハンターであれば、パーティの中核を担う立ち位置だ。
カイリの毅然かつ敢然とした態度は、まさにリーダーシップという言葉の体現。
彼の求心力があれば、班員の団結は必至──のはずだった。
彼の言葉に「おー!」と応じたのは、Dクラスのマイ・シオル。ワンテンポ遅れて「おぃー!」と、Bクラスのお調子者、ケリン・オムラ。
さらに遅れて、ビシアが細々とした声で応じるも、Fクラス、メィリ・リースールは無言。
Cクラス、トルール・シーマは申し訳なさそうに、自分の肩の辺りまで拳を上げるのみ。
ウィリスにいたっては、鼻で嘲笑という始末だ。
「……うん。いまさっき班を組んだばかりだもんな!チームワークは育むものさ!──お、みんな、そろそろ来るみたいだ!備えて!」
スマトラの言葉を聞いてか聞かずか、第12班全員、戦闘態勢に入る。
一同の眼前に、檻から解き放たれたモンスター──焼石犀。
体内の炎に熱され、紅くなっている巌の肌。
頭部に伸びる、太く長い一本の角。
体は家畜の牛よりも、ひと回りほど大きい。
第9班、第11班が相手をしているうちに、第10班、そして第12版は作戦を立てなければならない。
プロハンターであれば、作戦を立てるのはパーティのブレイン──博兵の役目。
つまり第12班においてその役目を担うのは、ビシアだ。
「博兵、指示を!」
カイリが要求。
それを受けて、ビシアが指示。
「焼石犀には、火属性の弱点である水魔法が通用しない……ですが、毒魔法と合わせれば水魔法が有効になる、ので──」
ビシアはカイリに視線を送る。
「まずはスマトラ君、他班との連携を図ってください」
「了解」
カイリと9、10、11班の代表者がハンドシグナルを送り合う。
「9、11班は足止めを中止。モンスターこっちに誘導するって」
「10、12班は地魔法で拘束ですよね?」
「いいねビィシャさん、切れ者だ!」
「スマトラ君、お願いします!」
「オーライ!!」
カイリが地属性の魔石を構え、詠唱開始。
──「魔法は神の賜物。大地は命の礎。偉大なる力を以て、我、汝を拘束す」
カイリが詠唱する間、ビシアは次の指示を行う。
「中距離主力は水魔法、遠距離支援は毒魔法。それぞれ機を見計らって詠唱を開始してください」
同時にカイリの詠唱が終了。すると焼石犀の足元が柔らかな砂地となり、四肢をゆるやかに絡めとる。
それを目視して、ケリン・オムラが即時、魔石を構え、詠唱を開始。
──「魔法は神の賜物。あまねく水は命の継ぎ目。偉大なる力を以て、我、汝を雪ぐ」
一方、マイ・シオルは焼石犀が拘束されてからもう一段階、四肢が砂により深く飲み込まれるのを待ってから、毒属性魔石を構え、詠唱を開始した。
ケリンが詠唱を開始してから、その間約1秒。
──「魔法は神の賜物。毒は命の盾。偉大なる力を以て、我、汝に破綻を与う」
第12班のいる演習場を監督するヴァニラは、彼らを見て気づく。
──オムラちゃんの詠唱が早いのは、ちょっとまずいわね。
そして班員の中にも、直感鋭く動こうとするものが1人。
「イーリオ君。近距離戦闘員は待機です」
ビシアがウィリスを制止。博兵の言葉は、実力主義者のウィリスにとっては、無論看過できない指示だ。
「でもよ、せめて電撃混ぜねえと、水だけが先行して当たっちまう!それに、どう見ても勢い強すぎだ。絞りすぎてる」
ウィリスの直感は当たった。
水魔法が先行して焼石犀の右の肋に命中。その勢いで右前脚が砂から抜けて完全に露出。
激昂、咆哮。
右前脚の剛力で体制を整え、高速で、崩れる砂の上を滑るように、自分たち目掛けて突進してくる。
巌の肌が一層紅くなり、亀裂が走る。
その亀裂から火花が散り、額の一角が陽炎に揺れる。
「まずい──スマトラ君、もういちど足止めを!」
「当然!!魔法は神の賜物──」
「遠距離主力、氷魔法で冷却してください」
「了解!」
トルール・シーマも魔石を構え、詠唱を開始。
「俺は」
「近距離戦闘員、ヒーラーは待機です……我慢してください、イーリオ君」
「──チッ」
もどかしげに舌打ちするウィリスを横目に、メィリ・リースールは憮然とする。
──血の気の多いやつ。こういうやつから先に死んでいくんだ。それが戦場。
悟ったような表情に、シニカルな吐息。
自分には戦場が見えている──彼女にはその自負があった。
「第12班──やっぱり、面白いチームになってるみたいね」
演習場を囲う高い塀の上にある、櫓の中。
静かにほくそ笑みながら、彼──否、彼女はぽつり、呟いたのだった。