第4話 王都
「……おぉ、ここが王都か」
馬車の幌を少し開けて、王都正門の偉容を眺めながらそう呟く。
完全なお上りさんの俺に、
「なんだ、旦那。王都は初めてか?」
御者の男がそう言って笑う。
「……実はな。昔一度、来ようと思ったけど断念して、それっきりだ。だから凄くてなぁ」
キリエに誘われたことがあるのだ。
王都を拠点にして、一緒に冒険者をやろうと。
パーティーを組んで、世界を踏破して、世界一有名な冒険者になろうと。
俺は断った。
だが、キリエはその夢を叶えた。
彼女は間違いなく、世界で一番有名な冒険者だ。
あのときなんで断ったのかは……分からない。
キリエの邪魔をしたくなかったのかな。
きっとそうだったと思う。
「そうか。まぁ、この国に生まれた奴は、誰もがこの王都に憧れるもんだからな。実際に住んでみるとだんだん慣れて、大したもんじゃないような気もしてくるけど」
「住めば都の悪い方じゃないか」
「はは。もちろんいいところもあるぞ、旦那。飯はうまいし、女は可愛い。あとは……あぁ、冒険者にとってはいい鍛冶屋とか魔法薬屋があるのもいいかな」
「おっ、それはちょっと楽しみだな……最近剣がへたってきてよ。流石に寿命かなって思ってたんだ。金もあるし、新調するかな……」
「おう、そうしろそうしろ。ドワーフの鍛冶屋、紹介しようか?」
「いいのか? じゃあ頼むぜ」
そんな会話をしながら馬車で街中を進んだ。
それからしばらくして馬車は乗降場に止まったので降り、その足で目的地に向かう。
目的地……つまりは、キリエの家だ。
今はアルの住まいでもある。
楽しみだな。
◆◇◆◇◆
「……良く来たわね、レグ」
これは貴族の家か、と言いたくなるほど巨大な屋敷の入り口で、不機嫌そうな表情でそう言って俺を出迎えたのは、かつての同僚であり、友人であり、そして現在のアルの師匠である魔術師キリエだった。
「おう、久しぶり……だな。十年ぶりか?」
「そうね。十年も手紙も寄越さないなんて想像もしてなかったけど」
「そりゃ悪かったって……」
実のところ、キリエからは年に二回ほどは来ていた。
しかし読まずにしまっていた。
嫉妬で読めなかったというのと、いまさら俺が何を言えるのかというのがあって。
でも、アルのことがあって、こうしてまた彼女と会えた。
キリエも口で言っているほど責めているわけではないようで、ふっと笑い、
「まぁいいわ。こうして来てくれたんだもの。歓迎するわよ……あぁ、アルなんだけど、今は依頼に出ているの」
「そうなのか? あいつ、今はどんな依頼まで受けられるように?」
「もう受けられない依頼はないんじゃないかしら。天龍の討伐は流石に私も一緒に行ったけど……その辺の古代竜くらいなら普通に一人で狩ってくるわよ」
気軽なお使い感覚で言われた。
俺には逆立ちしたって不可能な依頼をそんな風に言われるとなんだか乾いた笑いが出てしまう。
「でも、まだまだなのよねぇ。あの子、私の十倍は魔力持ってるくせに、十分の一も使いこなせてないんだから……鍛え甲斐が本当にあるわ。良い子を送ってくれて、ありがとう、レグ」
「いや……俺じゃもう、何も教えてやれなかったからな。キリエが引き受けてくれてこっちこそありがたかったぜ」
「そりゃあね。あんたが条件を呑むって言ったからね……忘れてないわよね?」
「……すごむなよ。しっかり覚えているぜ。酒を一緒に飲む、だな?」
「そうよ! 今日の夜ならアルも帰ってくるから! 三人で飲むわよ~!」
拳を振り上げるキリエに、俺は苦笑しつつも、
「分かった分かった」
そう言って、屋敷の中に入っていく。
それから、アルが来るまでは昔話に花を咲かせた。
十年前の知り合いとは思えないほどに話は弾んで、気分が良かった。
来て良かったと思った。
◆◇◆◇◆
「……それで、先に飲み始めて潰れてしまった、と」
帰宅したアルが呆れた顔で酔い潰れて俺の膝の上で眠っている自らの師匠を見つめた。
「悪いな、師匠を潰して」
「いや……別にいいけどさ。この人のこんな姿珍しくて逆に怖いよ。よっぽど楽しかったんだな……」
「そうだといいが……。俺はB級だし、S級のこいつを楽しませるような面白い話があったかどうか自信がねぇよ」
そう言った俺に、アルがぽかんとし、それから大きく首を傾げて……。
「あ、あんた……えっ。嘘だろ。おい、冗談だと言ってくれ……」
と言いながら頭を抱え出す。
突然のことに驚き、俺は不安になって、
「あ、アル、どうした……!? 何かまずいことでもあったのか!?」
と尋ねると、アルは大きなため息をついて、
「……まずいのはあんたの頭だよ……いや、こんな台詞をおっさんに言うことになるとはとてもじゃないが思わなかった。でも、言わないとならない。なにせ、キリエさんは俺の師匠だからな。師匠が望んでいることを叶えてやらないで、何が弟子だ!」
随分と力の入った声でそんなことを言われて、俺はまごつく。
「お、おう……まぁ、それはそうだろうが……え? なんだ。なんなんだよ、キリエの望んでいることって……」
「まだ分からないのか……キリエさんは……この人は、十年以上前から、おっさん。あんたのことが好きなんだよ。気付かなかったのか?」
俺は愕然とした。