行商エルフ(仮題)８
今回、ようやく露店で商売する様子を書きました。
もちろん、何も起きない様子を書いても面白くないので、トラブルがやって来ます。
「ようこそ商業ギルドへ」
「『行商宰相』様、本日はどんなご用でしょうか？」
「仕事の挨拶と……預けたい物ですね？伺います」
「壊滅させた盗賊のアジトから拾ってきた、装飾品類ですね？」
「……ええ。問題ありません『対行商神』……ではなく『対行商宰相』様マニュアルに、魔法が付与された装飾品は卸さず。
預かった物はハンターギルドと総合生産ギルドとも連携をとり、出来るだけ多くの持ち主に返して受け取ったお気持ちの７割を行商宰相様へ、と」
「そして……ワイバーン丸々２体。上空にいた、恐らく番に気付いて墜とした」
「マニュアルにはもっと大物を持ってきた事もあると記されておりますが、今回は控えめですか？」
「はははは、残念です。ではこの後に倉庫までの案内を付けますので、そちらと値段交渉をお願いします」
「そうそう、ここの街から２日の街にいる領主様は、いい話を聞かない方ですのでお気をつけ下さいね？」
「…………はい、以上ですね。ではどうぞ、この街で良い御商売を」
もっと凄いのと言われましても……単独の狩猟で一番の大物は、本能しか無い下級竜が精々ですって。
それより上の会話も出来る、知性のある竜・龍種の方々とは良い商売相手ですからね、狩るなんてしませんよ。
……まあ剥がれた鱗なり爪なりを、物々交換で頂く事はよくしますが。
ゴホン。現在は街と呼べるようになったかも？位の町にお邪魔しています。
特に理由は無いですね。気まぐれで寄ってみましょうか？となっただけなので。
ここは普通の人間種が主に集まっている町ですね。
……おっとボクちゃん、私はエルフと言う種族ですよ？耳が長くておおきなおっぱいだけど、人型の魔物じゃないからね？そんな変なものの見方をしてると、いつか好きになった子に嫌われちゃうぞ～？
お母さん？お子さんの教育を偏らせると、将来残念な子になるかもしれませんよぉ。偏見に満ちた教えは駄目ですからねぇ？
おやおやお母さん、いかがしましたぁ？なんでいきなり、へたりこんだのでしょうかぁ？私はずっと笑顔で、怖がらせるような事はしていないはずですがぁ？
目が笑ってない？はははは、ご冗談を。貴女をどうしてやろうかと、心から凄絶に嗤っていますよぉ？ウフフフフフフ。……あ、逃げた。
どうも失礼しました。
特定種族が多い地域では、どこでも似たような偏見が根強いですからねぇ。違うから面白いのに。
前世みたいな人間種ばかりの地球なんかより、こう沢山の種族が存在する世界の方が面白いと、私は思うんですよ。
これから大通りで露店を始めます。
客寄せに【無限収納】から出していても劣化しない、見た目が目立つ商品を並べています。
一通り店を回って現在の物価も把握しましたし、そうそう変な値段を付けないでしょう。
……まあ、扱う品はこの辺では入手がほぼ困難な品ばかりですので、高級品扱いになるから高値なのはほぼ確定していますが。
ついでに、悪意等の良くない感情を見せる者には、痛い目にも遭ってもらいますが。
いらっしゃいませー、何をお探しですか？
面白そうなお薬ですか？
でしたら本当に効果があるか不明ですが、遠い地に伝わる惚れ薬の妙薬とされるイモリの黒焼きなどいかがですか？
すりつぶして粉にして、意中の方へ振り掛けると……と言う物です。
はい、ありがとうございましたー。
次のお客様は？
珍しい食べ物ですか？
この辺りより気温の高い地域の、果物はいかがですか？
汗を沢山かく方でしたら、これを加工した飲み物がおすすめですよー。
……覚えました？入れる塩の量がキモですからね？
ありがとうございましたー。
はいはい。お客様は惚れ薬より、もっと直接的な商品をお求めですか？
ヒトの胸ばかり見るド助平さんだから、お求めの品も助平なんですね(笑顔&威圧)
では……妖しい気分になるかもしれない、照明の魔道具などいかがですか？
起動させると、暗めで不思議な色合いの、様々な色をした光が回転しながら光る物です。
その魔道具だけを部屋の明かりとして、お相手に耳元で甘い言葉を囁いてあげれば、お相手はそれだけで腰砕けになるかも知れませんよ？
はーい、お買い上げありがとうございましたー。
おや、ハンターさんがこんな店にどうしました？
……ははぁ、魔物の狩りで奥さんを心配させ過ぎて、夫婦生活の危機！とかですね？
なんで分かるか？貴方みたいな方はよく居るんですよ。
それなら安価に買える、コレとか良いかもですね？
親指より小さい楕円形のオモチャ。
穴に入れて抜けなくなるのを防ぐため、あえて有線、あえて動作物と操作物を分けてあります。
魔力を通すと、その量で振動する強さが変わる、特殊な魔道具です。
今ならその魔道具をはめ込むと、肩こりに効くマッサージ器になる拡張キット付きですよ！
どうやって遊ぶかは説明書を添付しますから、そちらにて。
ありがとうございましたー、ご夫婦仲良くねー。
次……は随分お顔がすぐれませんね？
昨日の祭で食中り？ぽんぽんぺいんですか？それで何を食べたのですか？
いっぱい？それじゃあ分かりませんて。
え？え？え？皆さんもぽんぽんぺいん？
あの方もこの方も、それとあちらの方々もぽんぽんぺいん？
……らちが明きませんので、スキルで視ても？
ステータス異常が確認できる欄だけ【詳細解析】
皆さん、魚の寄生虫ですね。
その魚はどうしたのですか？
あー、いえいえ。馬車で半日の所の漁村から仕入れたのは分かってますって。
どういう食べ方をしたのか、ですよ。
……生。
生ぁ！？
回復魔法を使う者への研修で、常識として教えるはずの対生食知識はどうしたんですか！？
なんで教えたか？回復魔法で、効果が期待できない種類だからですよ！
ぽんぽんぺいんし続ける虫がお腹に居るんですよ！？回復させたそばから、虫がぽんぽんをぺいんぺいんするんですから、効果が望めないので注意と！魚を食べる地域に行ったら、浸透しているか確認するようにと教わるはずなんですよ！
住民の皆さんも生食出来るか、誰も確認をとらなかったんですか！？
……？
横から口を挟んだ回復魔法を使えるあなた、今なんと？さっき信じられない事を言いませんでしたか？
その項目は、世界に浸透して２代３代過ぎているから、形骸化している？
だから聞き流して良いぞと、講師が言っていた？
信じられない。現にこうやって、みんなで痛い思いをしているのに。
世代を経たら、知識として薄れたら危険だから、教え続けろ。守らせ続けろと、この知識を開示した時警告したのに、それ自身が薄れたのですか。
しかもなに？
以前流れのイタマエとか言う料理人がやってきて『魚は生で食うに限る！』とか豪語した話が町で広まって、それ以降はみんな生でしか食べない！？
お陰で住人はみんな普段からぽんぽんぺいんで慣れっこ？
…………はぁ(ため息)
この薬で痛みを軽くできますから、痛みが完全に引くまで耐えてください。
他のぽんぽんぺいんのお薬をお求めになられる方はー？
人数分の在庫は足りてますね。みなさーん、数はありますから頑張って順番待ちをお願いしまーす！
次のおky……ああ、本来お求めの商品では無いのですね。失礼しました、改めてご用をお伺いします。
着けた相手を奴隷にする装飾品ですか？……そういった品は奴隷商の領分です。そちらへどうぞ。
…………訳あって、あちらで買えない？称号等、詳しく視せてもらいますねー。
こほん。衛兵さーーーーん、この人でーーーーす！！
ふざけんなお忍びのク○貴族が！ウチは真っ当な商売しかしません！貴方に売るものなんて埃ひとつぶもありません！！
買った奴隷を意味なく拷問するのが趣味とか、そりゃあ奴隷商だって嫌うわ！！
お薬も貴方の分は回収です！お金は返却します！ぽんぽんぺいんで苦しんでいなさい！！
その後もアクシデントに負けず、マイペースにのんぴり商売をしている時でした。
「ここでエルフの行商人が、露店を開いていると言う話だが本当か？」
「どけ、平民ども」
「……本当のようだな。我が主たるこの町の領主様が、貴様に用があると仰せだ」
「はあ？エルフの行商人ごときが、貴族に反抗するのか？」
「良い度胸だ。ほら、こい！我が主の前に引っ立てて、罰をくれてやる！」
「御者、早く出せ！」
……この横柄すぎる物言いで分かりますよね？
貴族の使用人ごときが、主人の権力を自分の権力だと勘違いして、頭の悪いことをしでかすアレですよ。
それが予告も無しにやって来て、その使用人が私の腕を引っ張って、乗ってきた箱馬車に連れ込みました。
一応私の露店の全ては【無限収納】で仕舞い、盗難被害を防いだ事は添えておきます。
それで私が馬車に乗せられてからやった事は、言うまでもないですね。
転移です。
近くのヒトを巻き込むタイプの魔法ですから、それで使用人もろともこの町の衛兵さん達の詰め所の前へ。
おや、町へ入る際に問答した方、今度は立ち番ですか。お疲れ様です。
立ち番している方を驚かせましたが、それに構わず事情を説明しました。
そうしたら詰め所の中も巻き込んで、蜂の巣をつついたみたいに大騒ぎ。
隊長はどこだ、町長は、商業ギルドに詫びを、馬鹿領主は馬鹿使用人の始末をどうしてくれる、まず行商神様の怒りを誰か鎮めろ、あいつ昨日の祭で隠し芸して好評だったよな、いやいやこの馬鹿者の確保が先だ云々かんぬん。
……なんかちょっと聞き捨てならない言葉も有ったみたいですが、混乱の極地に陥っている詰め所ですので、突っ込んで更なる混乱は不味いですよね。
私は空気の読める女です。我慢してあげましょう。ふふん。
なので静かに詰所の中へ使用人を放り込んで、明日また来ますと書き置きして、露店の再開をするべく大通りへと舞い戻りました。
後日。私が近隣の村々を回って、またこの町へ戻った際。
私の前にやって来た領主の貴族様。ぽんぽんぺいんのお貴族様じゃないですね。
それで、あの使用人の主人に相応しいアレでした。
「お前は有能な商人みたいだな、俺が使ってやろう」だそうですよ。お約束にも。あざけりと悪意たっぷりに。
それから名乗られ、家名を聞いてピンと来ました。およそ１１０年前に私と１度だけ取引して、財を築いて国から貴族位を買った商人の子孫でしたよ。
私と取引した記録だけ残っていて、それを見た現当主様が、まだ行商を続けている私を知って変な気でも起こしたのでしょうね。
……初代当主の商人は、この国のここでは無い地にて貴族の罠にはまり、人生すら廃業の危機にまで追い詰められていました。
その時に知り合い、私には逆転の一手の後押しのみを頼んだ豪傑さんでした。
そんな方の子孫……と言っても、孫とかひ孫位でこんなのが産まれますか。
…………これは駄目ですね。
子孫が私に迷惑を掛けたら、制裁してやってくれと言う初代との約束を行使させて頂きます。
行使したら近隣から集めた食材で、美味しい屋台を開くつもりですから、さっさと済ませましょうか！
～子爵(領主)が痛い目を見た後の商業ギルドにて
「行商神様、マジ神様」
「あの領主が、行商神と先祖が仲良しで、俺に逆らえばどうなるか？とかいつも言ってたけど、本人が逆らってたんじゃねーか」
『それな』
「あの領主に罰が下った瞬間は見ものだった」
「世界の終わりって絶望した顔が酷かったな」
「ちなみにあの罰は、初代の遺言だったみたいだぞ」
「マジで？あんなエグい罰を、初代が求めたの？」
「増長する馬鹿が必ず出てくるから、そうなったら行商神様と交わした契約を使って罰してやれってな。あそこの“まともな”家令から、聞く機会があった」
「……マジか～」
「行商神様から、初代が身を立てる為に借りた金の全回収」
「本人は支援したつもりで、返してもらう気が無かったのに、それを初代が家の暴走抑制装置として遺した」
「お陰でおよそ１１０年、溜まりに溜まった利子込みで一気に請求されて没落」
「使用人達は、行商神様から退職金代わりにもらった分け前で、領主のしてた商売を引き継ぐ商会を設立」
「世は並べて事も無し」
「んだんだ。アレが潰えて、この街が平穏に戻りましたとさ」
「……ところでその元領主一家は、今なにやってるんだ？」
「国が行商神様からのとばっちりを恐れて、国外追放じゃなかったか？」
「お家断絶で王都のスラムで痛い目に遭っている噂も聞くな」
「そのスラムで、ヤの人に取り入ってヘーコラしてる話もある」
「とにかく、表で再浮上は無理そうだな」
「国外追放だって前科持ちじゃあ、まともに取り立ててくれる所はない」
「あっても、トカゲの尻尾切り要員で、使い捨てにされる程度だな」
「あーコワイコワイ、真面目に商売しとこ」
『んだんだ』
