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 今日も今日とて新たな一日が始まる。


 シュベルツの日常に新たな勉強の時間が設けられ、執事によってきちんとしたスケジュールが組み立てられた。


「レギュラスお坊ちゃま。本日のご予定です」


 以前までは、本日は如何なさいますかと訊ねられていたが、今日からは違う。


 この生活にも随分に慣れてきたものとも思ったが、そんな事もなくこれからが本番だった。


「それと、旦那様から屋敷の敷地内であれば自由にしてよいとも」

「へー……え!? 今なんて言いましたか!?」

「旦那様がこの三か月間、レギュラスお坊ちゃまのご報告にお目を通され、そうご決断されました」

「そ、それってこの部屋から出てもいいってことで?」

「さようですとも。朝食ですが部屋に運びますか、それとも……」


 その質問に対して直ぐさま食堂を希望した。


 それにしても、まさかレギュラスの生活態度を逐一報告していたとは驚きだった。


 随分親しくなったと思う執事だったが、実はそんな事もなく隠し事の方が多いらしい。


(うわー、初めて部屋の外に出るのかー!!)


 シュベルツは見慣れたその部屋からようやっと踏み出す。そこにはやっぱり豪勢な調度品が置かれ、広さは抜群。執事に案内されながら忙しなく首を動かして、辺りを見渡す。


 王都に居た時のあの屋敷も相当なものだが、この屋敷も中々な物で、開いた口が塞がらない。多分ここが城だと言われてしまえば素直に信じてしまえるレベル。


「どうぞ席についてお待ちください」


 案内された食堂にシュベルツは素直に戸惑った。


 貴族の屋敷では長い机で食事をとるとは聞いてはいたが、これは本当に長い。いったい何人が座れるのやら。


「ど、どこに座れば、宜しいですかね?」

「では、こちらへ」


 促された席について食事を待っていると、複数存在する扉のうちの一つから見覚えのある人物が入って来た。


「レギュラス様お久し振りです。グレンです!」

「グレ……ああ! 馬車に乗って、俺に無理矢理ご飯を食わそうとしたっ」

「その実はどうも」


 そう、この男が無理矢理食事をさせようと口の中にあれやこれやと突っ込んで来たんだ。その結果盛大に吐き散かした。よく覚えてはいないが、なんとも忌まわしき記憶。


 元凶も元凶。真犯人。


「それでは、アッヘンヴェルバッハ公爵様の命により、本日からレギュラス様に作法を教えさせていただくことになりました。グレン・ヴェスマです」

「作法……?」


 作法とは一体。


「ええ、そうですとも。作法ですよ。礼儀作法を一通り叩き込めとのお申しつけですので。では、早速」


 唐突に始まった食事の作法。人生で一番長い食事時間だったと言えるような、まさに地獄。


 食べる前、食べている最中、一つ一つの動作に待ったがかかり、なんとも長い時間拘束された。


 フォーク、ナイフ、スプーン。


 いつもは好き勝手に使っていたが、外側から使う様にと言われ。食べる姿勢でさえ指摘がはいる。腕と指がつって仕方がない。なんか足までつってきた気がする。


「いやぁ、思ったほど出来ていませんね。ですが教えたことはちゃんとこなし、次からは気を付けている。学習能力があって何よりですよ」


 小馬鹿にされた言い方。けれど怒るほどの体力を食事中にごっそりと持っていかれた。


 もうこのグレンさんの顔は見たくない。もうむり、人の良い顔して物凄いグイグイくる。また吐いちゃいそう。


「では、次は歩き方のレッスンですので部屋を移動しましょうか」

「へっ?」

「申したじゃありませんか、礼儀作法を叩き込むと。本日はレギュラス様の常識の確認、翌日からは日毎に一つ一つ教えさせて頂きます。勿論レギュラス様のこれからの体重の減量についてもこの俺が指揮を執らせて頂きます上、ご了承くださいませ」


 ヒュッと心臓を掴まれた気がした。


 食事も一日三食に戻し、その都度テーブルマナーを教え込みます。


 いやもう、見たくもないと思っていた顔が四六時中付き纏うという宣言。シュベルツは、こんな人柄の人は苦手だと叫び声をあげたかった。


 助けを求めて使用人を見るも誰もこっちを見ていない。誰も助けてなどくれない。


 自室から出られるようになっても、シュベルツに自由はなかった。


 食事の後に部屋を移動し、早速指導が入る。


「この線からはみ出さずに歩いて下さい、顎を引いて! 引き過ぎない! 下を見ない! 線からはみ出てる!! 足だけじゃない、頭の先、指の先まで意識をして……そこ、視線をずらすな! 背筋が曲がっている、もっと胸を張って堂々と」


 横からかかる指摘の数々。シュベルツはその声にビクビクしながら実行する。


 ただ歩くだけじゃダメなのか? 駄目なのか。どこが悪いのか自分では一切分からない。もう分からないことだらけだ。


「お腹とお尻に力を入れる。忘れずに、もっと筋肉を付けること!! なんだこの弛んだ腹は!!」


 新たな一日の午前中だけで神経が鬼のようにすり減る。


 弛んだ腹なのは知っていますとも、分かっています。も、もう無理、汗だくだ。デブを舐めないでくれ、このぐらいの運動で直ぐに使い物にならなくなるんだ。この体になって初めて知ったことだけど。


「み、水を下さいっ」

「はい、どうぞ。十分の休憩です。次は挨拶についてですので、一緒に頑張りましょう!」


 もうイヤダ。グレンさんちょーこわい。もうこれ絶対ストレスで痩せていいと思う。


 昼食の後は少しの休憩の後、外に出て運動することを許可された。


「実は使用人から数々の声が上がりまして、これ以上屋敷内でレギュラスお坊ちゃまが暴れ……ごほん、運動されるといつ床が抜けるかわからないと」


 執事のそんな言葉は右から左に流し、三か月ぶりの外。もう何もかも新しく感じる。


 綺麗に整った庭。広すぎる。そう、凄く広い。ベランダではなくちゃんと外に出ると空気が、風が違う。新鮮な気分になれる一方、隣りに立つ男にげんなりした。


「では始めましょうかレギュラス様! この三か月間の貴方の運動量は把握しているので、新たなトレーニングメニューを作らせて頂きました!」

「グレンさん、本当に一緒にやるんですか?」

「ええ勿論。それと、俺のことはグレンとお呼び下さい!」

「は、はぁ」


 準備運動、柔軟体操、腹筋背筋、スクワット。そうだ、限界を超えるんだ。一ヵ月十㌔やせるなんて言わず、もっと早くこの脂肪を落とす、落とす。


 痩せるんだ。


 痩せた成果はきちんと出てる。


 部屋から出れて、外にも出れたんだ。もっともっと痩せていつか自由の身になってやる。


 そして、家族に会いに行くんだ。


 その想いで走り続けたある日、操り人形の糸が切れたようにブッ倒れた。自分でも驚くほど体が動かずに驚いた。


 改善された食事内容、勉強も運動も、作法だってどれも順調に続いていた。頑張って来た、どれも基準値に達する様に。


 なのに突如としてベッドの住人とかした。


 医者曰く、オーバーワークだと宣言される。


 食事もまともに摂っていなかったのも原因だと言われた。人が見ている前では食べても隙を見つけては吐いてを繰り返し、無理な減量がたたったのだ。


「レギュラス様。俺が考案した運動メニュー以外にも、独自でメニュー加えましたね?」

「勉強もだ。夜遅くまで何をしているんだお前は。言われた事だけこなしていればいいものを」


 何故か二人の教師に怒られた。そこ普通は心配するとこじゃないのかなぁ。自業自得なんだけどさ。


「容体が落ち着くまで、運動も勉強もお控えくださいな」


 執事は深々と頭を下げてそう言ってくれる。優しい言葉をかけてくれるのはこの執事さんぐらいだ。


 今は大人しく言われた通りに眠ろう。本当は馳せる気持ちがある。寝ている間に鍛えた筋肉はどうなるのか、覚えた数式や文法、歴史を忘れてしまうんじゃないかと恐ろしくて恐ろしくて。


 枕の下に隠していた勉強道具はケルヴィンさんに没収されていた。


 この生活にずっぷりと染まっていく。それも恐いんだと、シュベルツは布団の中で蹲る。


 今日の倒れるこの日まで我武者羅に走り続けていた。


 多くの事を教えられ、自分が自分じゃなくなっていく感覚。


「俺は……誰なんだろう」


 レギュラス、レギュラス様、レギュラスお坊ちゃま。アッヘンヴェルバッハ公爵令息。


 いいや違う、お前はレギュラスなんかじゃない。


 本当のお前は何者だ。忘れるな、忘れてたまるか。忘れたくない。


 俺は、辺鄙な村の平民だ。家族の為、出稼ぎに出た貧しい青年。


 お前は貴族でも十五歳の少年でも、なんでもない。お前は、お前の名は――。


「シュベルツ・ロットー」


 シュベルツは自分の名前をそっと呟く。今日は、シュベルツの二十二の誕生日だった



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