モノクロオムの女
真夜中。
街灯ひとつ無い、田舎の一軒家。
四角い窓ガラス。
頭から腰の高さまである、木で囲われた、古臭い窓。
僕はその前に佇む。
午前2時25分。
いつも決まった時間になると、彼女がすぅと、横切ってゆく。
右から左へ、少し背中を丸めた素足の女性。
いつも見ているのに、服装は何故だか模糊として思い出せない。
なのに、あの顔は忘れられない。
すらりと伸びた首に、黒く、短い髪に縁取られた横顔。
絹の様に白く柔らかな肌は、背景の暗闇も相まって、部屋の明かりをその肌に反射させて輝いている。
細くさらさらと揺れる髪の隙間から覗く切れ長の目は、常に僕を捉え、色のない薄い唇は横に引き伸ばされ、笑窪を作る。
暗闇に揺れるモノクロオム。
ゆっくりと、右から左にスライドさせた写真の様。
体が窓枠の外に差し掛かる時。
彼女の微笑みを形成していた口が僅かに、縦に開くのだ。
唇の隙間から覗く白い歯と、その陰で動く舌の様な塊。
写真が動く瞬間。
目尻に薄く皺を湛えたまま。
細い喉が震える瞬間。
僕は堪らず窓を、開けてしまう。
当然、其処には誰もおらず、あるのは田舎特有の薄闇と、山の虫たちの声だけだ。
明日も彼女は通るだろうか。
僕は不安に駆られる。
暗闇の中。
死人の様に白い肌の、短い黒髪の彼女。
いつも寸分違わぬ角度でこちらを見つめ、微笑むモノクロオム。
消えゆく間際に口を開いて僕を誘うのに、手を伸ばせば跡形も無く消えてしまう。
窓枠に消えゆく彼女をじっと眺め、その口が動くのを待てば。
きっと。
聴けるだろう。
知ることができるだろう。
彼女が発しようとしている言葉を。
その意味を。
しかし、彼女の言葉を聴いてしまうと、終わってしまう。
消えてしまう。
見れなくなってしまう。
そんな予感が僕の体を動かす。
その口が声を発する前に。
同じ明日を、求めるあまり。
僕は今夜も、佇み。
そして、窓を開ける。