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 医者から活動を開始して良いとの許可を頂いて外に出たら毛並みの良い馬がいた。わぁ、お目めがカワイイ。


「あの、グレンさん。此方は?」

「はい! 俺の愛馬のディメストリーネで御座いますよ、因みにメスです!」

「はぁ……」

「馬小屋に移動しましょうか、レギュラス様!」


 その日は乗馬の稽古だった。


「正面からそっと近づいて、お声をかけて下さい」

「どう、どう、どう」

「中々うまいじゃないですか! 馬はお嫌いだと聞いていましたが、素晴らしい!!」


 そうか、レギュラスは馬が嫌いだったのか。シュベルツはまた何かを失敗した気がすると、馬に近づいた。


 シュベルツは馬に慣れていた。なんせ何もない村。どんな仕事でもこなす勢いで馬の世話だってしたこともある。勿論牛や豚、鶏に羊だって世話をした。犬の散歩もお手の物。ヘビの扱いにも慣れている。


 幼い頃は親に隠れて子狼だって飼育したものだ。


「あの、どうして突然乗馬なんて?」


 シュベルツは早速馬に跨りながら訊ねる。


「もともとアッヘンヴェルバッハ公爵が用意した、強制性格更生学習計画の中に組み込まれている項目ですので」

「え、性格、更生?」

「……あ、これ言っちゃって良かったんでしたっけ?」


 でしたっけ? って、俺に訊ねられても回答のしようがないって。


 強制性格更生学習計画ってそもそもなに、名前からしてなんか怖い。え、こっわ。


「公爵が、レギュラス様の性格を正そうと自ら発案した計画ですよ。まぁ、今のレギュラス様ならもう必要ないと思いますが、念のため一年間は継続とのお達しでして」

「一年間」

「この領地で俺とケルヴィンの奴で、どんな手段を用いてでもレギュラス様の性根を一から叩き直せって言われましたね」

「……はぁ」


 なんだろ、聞いちゃいけない話を聞いた気がした。


「最悪、武力を用いてでも更生してみせろと」


 グレンさんは常に帯刀している。両刃じゃなく片刃の種類の奴。前に一度だけ見せて貰った事がある。


 その刀身は今現在鞘に収まっている筈なのに、なんだか背筋がゾッとした。


 あーあー、きーこーえーなーいー。それ絶対聞いちゃいけない話だった。聞かなかったことにしよう。


 はい、忘れた。忘れましたー。


 もう憶えていません。


 だってグレンさん、受け身の練習とか言い始めて100㌔以上あったこの体を簡単に投げ飛ばして、俺の事を気絶させた名人だぞ。これ以外にもいくつ余罪があると思っているんだこの人は。


 人の事を何回気絶させれば気が済むんだ。 


 武力を用いてでも構わないって、本当に怖い。


 容赦もない。容赦なんて初めからそんなものはなかった。


 その日の乗馬は、突然のグレンさんの閃きで、「では馬が暴れた時の対処法行きますよ!」なーんて、馬から盛大に振り落とされた。


 生きた心地がしないし。講師を変えて欲しい。


 後日。必死に机にかじりつき問題を解いていると、声が降って来た。


「おい、レギュラス。グレンの奴が喋ったそうだな」

「な、なんのことで?」


 一瞬なんのことだか分からなかったが、ふと思い出す。あ、例の学習計画か。


「ふん。知ったからにはもう容赦はしないぞ」


 ケルヴィンさんは鼻を鳴らし良い笑顔で、癖っ毛な紫色の髪を揺らした。


 翌日から学習内容に経済学まで入れられた。いままで容赦されていたのか。今の状況から見るに容赦されていたのだろう。


 ケルヴィンさんはとても物知りだ。質問すれば文句の一つ後にきちんと教えてくれる。その文句は要らないなと思いながら、至極わかりやすい説明に納得した。


 ***


 この日、体重計に乗ったその瞬間。俺はガッツポーズをした。

 遂にこの日が来た。


「ギリギリ100㌔以下まで、落ちてる……ッ!!」


 なんていい日だろうか、晴れ晴れとした気持ちで外を見たら大吹雪だった。


 今年は例年稀に見る寒さ。雪の降る時期も早かった。今日一日は休暇を与えられ、一日好きなことをやっていてよいと言われシュベルツはロッキングチェアに腰かけ、編み物に没頭した。


 今年の冬は冷えるから冬支度をしなくては。けれどマフラーや靴下を編んだところで、屋敷の使用人が既に冬支度を用意してしまっているため殆ど部屋の中でしか使えない。


 休暇を与えられても運動も勉強もやってはいけないと念を押され、貴族の子供には大した仕事もなく手芸に励むしか道はなかった。


 そうだ、雪にちなんで雪兎の編みぐるみをつくろう。


 昔は雪が降ると兄弟たちと雪遊びをしていた。雪だるまを作ったり、雪合戦をしたり。


 雪の降る日に偶然、父親が帰って来た時は母と妹たちに雪兎を作っていた。その雪兎が妙に可愛らしく、人は見た目ではないのだと思ったものだ。


 本当にあの父親は態度や顔、体格にそぐわない手先の器用な人だった。


 今はもう蒸発していないけど。


 こんな寒さだ、遠く離れた村の家族はどうしているだろうか。


 シュベルツは気がつくと、家族の分のセーターを編んでいた。なんせ材料は山のように存在している、つくる手は一向に止まりそうにない。


 雪が降る中、外に出られないため乗馬やランニングも出来ない。室内で出来る運動と、作法と、勉強と時間は流れていく。


 吹雪がおさまった頃、もう直ぐ降誕祭の時期。執事ヴィルマンは笑顔で本日からの予定を教えてくれた。


「では、お坊ちゃま。降誕祭の為、王都に出向きましょうか」

「へ?」


 シュベルツは編んでいたレースの手を止めて顔を上げる。


「どこに行くって?」

「王都で御座いますよ」

「え、なんで? こんな雪の中を? ご冗談を」

「降誕祭ですからね」

「いえ、そうじゃなくて、屋敷から出ちゃいけないんじゃあ……」

「はい。ですから旦那様より特別な許可が下りました」

「許可って?」

「今日に至るまでのレギュラスお坊ちゃまの努力に、旦那様は降誕祭から年が明けての七日間まで。合計で十六日間を王都のお屋敷で過ごす様にと」

「へ、降誕祭ってもう直ぐじゃ」

「はい、御支度の準備は滞りなく、馬車の手配も済んでいます。明後日には領地を出ますので」

「え、はやい、はやくない? 御支度とかじゃなくて、俺の心の準備が出来てないんですけど」

「グレンとケルヴィンは勿論、数名の使用人も同行させます故、このお屋敷での暮らしとそうお変わりない日々が過ごせるかと」

「待って、まって、本当に待って!?」

「既に決定事項ですので」


 その宣言通り、シュベルツは屋敷から送り出された。


 この気分はまるで出荷される牛の気持ち。あれよあれよと送り出されたというより、追い出されたに近い。


「グレン、レギュラスに食べ物を喰わせるなよ」

「勿論」


 目の前にはあの日のようにグレンさんとケルヴィンさんが座っている。


 どうしてこうなったのだろうか。


「なんで俺は、王都に?」

「まぁ、公爵からの御命令ですので」


 グレンさんはケロリとして本当の事を話さない。


 王都の屋敷ではグレンさんではなく、ケルヴィンさんが俺のお目付け役として一緒に行動するから、前回のような勝手な行動――勝手に屋敷の中を徘徊すること――は慎むようにとケルヴィンさんから鋭い眼光を向けられた。


 馬車の中、やることもなく手持ち無沙汰。シュベルツは持ち込んだかぎ針でレースを編み始めた。


「レギュラス様、今度は何を作っていらっしゃるんですか?」

「編みぐるみ用の服です」

「あ、もしかしてこのうさぎのですか!?」


 グレンは籠の中から編みぐるみのうさぎを取り出す。掴み方が豪快だ。


「これ可愛いですね! でもよくそんな太い手でこんな細かい作業ができるのか、不思議で不思議で」


 言われなくても分かっているさ。自分でも不思議なんだから。ブクブクとした手でこんな細々とした作業が出来るのか、実際できてしまっているのだから仕方がない。


 グレンさんは悪気なく言うから悪質で、となりのケルヴィンさんはグレンさんの言葉に鼻を鳴らしながら笑うから余計にむしゃくしゃして……。


「返して下さいっ!」


 シュベルツはグレンの手から人形をふんだくり籠の中に戻す。

 そして再び、作業を再開させた。


 時間は過ぎ、どこか見覚えのある屋敷に到着した。


 見覚えのある噴水。当時は広場だと思っていたそこは、屋敷の庭。


 此処こそが王都の貴族街の一等地に建つアッヘンヴェルバッハの屋敷。


 シュベルツはこれから会うであろうレギュラスの家族にどう接すればいいのかと、悶々と頭を悩ませ、緊張し、なんとも顔色を悪くさせていた。


「おい、レギュラス顔色が悪いぞ。どうした。食い過ぎたか?」

「違いますよ。なんかご家族に会うんだと思ったら緊張しちゃって」


 逆に食べ物が喉を通らなかった。


 怖い人じゃないといいなぁ。過去、出会い頭にロードンさんには思い切り殴られたし。


 シュベルツのそんな思いも知らずに、ケルヴィンは眉間に皺を寄せる。


「どれだけ今を正そうとも、起きた過去を変えられるものか。腹を括れ、自身の行いと向き合うんだな」

「あ、はい」


 シュベルツは屋敷に足を踏み入れた。


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