第1話 2
いよいよ事件に入っていきます。今回は事前の情報共有と言ったところです。それでは是非お楽しみください。
そろそろ梅雨が始まるころ合いだが、今日は雲一つない快晴だった。
そんな夕焼けを眺める能天気な高校生活を送るはずだったのだが……。
「では、会議を始めるわよ」
今日も今日とて事件の定例会議が始まった。
この会議は担当する事件の情報を共有・整理するために行われており、正確に真実を追い求めるためのアネモネ伝統の方法らしい。
月崎が淡々と開始を宣言し、そのまま主導権を握っていく。
「では、あなた達がちゃんと依頼書を読んでいるか分からないのだし、一度情報を整理するわ」
そう言って月崎が睨みをきかせてくる。
俺に関してはさっき読んでいたところを見ただろうに。
俺は姿勢を整えて月崎の言葉を待った。
「依頼者は中条信也。男性。21歳。依頼内容はストーカーの特定ね」
「うーん。男性がストーカー被害って珍しいよね。それに監視カメラ調べるので一発じゃないの?」
樹人が軽い合図地を兼ねた質問を打つ。すると鈴が響くような声で返事が返ってきた。
「無論、情報部がそのあたりを洗ってくれてはいるけれどどうやら個人を特定するまでは至っていないようね。少なくともこの依頼書を読む限りでは」
そんなことも分からないの……?と言いたげだ。実際に口に出さないのは「他人は信用できないので攻撃的な態度を取り過ぎては何をされるか分からない」という人間不信の結果らしい。基本的に暴言が少ないのはこの性格の数少ない利点だが、本人の気質的な問題で結構攻撃的な物言いが多い気もする。まあ個人の思想について他人が口出しをするべきではないだろう。
しばしの間の後に議論が再開する。
「男性の話ではどうやら数週間前から視線を感じていて、ついに先週の水曜日、犯人を目撃したそうよ」
そんなことも書いてあった気がするな。俺は依頼書に書いてあった文章を思い出しながら訪ねた。
「すぐに逃げたからあまり詳しくは分からないが、マスクにフードにサングラスをかけた人物が足音を響かせながら夕方の薄暗い道を追いかけてくるってやつか」
「そうね。この依頼者にもう少し度胸があれば犯人を追いかけて終わりだったでしょうに」
それで事件が悪い方へ向かったらまずいだろう。仮に追い詰められた犯人が実力行使に出た場合を考えると単に「意気地なし」と罵ることはできない。
ここで唐突に樹人が質問を飛ばしてきた。
「ねえ、この依頼者ってそんなに足が速いの?」
「ああ。昔から陸上部で県大会に出場するレベルだったらしいぞ」
「ふーん。それなら日頃から全力疾走で帰ればいいのにね?」
樹人はニヤニヤと笑ってそんな冗談を飛ばす。
毎日ストーカー対策に家まで全力疾走している人物がいれば、それはそれである種の不審者で間違いない。その時は近所の小学校あたりから別の依頼が届くだけだろう。
それにしてもこの二人、冗談にしても依頼者に対して薄情過ぎないか?
この後の対面が不安になってきた。
「これ以上の情報は本人に聞くしかないな」
俺が適当に話を区切ると、見計らったように月崎が話を次の要点へ移した。
「それはそうと、監視カメラで数度にわたり依頼者の通った後に目撃された、家の方向が異なる、さらに男性と面識があるという人物が三人ほど分かっているわ」
アネモネでは実際に依頼者から話を聞いて犯人を特定する探偵部と監視カメラやインターネットから情報を集める情報部に分かれている。このシステムは警察の科捜研から発想を得たらしいが、今回のように犯人候補が特定できた場合はその人物についてのデータを送ってくるのだ。
ちなみに見学へ行った樹人は「陰キャの集団みたいで凄まじかった」と評していた。それまではあまり興味が無かったのだが、そのコメントを聞いてから一度は見学に行きたいと思っている。
俺が情報部についての関心を思い返している間に、月崎がホワイトボードに三人の容疑者についてまとめてくれた。
一人目は青柳美紀。依頼者と同じ居酒屋でバイトしており、学部が同じために良く授業で話したりする。
二人目は黄瀬優香。依頼者とは幼稚園の頃からの幼馴染で、現在は男性の家の近くにあるコンビニでバイトをしている。
三人目は赤下京子。依頼者のサークルの後輩で家庭教師をしており、男性の家の近所に住む高校生に教えている。
「要するに、全員男性の家の近くでバイトしているのか」
「そのようね。一応男性の家の近くを通る理由になる上に、断言はできないけれど簡単なアリバイにもなっていそうね」
「そういえばこの三人と話す機会はあるのか?」
「ええ。時間は明日の昼になると聞いたわ」
おそらく情報源はドアの向こうで寝ていた(もしかするとまだ寝ているかもしれない)女性だろう。彼女は今日の受付担当だが、容疑者や依頼人などと会う予定は大抵受付が管理している。
俺達の話を聞きながらソファーへやってきた樹人が徐に口を開いた。
「この三人が容疑者候補としてさ、動機はなんだろうね?」
「浮気調査とかか?」
「うーん。この中に彼女がいるならそれもあり得るかな。ただ思い人が悪化してストーカーになったとかあるかも」
「他の可能性としては……」
「不特定の男性の行動を調べるのが趣味とか?」
そんな動機はあまり推理したくないな。というか考え至る結論ではない気がする。
何となく月崎と目が合った。女性側の意見も聞いてみたいところだ。
「別に何でもいいのではないかしら。純粋に窃盗に入る準備かもしれないし、第三者に雇われたり依頼されたりした可能性も否定できないわ。他にもただスリルを求めていただけ、という愉快犯の可能性も。それから……」
「もういいよ。要するにアレだろ?」
「人の生活信条をアレ呼ばわりするのはいかがかと思うのだけれど。そうね、要するに
他人は信用できない
ということよ」
こいつの言いたいことを今の場面に当てはめて意訳するなら「現時点では考えるだけ無駄」だろう。そもそも女性らしい意見を求める相手を間違えた感は否めないか。
俺が反省していると樹人が小声で話しかけてきた。
「ところでさ、大和」
「なんだ?」
「同級生に幼馴染、部活の後輩。もう依頼人のラノベ主人公感が滲み出てるんだけど……」
……確かに。
「ね、そうでしょ?」
俺の無言を納得と理解したのか、樹人が嬉しそうに頷いている。
頼むからくだらない恋愛脳の話はやめてくれよ。
勝手な思い込み(と思いたい)で何となく疲労が押しかけてきた。
ソファーにもたれ掛かるとため息漏れる。
すると、ちょうどそれに合わせるタイミングでインターホンが鳴った。これは受付からのコール音だ。
月崎が樹人に視線を向けた。樹人も自然に入口横のインターホンへ向かう。
何か話した後、樹人が要件を伝えた。
「依頼者が来たってさ。予定より早いけど……」
「特にこれ以上話すこともないでしょう。依頼者の時間の都合もあるでしょうし、行きましょうか」
こちらも異論はない。
ゆっくりと腰を上げると先行く月崎と少し距離を取って歩いた。樹人は社員証と暗証番号で鍵を閉めたので俺の後ろに来る。
何というか廊下に二人並ぶスペースがギリギリとは言えこの従えられてる感は大名行列を彷彿させるだろうな。
そんなくだらないことを考えていると、後ろを歩き始めた樹人が訊いてきた。
「ねえ、大和。このまま行くの?」
何か問題があっただろうか?
月崎の視線がこちらに向く。彼女の言葉でようやく樹人の真意が分かった。
「着替えてきなさい。待っていてあげるから」
そう言う彼女の手には既に文庫本が握られていた。
俺と樹人は学校から直接こっちへ来た。つまり、俺達の服装は……。
彼女の場合は単に本を読みたいだけではないだろうか……と思いはするが極力急ごう。
「分かった。一分ほど時間をくれ」
アネモネでは学生の身分は学校の友人を含めて機密ということになっている。この制度は依頼者に対する信頼の獲得、と言うよりは俺達の安全確保の意味合いが強い。過去に逆恨みで襲われた探偵がいたことが大きいようだ。
なお、服装は会社の制服がある他、月崎の様に私服でも可である。
俺と樹人は更衣室へ入ると、お嬢様、と言うよりは将軍様を待たせないよう素早く支給されたスーツ調の制服に着替えた。
いかがでしたでしょうか?実は今回の文章を書くにあたって最も悩んだのが服装だったりします。学校の制服で探偵するのも悪くないと思ったのですが、冷静に考えて学校の制服でバイトをするのはいかがなものかと思い今回の内容になった次第です。次回からは次第に話が加速していきます。今後も是非お読みください。