第2話 急成長
「……極炎爆!」
アルフレッドの口からそう呪文が唱えられると同時に、巨大な炎が出現し、そして魔物に向かって飛んでいく。
魔物は、十数メートルにも及ぶ巨人だった。
普通なら、討伐にはB級冒険者が数人は必要な強力な魔物であるが、アルフレッドの魔術は、俺と彼だけでの討伐を可能にするだけの破壊力がある。
実際、魔術が命中した巨人は、その体を黒焦げにしてゆっくりと倒れていった。
森の中に、どしーん、という轟音を立て、木々を倒して突風が吹き込んでくる。
「アル! やったな!」
「あぁ! おっさん!」
俺とアルは巨人が確かに死亡したことを確認すると、ハイタッチして喜び合った。
アルがギースのパーティーから追放されて三ヶ月。
俺はアルに持てる技術の全てを叩き込んだ。
これでも俺はB級冒険者で、剣技も魔術もかなりのレベルにあると自認している。
だからこそ、それを完全に身につけるためには数年かかるだろう、と踏んでいたのだが、アルはそんな俺の予想を軽々と飛び越えてたったの三ヶ月でものにした。
今日、巨人と戦ったのは、そんなアルの卒業試験を兼ねてのものだ。
これを倒せるだけの力を見せてくれたら、もう、俺に教えられることは何もないと、そう思って。
そしてアルはその期待に応えた。
「……これで、お前は俺を越えた。やれやれ、もう少し時間がかかると思ってたのに……お前ってやつはよ」
巨人の体を切り裂いて、魔石や骨を採取しながらそう呟く。
「おっさん……。それはおっさんの教え方が良かったからだろ。少なくともここまで強くなれるなんて、思ってもみなかった。俺って器用貧乏な人間だとずっと思ってたから……」
「前のパーティーじゃ、色々やらされすぎてろくに修行の時間もとれなかったんだろ? そのせいさ」
アルは戦いの他、雑用も全てやっていたらしい。
料理に洗濯、荷物運びに素材売却、費用計算などなど……。
お前はどんだけ万能なのかと尋ねたい。
まぁ、だからこそ三年もやってこれてしまったのだとも言えるが。
普通ならそんなパーティー三日で破綻する。
実際……まぁ、これはいいか。
それより……。
「アル。今日の依頼報告は俺が全部やっておく。だからお前はもう街に戻って、明日の準備をしておけ。しっかり旅の用意はしておいたんだろ?」
「あぁ……おっさんともこれでお別れか。でも信じないわけじゃないけど、本当に大丈夫なのか? 王都のS級とおっさんが知り合いだったなんて……」
アルに教えることがもうなくなりそうだ、と思った一週間ほど前に、俺は王都の知り合いに手紙を書いていた。
そいつはS級冒険者で、俺の友人だ。
昔は俺と同じくらいの腕だったが、徐々に引き離されて、いつの間にか遠くに行ってしまった。
昔はひがんで、連絡も疎遠になってしまっていたが、今回、アルのために久しぶりに連絡を取ってみたのだ。
急な連絡だったにもかかわらず、奴は喜んで返信をくれた。
しかも、アルを弟子入りさせてくれないか、という俺の頼みも快く受け入れてくれた。
その代わりに、条件をつけられたが。
……近いうちに酒を一緒に飲もうと。
どれだけ良い奴なんだよと思った。
だからこそ、アルを任せられる。
「古い友人なんだよ。連絡も久しぶりにとったが……あいつは変わってねぇ。だから心配せずに行ってこい」
「ああ! 何から何まで、本当に……ありがとう。おっさんがいなけりゃ、俺は……」
「そういうのは明日、出発のときにやろうぜ」
「そうだな……じゃあ、戻ってる。また後でな」
「ああ」
◆◇◆◇◆
「……これは、森巨人の魔石じゃないですか! レグさん、無茶をされましたね……」
冒険者組合に素材納入のために受付に提出すると、職員から即座にそう言われた。
まぁ気持ちは分かる。
これはB級が一人で狩れるようなものじゃない。
しかし……。
「別に無茶なんかしてねぇさ。アルと一緒だったからな」
「え? アルって……最近パーティーを組まれたアルフレッドさんですか? でも、彼は確か、まだE級だったはず……」
「おっと、そうだったな。それより、それでいくらになる?」
「ええと……」
そして職員が計算した金貨を道具袋に突っ込むと、俺はそのまま冒険者組合を後にしようとした。
しかし、ふと耳になじり合いの声が聞こえてくる。
「……おい! アルフレッドはどこにいるんだ……!? あいつは俺たちのパーティーメンバーなんだぞ!」
「そうよそうよ!」
どこかで聞いた声だ。
そんな声に対し、職員が、
「いえ、すでに彼は別のパーティーに入っておられますので……個人情報ですからお教えすることは出来ません」
「だが……そうだ、俺は昨日C級になったんだ! だから、それより下の級の奴の個人情報は閲覧する権限があるはずだ!」
「……残念ですが、その権限も使うことは出来かねますので……お引き取りを」
「なっ、ど、どうして……」
それはな。
俺がB級で、アルが入っているパーティーが俺のパーティーだからだ。
そう言いたくなったが、それでは意味がない。
そろそろあいつらが騒ぎ立てるだろうと予想していたが、思ったよりも早かった。
出立を明日の朝早くにして良かったと心から思う。
俺はそのまま冒険者組合を出て、アルのもとに向かった。
今日のところはもう外出しない方がいいと伝えるためだ。
街でばったりギースたちに会ってしまっては問題だからだ。
◆◇◆◇◆
「……じゃあ、アル。元気でな」
次の日の朝、俺たちは馬車乗り場にいた。
「あぁ。おっさんも。きっと手紙を書くよ」
「おう、待ってるぜ。あと……キリエの奴にもよろしく言っておいてくれ」
「分かった。女の人なんだよな? もしかしておっさん……」
「あ?」
「……いや、なんでもない。じゃあ、そろそろ行くよ。あんまり湿っぽいのは苦手だし、そのうちきっと会いに来るからさ」
「そのときは俺の方から行くぜ。おっと、こいつは餞別だ」
俺はそう言って、細長い包み箱を手渡す。
「これは……?」
「剣だよ。今のじゃ、流石に心許ないだろ? ドワーフの鍛冶師に作らせた逸品だ。S級になっても使えるぞ」
「……高かっただろ? いいのか?」
「いいさ。半分はお前と一緒に稼いだ依頼料だ。だが、もう半分は俺のなけなしの貯金だから大切にしろよ?」
「ははっ。分かったよ……大切に、する。じゃあな、おっさん。元気で」
アルはそして手を振り、馬車に乗った。
馬車はすぐに走り出し、そして見えなくなる。
「……これでもう何の心配もいらないな」
元々、俺が手を貸す必要なんてない奴だったのかもしれないと思う。
でも、こういうのが縁って奴だなとも。
俺とキリエの縁も繋いでくれたあいつは、きっとこれからもの凄い冒険者になるだろう。
その日を楽しみにして、俺はこの街でゆっくりB級冒険者として過ごすことにしよう。
そう思った。