第4.5話 その後の勇者
俺は脚を抱えて座っている。白い世界を見続けていると頭の中まで白くなる。何もかもが白くなって忘れられればいいのだが、目の端にある天蓋付きベッドが許してくれない。女神ビッチが俯せの姿で脚をパタパタさせている。周囲の空間には切り取られた世界が浮かび、テレビのチャンネルを変えるようにクルクルと回っては消えた。
「……まだ、旅立てないのか」
何度目かの呟きを口にした。不老なので老いはしないが、ビッチに求められる一発ギャグで死ぬことはある。女神の御業で復活は容易い。理不尽な死を受け入れた訳ではないので暇な時に切れのあるギャグを考えている。
抱えていた脚を離し、後ろに倒れた。勇者の俺がどうして一発ギャグの構想に時間を費やさないといけないのか。隠されたステータス画面の職業欄は『芸人』と上書きされたのだろうか。実に笑えない。
「なんか疲れちゃったなー」
ビッチの物騒な声が聞こえてきた。命懸けの一発ギャグを求められている。嫌な予感ほど、的中する。実に笑えない。
「ねえねえ、勇者。なんか面白いことをしてよ」
俺の視界にビッチが割り込む。見下ろす顔は女神そのもの。黄金の髪は後光に見えないこともない。深い緑の目は理知的で白い肌とよく合っている。それでいて用件は理不尽で悪魔の所業であった。
「なにをしましょうか」
俺は表情を緩めて上体を起こす。表面上は冷静を装う。旅立つ為にビッチは必要な存在だった。
「今回は素晴らしい小道具を用意しました! 張り切ってどうぞ!」
ビッチが手を向けたところに四角い物体が現れた。薄汚れた水色に悪寒が走る。
「……浴槽ですよね? しかも、俺のアパートの……」
「ピンポーン! 大正解なので湯の温度を100℃にしました! 愉快なリアクションに期待大です!」
溌剌とした顔で、さっさと行け、とばかりに両手で急かす。溺死の原因となった浴槽で熱湯に浸からせようとする。まさに悪魔としか言いようがない。
「ちょっとだけですよ」
本音で言えばちょっともあり得ない。湯船に浸かった瞬間、別のところに旅立つような気がしてならない。
――ああ、マジで勘弁してくれ。