幼馴染のあいつ。
大型改稿いたしました。
会話の追加や段落の編集、誤字脱字訂正など。
これはわたしの少し昔のお話。
ようやく気持ちが落ち着いたからこうしてノートにまとめてみようと思う。
誰に読ませるわけでもないけれどこの気持ちがいつか色褪せてしまう前に残しておきたかった。
大好きだった彼と、ううん。今でも大好きな彼との思い出を。
わたしには幼馴染の男子がいる。
家も隣で幼稚園から高校までずっと腐れ縁の奴だ。
小さい頃はよくわたしが色々と連れ回して暗くなるまで遊んだ。
中学校に入る頃にはわたしが思春期になり、あいつを意識し始めて少しずつ冷たく当たった。周りのみんなも色恋に飢える時期で幼馴染で一緒に居るだけで色々と聞かれたり冷やかされたりするのが少し面倒だったのもある。
それでもあいつは。
『最近雫ちゃん冷たいな〜。昔はあんなに仲良かったのに』
なんて言って、特に気にした様子も無く絡んできたけどね。
高校にもなるとだいぶ落ち着き昔のようによく一緒に居られるようになった。
何が言いたいかというとわたしは昔からそいつの事が好きなのだ。
でも今の心地よい関係を壊したくなくてずっと幼馴染止まり。
「どうしたらいいんだろう」
先に進みたい。けどもしダメだったらこの関係は崩れてしまうかもしれない。
そんな板挟みにいつも悩んでしまう。
「まぁ、あいつの性格なら気にしないのかもね」
「ん? なんの話だ?」
「え?なんでもない」
いつの間に入ってきていた。
「なんだよ気になるじゃねーか」
「あんたが能天気って話よ。それより入るならノックくらいしなさいよ」
「いや、ここ学校の教室だから……。なんでノック必要なんだよ。てか悪口じゃん、それ」
「褒め言葉だよ」
笑いながら答える。
「どこがだよ……。まぁいいや早くそれ書いて帰ろうぜ」
そう言って日誌を指差す。
「ちょっと待ってて、あと少しだから」
本当は書き終わってるのに少しでもこいつと長く一緒に居るために嘘をつく。
教室は静かで鉛筆を動かす音だけが響く。
一緒に居るだけでこの静けさすらも、とても心地よい。
「まだー?」
「もうちょっと……。はい終わったよ」
「よし帰ろうぜ」
わたしの鞄を持って教室を出て行く。
「鈍感なくせにそういうところだけ気がきくよね」
小さく呟く。
「なんか言ったかー?」
「なんでもないよ。待ってよ」
口元を緩ませながら大好きな彼の背中を追って駆け寄る。
やっぱりこの幸せはなかなか捨てられそうにはないや。
2年の春休みわたしはあいつから映画に誘われた。
どうせ行く相手が居ないからとかそういうデリカシーの欠片もない理由で誘ってきたんだろう。
それでもわたしは嬉しくて前日は全然寝付けなかった。
2人でどこかに行ったりする事はよくある。
大抵はあいつのしたいことに付き合わされてるだけなんだけどあいつに誘われたらやっぱり断れない。
「人の気も知らないで」
自分から誘うなんて出来ないからありがたいんだけどね。
待ち合わせは街の大きな時計やなんかの銅像なんかじゃなく普通に家の前に集合。家が隣なんだから当たり前なんだけどね。
街で待ち合わせして我慢出来ずに早く着いて早くこないかなと辺りを見渡して。
なんてのにも憧れたりもするけどやっぱりこっちの方が長く一緒に居られるから嬉しい。
「そろそろ時間かな?」
時計を確認して玄関を出る。
すると家の前には既にあいつが待っていた。
「待ってるなら鳴らせばいいじゃん」
聞こえない声で囁き口元が緩んだのがばれないようにマフラーに口を沈める。
「お待たせ。待った?」
「いや、今来たとこだよ」
嘘つき。すごく寒そうにしてるじゃん。
まぁ男の子の意地があるんだろう。
「よかった。じゃあ行こっか」
街に向けて歩き出す。
「今日は何観るの?」
「学生のラブストーリー」
真っ赤になって顔を逸らしてる。
「あーそれは友達とは行けないね。でも1人で行けばよかったんじゃないの?」
意地悪するように顔を覗き込んで尋ねる。
「1人の方が恥ずかしいだろ。男友達と行くのも変だし……」
「だからわたしで妥協したんだ?」
「クラスの女子と行くのもなんか気まずいじゃん?でも雫ちゃんなら気軽に行けるなーって」
「消去法で女の子誘うって失礼じゃない?」
ジト目で責めるように見つめる。
すると慌てたように言い訳をしてくる。
「い、いやでも昔から雫ちゃんこういうの好きだったしどうかなって。もしかして今はそうでもない?」
「好きだけど……」
そもそもこいつが昔からそういう恋愛系が大好きでわたしも真似して観てるうちに好きになったんだけど……。
好きな人の好きなものを。これって変なのかな?
「良かったぁ〜違ったら何観るか考えないといけないところだった」
わたしは一緒に観られるならなんでもいいんだけどね。
映画館は平日なだけあってわたし達のような学生が少し居るだけで空いていた。
「チケット買ってくるからちょっと待ってて」
そう言って受付に走って行った。
「別に急がなくてもいいのに」
それにしても映画館なんて久々にきた気がする。
ここで食べるとポップコーンすごく美味しいんだよなぁ。
「お待たせ」
「早かったね」
「空いてたからねー。はいこれ」
「ありがと。いくらだった?」
「いいよ。誘ったの俺だし奢るよ」
「悪いよ高かったでしょ?」
「いいって。気にしないで普段お世話になってるからお礼だよ」
特になんもしてないんだけど……。
「ありがと」
チケットを受け取るとそこにはカップルと書かれていた。
「……なんでカップル? わたし達いつの間に付き合ってたの」
「ん、あぁ、それなんかカップルで買うと入場特典でなんか貰えるらしくて受付のおねぇさんが勝手に。あとなんか少し安いらしいよ」
「ふーんそーなんだ。安いなら仕方ないね?」
にやけそうになるのを堪えて素っ気なく返す。
「何貰えるんだろうね。あ、ポップコーン買ってこうよ」
こいつにとってはそんなことよりもポップコーンのが大事らしい。
ちょっとだけむすっとしたけど気にするだけ無駄だと気付いて諦める。こいつはそういう奴だ。
「何味がいい?塩?バター醤油?」
「わたしはキャラメルがいいな」
「おっけー。飲み物は何にする?」
「コーラ」
「コーラね。俺も同じのしよ」
飲み物が同じなだけでお揃いの様に感じて幸せになる。
「じゃ行こっか」
「あ、お金……」
「気にすんなってそれよりほら早く行こ」
手を握られ引っ張られる。
「ちょっ……」
されるがままに手を引かれゲートに向かう。
握られた手を軽く握り返し俯く。
多分今、顔が真っ赤になってる。そんな姿を見られるわけにはいかない。
幸せな時間を少しでも長く味わいたくてゆっくりと歩く。
だけどすぐに着いたぞ。と握られていた手が離されてしまった。
「ほらチケット出し……ん?どうした?」
「別に」
ポケットからチケットを取り出して係の人に差し出す。
「ありがとうございます。3番スクリーンになりますね。こちら特典になりますので彼氏さんとどうぞ」
小さな袋を貰ったけど何が入ってるんだろう。後で見てみよう。
「行こ」
そう一言だけ口にして先に向かう。
「ちょっと待ってよー!」
「待たない」
「もうどうしたのさー。あ分かった! もしかして手繋いだの照れてる?」
「うるさい」
鈍感なくせにこういう時だけ察しがいいんだから。
「図星かー。昔はよく繋いでたのに。最後に繋いだのいつだっけ?」
「小学生の頃だよ。もう昔のことだから」
「よく覚えてるね。懐かしいなぁ」
小学校の卒業式の日に最後の登校日に2人で仲良く通学路を手を繋いで歩いたのだ。
あいつはなぜかわくわくして元気だったけど、わたしは悲しくて落ち込んでいた。そしたらあいつが笑って手を握ってくれた。
あいつにとってはどうでもいい事なんだろうがわたしにとってはとても大切な思い出だ。
「もういいでしょ。始まっちゃうよ」
「あ、本当だ。はいこれ飲み物」
「ありがとう」
受け取ってホルダーに置く。
ちょうど照明が落ちて映画が始まる。
ストーリーはテンポよく進み少女は自分の恋心を自覚しだす。
結構ちゃんとしてるお話だなぁ。
飲み物を飲もうと手を伸ばすと何故かそこにあったはずの飲み物が無くなっている。
あれ?ここに置いたはずなのに。
目を向けると隣であいつが飲んでいた。
「それわたしの……」
「え?ごめん間違えた」
「いいけど……。喉乾いたから返して」
取り返してストローを見つめる。
間接キスじゃん。ちらっと横を見るとあいつは気にした様子はなく映画を見ている。
そっちが気にしなくてもこっちは気になって大変だってーの。ばーか。
それからは飲もうとしては躊躇ってを繰り返して映画なんて全然頭に入らなかった。
「面白かったなー」
「ヒロインの心情描写凄かったね」
「俺はあれだな。タイムカプセルあけるところが感動したな」
「あれ良かったよね。青春って感じがした」
「よし、俺らもやるか!」
「え、何を?」
「タイムカプセル。学校のでっかい桜の木に埋めようぜ」
「先生にバレて怒られるだけでしょ。それにいつ掘り出すの?」
「夜に侵入してこっそりと埋めるんだよ! そりゃ卒業式?」
「それこそバレたら怒られるじゃん……。1年後じゃん」
「まぁまぁ。埋めることに意味があるんだよ気にしたら負け」
「どうなっても知らないからね?」
あいつは凄く楽しそうに話をしてくる。男の子はこういうのが好きなのかな?
わたしも2人で秘密を共有できる特別感に負けて実行が決まる。
「じゃあ明日の夜埋めに行こう」
「今日じゃなくて?」
「今日は埋める物を用意しないといけないだろ」
なるほど。
「何入れるの?」
「お互いに1年後に向けて手紙書こうぜ」
「うわ、なにそれ恥ずかしい……」
「大丈夫だってどうせ見るのは1年後だし」
1年後に一緒に開けた時に恥ずかしいのは変わりない。
だけど案外楽しそうかも。
「それじゃあまた明日の夜に。ちゃんと書けよ?」
「そっちこそちゃんと書いてよね」
何書こうかな?
その日の夜、机に向かって手紙を書く。
「何書こうかなぁ」
あいつに向けての手紙なんて何書けばいいのかわからない。
今の気持ちをそのまま書いてしまおうか?
好きって気持ちを。
「どうせ1年後だしね」
想いを紙に綴る。
昔から好きだったこと。中学の時冷たくして後悔したこと。高校に入っても昔のように絡んできて嬉しかったこと。
遊びに誘われたらドキドキして眠れなかったこと。それから今から1年後までのこと。
全部心の中の感情を手紙に書き綴る。
これが読まれる頃には2人の関係が変わってればいいな。
もちろんいい方向に。
気がついたら手紙は5枚目になっていた。
「ちょっと書きすぎたかな?」
笑ってペンを置き手紙を折りたたみ、封筒に入れる。
「あいつはどんなこと書いてんだろ」
バカみたいなこと書いてたり。
だいたいずっと一緒にいるくせに全然気づかないし鈍すぎる。
誰かに取られても知らないよ。
わたしだってそれなりにモテるんだからね。
この手紙が読まれるまでに決着をつけよう。
そう決めてベッドに潜り込んだ。
「結構暗いね……」
夜の学校ってやっぱり不気味だよね。
「怖いの?」
「怖くないし」
「ならその手どけてれない?掘りづらいんだけど……」
「むり」
怖くなんてない。だけど無理です。裾を掴無手が離れません。
「まぁしょうがないか。すぐ終わるから待っててね」
深く掘りすぎると掘り返す時に困るし浅すぎても出てきちゃうから加減が難しい。
わたしは掘ってないけど。
「これくらいでいいかな。雫ちゃん手紙ちょうだい」
言われた通りに手紙を手渡す。
「よし缶に入れて、と。後なんか入れたいものとかある?」
手紙以外なんも持ってきてない。ポケットを漁ってみると昨日の特典が入っていた。
「これ」
「これって昨日の特典? 開けてすらいないのにいいの?」
「うん。腐るもんじゃないだろうし」
「了解。じゃあ埋めるよ」
缶を穴に入れて土で埋めていく。
場所忘れないようにしないとね。
「これでよしと。バレる前に帰ろうか」
「うん」
早く帰ろう。怖いわけじゃないよ?
すると校舎の方から灯りが向けられる。
「誰かいるのかー?」
警備の人だろうか?だるそうにこちらに向かってきている。
「やべっ。走るぞ!」
「う、うん」
手を掴まれて全力で走る。
警備の人は追いかけて来てないのに家の前まで走った。
その頃には2人とも息が上がって汗をかいてた。
「もうむり……。走れない」
「わたしも……。疲れた」
こんなに全力で走ったのは久々だ。
「バレなくてよかったなー」
「ほんとだよ……」
「でも楽しかったな」
「確かに。でももう二度としたくないね」
2人で笑って頷きあう。
幸せな時間。
いつまでも続けばいいのに。
付き合えたらずっとこんな時間が過ごせるのかな?
「よしじゃあまた学校で」
「うん。おやすみ」
それなら怖いけど少し頑張って見てもいいかも知れない。
今日は水族館に来てる。
あいつに誘われて来たんだけどなんでだろうね?
水族館くらいなら男の友達とも行けると思うし女の子でも誘っても不自然じゃないと思うけど……。
「なんで水族館なの?」
「癒やされたかった……」
意味がわからない。
「傷付くことなんてあるの?」
「失礼な。俺だって傷付くことくらいあるよ!」
「例えば?」
「クリスマスが近いからって遊びに誘った奴ら全員に断られた」
ん?
「それで?」
「暇だったからクリスマスとか関係なさそうな雫ちゃん誘った」
バカにされてる?
こいつ自分のこと棚に上げてクリスマスに予定ない扱いしやがって。
いやないけどさ……。周りの子はみんな彼氏とデートだからね。
「つまりわたしはクリスマスに予定がなさそうな可哀想な奴扱いされて、水族館に誘われたってこと?」
「だいたいそんな感じ」
「喧嘩売ってる?」
「なんでだよ!仲間だろー仲良くしよう?」
あいつのスネを蹴りつける。
「そもそも今日23日だし」
クリスマスじゃない。イブですらない。
「痛っ!なんで蹴るの……。じゃあ雫ちゃん明日と明後日予定あるの?」
自業自得だね。
「……ないけど」
「ほら、仲間じゃん。まぁそれだけじゃないけどさ。雫ちゃんだって来たってことは暇だったんでしょ?」
暇じゃなくても来たよ。
誘ってきたのが好きな男子なんだから。いい加減気付け。
「もう知らない」
「あーもう拗ねないでよー」
別に拗ねてないよ。
どんな理由であれ誘われて一緒に過ごすだけで満足だし。
「わたしチンアナゴ見てくるからウニでも見てなよ」
「あ、ちょっと! 一緒に見ようよせっかく一緒に来てるんだから……」
水族館って結構広い。早くきたのに全部回る頃にはだいぶ日が傾いていた。
魚たちより魚を眺めてるあいつを見てる方が多かった気がする。
「可愛かったなー」
「癒やされた?」
「もうばっちり!」
「よかったね」
わたしも十分に癒やされた。
見たことない魚を見るたびに色んな表情をするのを眺めてると見てて飽きなかった。
「雫ちゃんはどれが一番よかった?」
「チンアナゴかなー?」
それしか覚えてない。
「ひょろひょろして可愛いかったね」
「うん」
「あ、お土産屋さんみてっていい?」
「自分に買うの?」
可哀想な子だ。
「なんでそうなるの」
抗議しながらお土産屋さんを見つけ入っていく。
わたしはいいや。
しばらくしてあいつが戻ってきた。
「何買ったの?」
「お菓子とかいろいろ。はいこれプレゼント」
手渡されたのは大きめのタコのぬいぐるみだった。
センスどうなの……。
でもまあせっかくのプレゼントだもんね。
ありがたくいただく。
「ありがと。でもなんてタコなの?」
「雫ちゃんに似てるなって思って」
「どこらへんが?」
「口とか」
見てみたけどよく分からない。
「まぁ何となくだから気にしないでよ」
よく分からなかったけど貰えるだけで嬉しい。
「プレゼントも買えたし帰ろうか」
2人で仲良く家まで帰る。
「今日はありがとねー。暇人仲間」
「また蹴られたい?」
「マジで痛いからやめろ」
「ならもう少しデリカシーのある発言にしよう?」
「気をつけます……」
「まぁ今日楽しかったよ。プレゼントもありがと」
「どうしたしまして。また行こうな」
「うん。おやすみ」
今日も言えるタイミングが無かった。
もうそろそろ卒業になっちゃう。
あの手紙を読まれる前には言わないと。
それともあの手紙で無理矢理伝えるのもありかな?
かなり恥ずかしくて死んじゃいそうだけどあれが1番伝わるかも。
でもあれは最終手段だ。もう少し頑張ってみよう。
「もー幾つ寝ると〜お正月。お正月には凧上げてーコマを回して遊びましょー」
「それを歌う人初めて見たかも」
「えぇー。いい歌じゃん!」
「そうかな? 頭には残るけどね」
「でしょー? もーいくつ寝るとーお正月。お正月には……。お正月に……」
「知らないのかい」
知らないのになんで歌ったの。
「後少しで出るんだよ! お正月……」
「お正月にはマリついて、おいばねついて遊びましょー。だよ」
「そうそれ! 雫ちゃんも歌うんじゃん」
「あんたが不甲斐ないからでしょー」
普通は恥ずかしくて歌いませんよーだ。
「そう言うことにしておいてあげる。と言うかやっぱり雫ちゃん歌上手いよね」
「別に上手くはないでしょ」
褒められてちょっと嬉しいけどつい冷たく言ってしまう。本当は凄い嬉しいんだけどね?
「今度カラオケいこーよ」
「下手だから……」
「そこまでくると嫌味だ……。そんなに俺と行きたくない? なら仕方ないね」
「え、いや! そう言うわけじゃ……」
キャンセルされそうになって慌てて訂正しようとする。
「よし、じゃあ今度いこーな!」
嵌められた……?
笑顔でカラオケ〜。と喜ぶあいつを見ると別にどうでもいい気がしてきた。
嵌められてでもなんでもいいからあいつと出掛けられる予定が増えるならなんでもありだ。
それでもちょっとはムカついたので反撃はしてやろう。
「歌えなかった罰としてお雑煮のお餅なしね」
「え、それはないでしょ……。雫ちゃん」
「食べたいなら自分で焼きなさい。わたしの分もね?」
「焼くのかめんどくさいだけじゃ……?」
「なんか言った?」
「なんも言ってませんよー」
「というか今更だけどなんでうちにいるの?」
大晦日に1人、こたつで寛いでたのに。突然やってきて当たり前のようにこたつに入ってる。
「だって家に誰もいないから寂しいじゃん? 雫ちゃん家も毎年誰もいないから、雫ちゃんも寂しがってるかなーって」
別に寂しくはないけど……。
「あんたが来たら寂しくなくなるみたいな自信はどこからくるのよ」
「1人よりはいいでしょ? 俺は1人より雫ちゃんといた方が楽しいもんねー」
そんな特に深い意味もない言葉にドキッとしてしまう。寂しくはないけど心臓には悪い……。さっきからドキドキしっぱなしだよ。
「はいはい。口説き文句ありがとねー。わたしはあんたよりお餅が欲しい」
「別に口説いてませんよーだ。お餅焼きますよ。雫お嬢様」
お餅を焼いてお雑煮にして食べてゆったりと過ごす。
お笑い番組を一緒に見て笑ったり。進路について話したり。
そんなことをしているとこたつであいつは寝てしまった。
女の子を置いて先に寝るって酷くない? 寝顔を見られるよりはいいけど……。
寝てしまったあいつに近寄って顔を覗き込む。
「可愛い寝顔だこと」
スマホを取り出して寝顔を1枚。カシャリと撮りこっそりと待ち受けにする。
指で頰をつついたり、クリクリしてやったり。ひとり寝ているあいつにやりたい放題してやる。
「鈍感なのが悪いんだよ? もう卒業式まで時間ないのに。わたしってそんなに分かりづらいかな?」
結構自分からしたら分かりやすいと思うんだけど。露骨に好きってオーラ出さないといけないもんなのかな?
「それとも他に好きな子いるのかな」
わたしじゃない他の誰か。それを考えると胸が苦しくなる。別にわたしが付き合わなくてもいいけど、他の人と付き合ってこういう時間が減ってしまうのは少し、いやとっても寂しいし、悲しく辛いものだ。
「それでもいつかはそんな日が来ちゃうよね。ずっと幼馴染っていう鎖に甘えてたらいつか錆びて千切れちゃう」
どちらにせよこいつに好きな人が居るならもうわたしの恋は実らない。
こいつの恋が成就するにせよ、しないにせよ。わたしはこいつの相手ではないのだ。
「幼馴染のアドバンテージがあるのにこうしていつまでもこの関係に甘えてたわたしが悪いんだけどね」
恋というものはわたしには向いてないのかもね。
「ん……」
「あ、起こしちゃったかな」
唸るだけで起きる様子はない。
「雫ちゃん……。もう食べられないよ」
そう言って口を動かす。
全く。どんな夢見てるんだか。そう考えて口元を綻ばせる。
「あんたはわたしのことどう思ってるのよ。わたしはあんたのことが好きだよ」
寝ている奴に言っても無駄なのはわかっているけど、これだけで少しは気が楽になった。
そのまま隣で横になりこたつで一緒に幸せな時間を過ごしてそのまま寝ることにした。
「雫ちゃん起きて!」
「んー? なに?」
「日付変わっちゃうよ?」
「んー」
別に年越しに起きてないと気が済まないとかもったいないとか考える人じゃないよ?わたしは。
「ほらー。起きて雫ちゃん」
あいつに頰を掴まれてグリグリされる。それだけで一気に目が覚める。
「ちょっとー。女の子になにするのさ」
「起きない雫ちゃんが悪いんだよ?」
「人のせいにするな」
どきどきして心臓が止まるかと思った。無意識にこういうことしてくるのは本当にやめて欲しいね。
「そんなことより早く蕎麦食べよー。お腹減ったよ」
「カップ麺あるでしょ」
「ちゃんと茹でたのがいい」
「人様の家に来ておいて生意気に」
「早く作ってね?」
調子乗ってるあいつに蹴りを入れて台所で蕎麦を茹でる。
「あんたは具なしでもいいよね?」
「雫ちゃんとお揃いがいいです!」
「ならわたしも具なしでいいや」
「なんでそうなる! 普通に作ってるならそれにしてよ」
「しょうがないなぁ。美味しくなくても文句言わないでよ?」
そういえば、ちゃんとしたものを作ってあいつに食べさせたことは無かったかも知れない。誕生日もバレンタインも何もこいつに作ったことなかったなぁ。
さっきのお雑煮はレトルトだからノーカン ね?
蕎麦を丼に入れて汁を注ぐ。具材をのせて完成。
「はい。できたよ」
「ありがとー! 雫ちゃんの手料理〜」
「たいしたものじゃないでしょ」
「いただきまーす。んーつゆが美味しい」
「それはどうも」
気にしたそぶりをみせずに蕎麦を啜る。本当は割と嬉しい。
「やっぱ蕎麦といえば鴨蕎麦だよね。雫ちゃんわかってる」
「楽だからね」
蕎麦を食べてカウントダウンのテレビをみて年を越す。
除夜の鐘が鳴り響く。
「雫ちゃんは初詣行かないの?」
「んー。外寒そうだからね」
「明日行く? どうせなら今から一緒にいこーよ」
「あんたと?」
「そ。雫ちゃんは1人だと夜怖くていけないんでしょ? だからついて行ってあげるよ」
「余計なお世話。でもまぁ、あんたが1人で行くのが寂しいって言うなら、付いて行ってあげないでもない」
我ながら素直じゃない。本当は一緒に行きたくてしょうがないのに。
「わかったよ。1人が寂しいから雫ちゃんと行きたくてしょうがないの。これでいい?」
「よろしい」
「全く世話の焼ける雫ちゃんだ」
幸せだからその言葉は聞かなかったことにしてあげよう。
「結構空いてるね」
「雫ちゃんみたいにめんどくさい人が多いんじゃないの?みんな明日とかね」
「じゃあめんどくさいからとっととすませよう?」
「別に少ないんだからゆっくりでいいでしょ! おこらないでよ」
「別に怒ってないよ」
「ほら、あそこに甘酒あるよ?」
「もので釣ろうとするならあっちのたこ焼きにしてよ。けち」
「どっちも持ってくるよ。ここで待っててね?」
そう言って行ってしまう。別にそういう意味で言ったわけじゃないのに。
もう少し優しく好きって伝わるように喋らなきゃ……。
「ってもわたしにはそんなの無理か。キャラじゃないしね」
甘酒とたこ焼きを持って戻ってきたあいつと一緒に食べる。
「甘酒って少しでいいのにたくさん入ってるから貰うのいつも躊躇うんだよね」
「美味しいのに。何杯でも欲しいくらい」
「それはあんただけでしょ。飲みたいならこれあげるよ。もう十分飲んだから」
2.3口飲んだそれをあいつに差し出す。
間接キス。それでもあいつは気にしないだろうが。
「いいの?ありがと」
そう言って一気に飲みきってしまった。
ほらね?わたしのことなんてなんとも思ってない。
「美味しいけど暑くなるね甘酒って」
顔を手で仰ぎながらそんな事を言い出す。
「一気に飲むからでしょ」
「そうだけどさ。よしお参りして帰ろっか」
マイペースな奴。
石段を登り賽銭箱の前に立ち、お金を投げる。
目の前の鈴緒を掴んで数回鳴らす。
お願い事は1つ。
――あいつと結ばれます様に。
それだけだった。将来のことや自分のことはすぐには浮かばず、浮かんだのはそれ1つ。
神頼みくらいはいいよね? 後は自分で頑張るから。
「雫ちゃんは何お願いしたの?」
「秘密」
「いいじゃん教えてよ」
「いやだよー」
「ヒント!」
「人間関係?」
「雫ちゃん誰とも仲悪かったりしてなくない?」
「さぁー? どうだろね。あ、おみくじ引いた帰ろーよ」
「気になるなぁ。おみくじか、どうせ大吉だからな」
「その余裕は今だけだよ。どうせ凶だから」
「みてろよ……。ほら!」
そう言って豪快に開く。結果はもちろん。
「末吉だね?」
「なし! 今の無し。もう1回!」
「吉」
「次こそ……」
「凶だね」
「おかしい……」
「おかしいのはあんたの頭」
「そういう雫ちゃんはなんなの?」
「わたし? 大凶だけど」
「え、大凶って入ってるの」
「ほら」
おみくじの紙を見せる。
「本当だ」
「それじゃ2人とも運勢が悪いってことで帰りますか」
「そうだな。仲良く運無者同士帰りますか」
大凶って運勢は最悪だったけど、恋愛の部分を読んだら努力した報われるって書いてたから全然悲しくなかった。
「チョコを溶かして……。生クリームと混ぜる?」
お菓子作りって難しい。レシピ見ながら作ってるのになかなかうまくいかない。
何回も作ってようやくうまくいった。
「これなら人に渡せる……」
袋に詰めてラッピングをして鞄にしまい込む。
明日はバレンタインだ。
明日こそあいつに想いを伝えないと。
ここまでだらだらと引き伸ばしてきたけどそろそろ決着をつけよう。
「雫ちゃん帰らないの?」
きた。
周りにはもう誰もいないし今がチャンスだ。
「ちょうどいいところに」
「ん?なにが?」
「用があったの」
「なになに?」
鞄に手を入れて袋を掴む。
「えーと」
恥ずかしくて言葉が出ない。
「どうしたの?」
あいつは不思議そうな顔でこっちをみている。
勇気を出して鞄から手を出して袋を投げる。
「はいこれ」
「ちょっ! 投げんなよ。落としたらどうす
る。これなに?」
「知らない。チョコレート」
「チョコ?どうして急に」
わかってないみたいだ。
他の人から貰えなかったのかな?
「今日バレンタインだよ?」
「なるほど。義理チョコくれるようになるなんて雫ちゃんも優しくなったなぁ……」
「……から」
「ん?」
「義理じゃないからっ」
耳まで真っ赤になりながら声を絞り出す。
そして教室を出て廊下を走り逃げるようにして外へ出る。
外は珍しく雪が降り辺りを銀世界へと変えていた。
雪の冷たさが火照った身体を冷ましていく。
「やらかした……」
また言えなかった。言えなかったけど伝わるかな?
義理じゃないんだからわかるよね?いくらあいつが鈍感でも。
これでダメならもう手紙を読ませるしかない。
わたしにはこれが限界。
明日が待ち遠しいようで怖い。あいつはどんな反応をするのだろうか。
そのまま家に帰って緊張の糸が切れたのかベッドで寝てしまった。
だけど世界は残酷でわたしに対して優しくはなかった。わたしはあいつから答えすら聞けなかった。
次の日あいつが事故で死んだと聞かされた。
え?死んだ?誰が?
あいつが?昨日まで一緒に居たのに。
勇気を出してチョコを渡したのに。
あいつは最後まで持っていた袋を離さなかったらしい。
自分が死にそうな時にあいつは袋を大事に持ってありがとうって言えなかった。と言っていた、と。
それを聞いた瞬間わたしは崩れ落ちて泣き叫んだ。
あいつにはもう二度と会えない。声を聞くことも出来ないと。
それをようやく飲み込んだ。すると涙が止まらなかった。
それからずっとろくに食事も摂らず眠れず、あいつからもらったぬいぐるみを抱いてただひたすら泣き続けた。
葬式が行われる頃にはいくらか落ち着いて参加した。
花に囲まれるあいつの写真を見るとまた涙が溢れそうになるがぐっと堪えた。
最後にあいつの顔をみる。
するとあいつの横に一緒に潰れた袋が入れてあった。
こんなもの持ってかなくていいのに。
わたしはそこで我慢していた涙を堪え切れなくなって泣いた。
あいつにだけは泣き顔を見せないと決めていたのに。
今は昔みたいにこいつの前で悲しんだり泣いたりしても慰めてはくれない。励ましてはくれないのだ。
最後までこいつにはわたしの感情は振り回されっぱなしだ。
それからのことはよく覚えていない。
気づいたらベッドで寝ていた。今じゃもう涙も枯れて流れてはくれない。
あいつのことを考えると辛くなるけど気が楽になった。
それからもずっとろくに部屋から出ずに引きこもった。
学校も自由登校だし遊びに誘ってくるような友達もいなかった。
仲良かったの知ってて気遣ってくれてるんだろう。
どれくらいそんな風に引きこもっただろうか。
お母さんがドアをノックして呟く。
「明日は卒業式だから明日くらいは行きなさいよ」
卒業式。
あいつが居ないのに行く意味なんてあるのだろうか。
でもあいつはわたしが行かなかったらきっと連れ出すだろうな。
そう考えると笑いがこぼれた。
「よし」
てきとうに着替えて部屋を出て玄関に向かって靴を履く。
「どこいくの?こんな時間に」
「かいもの」
そう言って街の方へ走る。
「すいません」
「ごめんねー今日はもう閉店しちゃったよ」
「そこをなんとかお願いできませんか?」
「そう言われても……」
こちらを振り返りわたしを見て言葉を切る。
よほど深刻そな雰囲気だったのだろう。
目とか腫れてひどいし。
「なにが欲しいの?」
「卒業式に渡すような花が数輪欲しくて」
「ちょっと待ってね」
店の奥に戻り花を選んで包装してくれた。
「ほら。持ってきな」
「ありがとうございます。おいくらですか?」
「お代はいいよ。おじさんからの卒業祝いだ。卒業式だろ? 風邪ひかないうちに早く帰りな」
「……ありがとうございます」
ふらついた足取りで家に帰る。
「ただいま」
「おかえりどこ行ってたの?」
「花屋さん」
「お花屋さん?」
「明日あいつに必要だから。それよりご飯ある?お腹減っちゃった」
「用意してるわよ。食べてお風呂にも入っちゃいなさいあんたひどい顔よ?」
ご飯を食べてお風呂に入って久しぶりにぐっすりと眠れた。
明日はわたしがあいつにできることを。
このままダメになってちゃあいつが怒るもんね。
「それじゃいってきます」
「もう出るの?」
「やることあるから」
「そう……あとでお母さんたちも行くから」
「わかった。いってきます」
最後の通学路。
あいつと一緒に歩いた道だ。小さい頃からなんどもなんども一緒に。
けれどもう肩を並べて歩くことはできない。
そう考えると胸が痛む。
そんな気持ちを吹き飛ばすように駆け足で学校へ向かう。
職員室へ行き花瓶を借りる。
「何に使うんだ?」
「あいつに花を生けてあげようかと」
そのまま教室へ行きあいつの席に花瓶を置いて昨日貰った花を生ける。
「卒業おめでと」
そう呟いてあいつの席に座り机に顔を埋める。枯れたはずの涙がどうしようもなく溢れて止まらなかった。
落ち着いたら涙を拭いて、教室を出て用具入れからスコップを拝借して玄関を抜ける。
去年一緒に桜の木の下に埋めたタイムカプセルに向かう。
「今日だもんね。1人だけどいいよね?約束だからね」
スコップで掘り起こす。
思ったよりも硬くて苦労した。
缶を取り出して穴を埋めた。
そのまま木の下に座り込んで缶を開ける。
「懐かしいなぁ。これ一緒に映画見た時のだ」
開けてみると中にはペアルックのキーホルダーが入っていた。
「こんなのだったんだ。これじゃあの時つけられなかったし入れて正解だったかな?」
他には何故かボタンがはいっていた。
「なんでボタン?あいつのやることは意味わからない」
笑いながらボタンを眺めてそっとポケットにしまい込む。
そして最後に手紙。
わたしの方は中身知ってるからあいつのを読もう。
「何書いたのかな?やっぱりくだらないことかな?」
封筒を開けてみると意外にもかなりの枚数が入っていた。
5枚か。わたしと同じくらいだっけ?
「さて、なんて書いてるかな?」
1枚目には幼い頃からのわたしのことが書かれていた。
「よくこんなことまで覚えてるなぁ。わたしですら忘れてたことばっかじゃん」
それがたまらなく嬉しかった。2人の思い出をこんな些細な事まで覚えてくれていた事が。
2枚目には中学の頃のわたしについて。わたしがあいつに冷たくなって寂しくなった事。たまにこちらを向くと目が合って嬉しくなった事。するとわたしが顔を赤らめてそっぽを向いたそれがまた可愛い事。
「冷たくなったのは仕方ないじゃん。思春期だよ?てかなんでこんな恥ずかしい事書いてるの……。しかもわたしが恥ずかしい事を」
3枚目には高校の事。
わたしが昔みたいに絡むようになってくれて嬉しかった事や2人で出かける時は楽しみだった事。
「わたしと同じだね。あいつもちゃんと楽しんでくれてたんだ。よかった」
映画館で間違えて飲み物を飲んで間接キスをしてしまって動揺した事。
「これはあいつがわるいんじゃん。被害者はわたし。でもあいつも動揺してたんだ」
あの時のことを思い出して笑いだす。
そして4枚目と5枚目にはそんなわたしを昔から大好きだったこと。
昔からよく引っ張り回してたくせに中学に入ったら冷たくなるし高校になったら今度は自分が引っ張り回して。
そんな関係が少し寂しかったりもしたけど楽しくて気持ちよかった。
わたしにどう思われてるかは分からないとどわたしのことがずっと好きだった。
そんな事が書き綴られていた。
「そんなのずるいよ……。居なくなってからそんなこと言うなんて。わたしだってずっと好きだったのに。わたしの方が先だもん」
そうか。あいつもずっと……。
途中から涙が溢れて止まらなかった。
両思いだったんだねわたし達って。
なのにお互いに言わないで、言えないでいて結局同じように手紙に書いて。
馬鹿みたいだね。
それでもあいつの気持ちを知ることが出来てよかった。
手紙をしまい胸に抱いて人が来るまであいつを想い、声を殺して泣き続けた。
~fin.