新婚中も目がはなせない
葵が優馬から貰った婚約指輪を大切に持っていると知って、落ち込む陽向。
そんな中、得意な教科の英語は赤点になり、補習を受けることになったりと、ますます気持ちは沈むばかりの陽向だった…………………。
翌日の英語の時間。
「今日は抜き打ちテストをやるから、教科書しまえよーーー」
「え~~~~~~!!」
クラスのみんなが、文句を言いそうになる前に、優馬さんがテスト問題を配り始めた。
「この前やった定期テストの問題も含めて作ってあるから、よーく考えればできるはずだから」
みんな渋々、テスト問題にとりかかり始めたので、あたしも問題を解き始める。
んーーー、あれ?この問題、優馬さんと補習でやった問題だ。
テストに出た問題も含めてって言っていたし、解るのは当たり前か…………。
テストに集中していると、見回りに来た優馬さんに頭をポンと触れられて、あたしはハッと優馬さんの顔を見上げた。
優馬さんは、何処かバツ悪そうに横を通り過ぎて行ってしまった。
「ーーーー?」
どうしたんだろう?何だか優馬さんの様子がおかしかったような?
その時は、深く考えずにテストに集中した。
「西野さん、ちょっといいかしら?」
昼休み、奈留と中庭でお弁当を食べて校舎に入ってすぐに、灯野先生に呼び止められた。
「ちょっと、陽向。灯野先生に何したの?」
いつもと違って無表情の灯野先生に違和感を感じたのか、奈留がそっと、あたしに耳打ちしてきた。
「え……別に何も…………」
曖昧に応えると、奈留に先に行っててもらい、灯野先生について行った。
誰もいない視聴覚室へ連れてこられ、緊張した顔で灯野先生を見つめた。
「単刀直入に言うわね。優………杉浦先生と別れてほしいの」
「ーーーーーー!!」
「杉浦先生、言ってたわよ。西野さんがあまりにも必死だったものだから、優しさで付き合うことにしただけで、本気じゃないって」
「……………………………」
付き合うことにしたって……………優馬さんからあたしと結婚してること、訊いてないのかな?
でも、学校にバレたらどうなるかわからないし、優馬さんからバラスなんてありえない……………。
だからって、付き合っていることにしても、大問題だけど。
「……………………………」
授業中、優馬さんの様子がおかしかったのを思い出す。
灯野先生とは嫌いで別れたわけじゃないんだよね?灯野先生が言ってることが本当だとしたら、優馬さんは成り行きであたしと結婚したことになる。
心臓の鼓動が一気に速くなり出した。
「…………………ここだけの話、西野さんとは別れるから、今度こそ結婚しようって、杉浦先生が言ってくれたの」
「ーーーーー!!」
嬉しそうに言う灯野先生を目の前に、ショックを隠せない。
「だから、杉浦先生を困らせないでほしいの」
灯野先生の声が、徐々に遠のいていった。
「そ、そろそろ、午後の授業が始まるから、西野さんは教室に戻りましょうか」
灯野先生は先に職員室に戻ったけど、あたしの方はどうやって教室に戻ったのかは覚えていない。
気づいたのは、授業が始まってからだった。
『……………なた……陽向、当てられてるぞ!』
後ろの席で、辻君が小声で教えてくれているのに、ハッとしてあたしは慌てて国語の教科書のページを捲った。
「何だ、訊いてなかったのか?西野にしては、珍しいなーー。じゃあ、後ろの席の辻、代わりに読んでくれ」
先生はため息をつくと、今度は後ろの席の辻君に当たってした。
「はーい」
辻君は次、当てられることを察していたのか余裕な顔つきで教科書を読み始める。
「ーーーーーーー」
辻君に申し訳ないと思いながら、あたしは教科書に目をやるのだった。
放課後ー。
帰り際、廊下で辻君を呼び止めた。
「辻君、今日はありがとう」
「珍しいな、陽向が授業中にぼーとしてるなんて。また、あいつのことか?」
「ち、違う違う。深夜のドラマ観てたら寝不足なだけ」
「ふーん………でも、何かあったら俺に言えよ。役に立つかもしれないし」
優しい言葉をかけてくれる辻君だけど、これ以上迷惑はかけられない。
「うん、その時はお願いしちゃおうかなー?」
無理に明るく笑ってみせたけど、ちょっとわざとらしかったかなーー。
気持ちに触れずに、そっと、あたしの肩を抱き締めた。
「ちょ、ちょっと、辻君…………………」
「誰もいないし、少しだけこのままでいて」
寂しげに言う辻君に何も言えずに、ただ立ち尽くしていた時、
「2人とも、そんなところでイチャついてないで、もう下校の時間よ」
灯野先生の声に、慌てて辻君の身体を押し返した。
「見られたかーー。あ、そうだ!」
辻君は何か思い出したように、鞄の中から何かを取り出した。
「灯野先生、映画のチケット貰ったんだけど、杉浦先生も誘ってダブルデートしない?」
辻君は、チケットをヒラヒラさせた。
チラッと見ると最近、公開が始まったばかりのラブコメディの映画のチケットだった。
あ、それ面白そうだったから、
観たいと思ってた映画だ。
辻君は、チケット2枚を灯野先生に渡す。
「ラブコメか…………杉浦先生にも訊いてみるわね。でも、あまり期待しないでね」
「大丈夫です。行けない時は陽向と行くので」
「えっ……………」
急な話で、断ることもできずにいた。
灯野先生は期待しないでとは言っていたけど、優馬さんの返事は、そんなに時間がかからなかった。
「陽向、灯野先生から伝言。杉浦先生、今度の日曜日ならOKだって」
学校の帰り際、辻君に言われてあたしは複雑な気持ちのまま日曜日を迎えた。
「ごめん、遅くなって…………」
映画館の前で最初に待っていたのは、辻君だった。
「俺も今、来たとこ」
「そ、そうなんだ…………」
優馬さんと灯野先生の姿は見えないから、まだ来ていないらしい。
でも、すぐに優馬さんと灯野先生がやって来た。
「2人仲良く登場ですか」
辻君が嫌味ぽく呟くと、優馬さんが慌てて口を開いた。
「偶然、灯野先生と逢ったから一緒に来ただけだから」
「ふーん?ま、そう言うことにしておくよ」
「辻、やけにつっかかるな」
呆れた顔で、優馬さんは溜息をつく。
「ほらほら、そろそろ上映の時間だし中に入りましょう!」
灯野先生が2人の間に入ると、上手く話を変えた。
そう言えば、知ってる人に逢うとまずいからって、お家デートばかりで優馬さんと映画はもちろん、外でデートすることもなかっ
た。
映画館の中に入ると、灯野先生と優馬さんとあたしと辻君で並んで座ることに。
「陽向、やっぱり俺と席を交代して」
あたしと優馬さんが並んで座っていることが気がかりなのか、辻君が席を代わりたいと言ってきた。
「辻、もう始まるから、その願いは却下」
あたしの代わりに優馬さんが応えると、辻君は面白なさそうに自分の席に座る。
すぐ、館内が薄暗くなって上映が始まった。
しばらくして、優馬さんがあたしの肩に寄りかかってきた。
ドキドキしながら優馬さんを見ると、寝ていることに気がつく。
え…………、まだ10分も観てないんだけど?
灯野先生も優馬さんが寝ていることに気づいたのか、あたしに寄りかかっている優馬さんを、そっと状態を起こさせたてあげた。
結局、優馬さんが起きたのは映画が終わって館内が明るくなった時だった。
「ふぁ~~~~~」
映画館を出ながら、優馬さんは大きな欠伸をする。
「ふふ………変わってないわね。昔からラブコメディ観ると、寝ちゃうんだから」
灯野先生が、可笑しそうに思い出し笑いする。
「仕方ないだろ。眠くなるんだから」
優馬さんは、もう一度欠伸をした。
あたしの知らない優馬さんを、灯野先生が知ってる………。
2人の間に入って行けない空間みたいのがあって、余計に落ち込んでしまう。
「……まだ時間あるし、そろそろここからは別行動と言うことで」
急に辻君が、あたしの腕を掴む。
「え?おい、そんなこと訊いてないぞ」
優馬さんが慌てて、あたしから辻君を引き離した。
「今、決まったことだから」
辻君がサラッと応えると、あたしの肩を抱いて歩き出した。
「つ、辻君、ちょっと待って!あたし、一言とも一緒に行くなんて言ってない…………」
あたしは、辻君の手を振りほどこうとした。
「おい、辻!?」
優馬さんが慌てて追いかけようとして、灯野先生に止められた。
「あたし達も久しぶりにデートしましょ!」
嬉しそうな灯野先生の声が耳に残る。
あたしとデートできない分、優馬さんは灯野先生とできるんだ………。
これ以上、一緒にいると自分が嫌な女になるような気がして、優馬さんを見ることが出来ずに、辻君と一緒に行くことにした。
辻君が連れてきた先は、遊園地だった。
「嫌なこと忘れて、ぱーと遊ぼう!」
「…………………………」
もしかして、あたしが落ち込んでいたから、遊園地に連れてきたの?
辻君の優しさに、胸がキュンとしてしまう。
ピローン!!
その時、優馬さんからメールが届いた。
ーー今、何処?辻に何もされてないか?
「…………………………………!!」
そう言う優馬さんだって、灯野先生と何してるのか気になるんだけど………。
「杉浦先生からか?」
辻君はあたしに近づくと、ヒョイッと携帯を覗くと取り上げた。
「ちょ、ちょっと、何するの!?」
あたしは慌てて、携帯を取り返そうと手を伸ばすと、素早くメールの返事を返してしまった。
「か、勝手に返信しないで!」
急いで辻君が送ったメールを確認する。
ーー俺が陽向をもらうから、灯野先生とよろしくやってろ!!
「ーーーーー!!」
あたしは、何も言えなくなって、ただ携帯を握り締めるだけしかできないでいた。
「杉浦先生、今頃どんな顔しているかな?」
辻君は、少し楽しんでいるみたいだけど、あたしにしては、何だか複雑な気持ちだ。
「さっさと、乗り物に乗らないと時間の無駄!陽向、行こう」
辻君に手を繋がれて、あちこちと振り回されてしまった。
「最後にあれに乗ろう」
辻君が観覧車の方へ歩き出す。
「今なら、カップル限定で2周回れまーす!!」
観覧車に行くと、スタッフが呼びかけしていた。
「そこのカップルも2周まわれますよー。どうですか?」
スタッフはあたし達に向かって話しかけてきた。
「あたし達は、カップルじゃない………」
あたしが言い終わらないうちに、辻君が口を開く。
「お願いします!」
「はーい!お2人ご案内ー!!」
スタッフに急かされて、観覧車に乗せられてしまった。
「余計、スタッフに勘違いされちゃったーーー」
仕方なく座ると、独り言のように呟くあたしの前に辻君も座る。
「もう、いっそのことカップルのままでいいと思うけど」
真剣な眼差しで、辻君に見つめられて目を逸らす。
「どうして、俺じゃなくてアイツなんだよ」
「………………………………」
「陽向…………」
辻君があたしの隣に移動してくると、肩を抱き締めた時、観覧車がガタガタと揺れ始めた。
「えっ…………地震!?」
恐怖で身体が震えるあたしを、辻君は優しくあたしを抱き締める。
「落ち着いて、大丈夫だから…………」
「ーーーーーー」
そうは言っても、なかなか震えが止まらない。
「お客様にご連絡致します。只今、地震が発生した為、緊急停止させていただきます……………安全確認ができ次第………………」
スタッフのアナウンスに、ますます追い討ちをかける。
辻君に抱き締められたまま、地震の揺れは、次第に治まってきたけど不安と恐怖のほうは、なかなか治まってくれない。
しばらくして、また観覧車が動き始まった。
下に到着すると、2周回ることになっていたサービスも安全の為、1周だけとのことにはなったけど、観覧車を降りる頃には、なんとか震えは止まっていた。
「陽向、大丈夫か?そろそろ帰ろう。送ってく」
辻君が心配そうに、あたしを見つめた。
「ありがとう………」
独りで帰れると言おうとしたけど、またさっきの地震が起こったらと思うと、なかなか言うことができない。
「行こう」
辻君はあたしの手を繋ぐと、歩き出した。
結局、送ってもらうことになり、家に到着する頃には空が赤く染っていた。
家の前まで行くと、優馬さんが血相変えて立っているのに気がついて、ドクンと鼓動が波打つ。
「陽向!?」
突然、優馬さんにギュッと抱き締められると、
「何処に行ってたんだ!?何度もメールしたんだぞ」
強い口調で言うと、あたしの顔を覗き込んだ。
あたしは、慌ててメールを確認すると、辻君がメールを送った後に何度も優馬さんからメールが入っていた。
「ーーーーー!!」
特に、地震が起こった直後にメールが殺到していた。
「結構、地震が大きかったから心配したんだ」
「ごめんなさい……………でも、大丈夫だから」
あたしは素直に謝ると、優馬さんはもう一度、優しく抱き締める。
「良かった……………」
優馬さんの安心した声が耳元で響く。
辻君に抱き締められるのと違って、やっぱり優馬さんに抱き締めらると、ほっとして涙が溢れてきてしまう。
あたし達を黙って見ていた辻君は、呆れた顔で口を開いた。
「何だよ……俺のことは無視かよ」
「辻、お前な………勝手に陽……西野と単独行動するとかなしだからな!」
優馬さんは、キツく辻君を睨みつける。
「………顔色変えるほど、陽向のこと心配してたのはわかったけど、俺が陽向のこと守るから、先生は灯野先生のこと守ってやれよ」
辻君があたしの腕を掴む。
「灯野先生より西野のこと守るほうが、俺には大切なことなんだけどな」
「ーーーーー!!」
優馬さんと灯野先生の言っていることの食い違いに、あたしは動揺してしまう。
「は!?今更、何言ってるんだよ…………」
辻君は、優馬さんを睨みつける。
「辻こそ、もう西野のことは諦めろ」
「なっ…………………!?」
2人が言い合いを始めたので、
「ちょ、ちょっと、近所迷惑になるから………」
ハラハラしていると、騒ぎに気づいたのかお母さんが家から出てきた。
「あらあら、辻君も優馬さんも家の前で何騒いでるの?」
「お母さん……ごめん」
「お父さんも遅くなるみたいだから、とりあえず、2人とも家に上がってもらったら?話も終わりそうもないし」
「えっ、でも……………」
困った顔をしたけど、お母さんはさっさと2人を招き入れた。
「2人とも、そこに座って」
家に入ると、お母さんの指示で優馬さんと辻君にソファーに座ってもらう。
結婚してることは別としても、辻君にあたし達の関係を知られてしまったこと、お母さんにバレてしまうかも知れない。
あたしは恐る恐る、向かいのソファーに座る。
「で?家の前で何を騒いでいたの?」
お母さんの質問に、辻君が口を開く。
「おばさんは知ってますか?杉浦先生と陽向の関係………?」
「え?」
「杉浦先生のこと名前で呼んでいたから、もしかして知っているんじゃないかと思って」
「ーーーーーーー!!」
お母さんはうっかり名前で呼んでいたことに今頃、気づいたのたのか眉をひそめた。
「先生の元婚約者が、よりを戻したいみたいだから、陽向の為にも先生と別れたほうがいいって言ってるんだけど……おばさんはどう思いますか?」
「こ、こ、婚約者って………陽向は知ってたの!?」
お母さんは、驚きのあまり声が裏返ってしまっていた。
「相手が、お、同じ学校の先生なんだけど、つ、つい最近、あたしも知って……………………」
どう言ったらいいかわからず、上手く言葉が出ない。
「優馬……杉浦先生、どういう事なのか説明してちょうだい!」
お母さんは、厳し視線で優馬さんをみた。
「………婚約者って言っても、元婚約者で、もう終わってることなので………………」
「よく言うよ、灯野先生のこと嫌いで婚約者破棄したわけじゃないんだろ?灯野先生だって、まだ婚約指輪を大事そうに持ってるし、いつ、やけぼっくりに火がつくか」
辻君は、挑発的に優馬さんに視線を向ける。
「陽向と結婚する時、何も言わーーーーー」
お母さんが、結婚のことを口に出してしまった頃には、もう遅い。
「ひ、陽向と杉浦先生が、け、け、結婚してる……………………!?」
驚きのあまり、辻君は目を丸くすると金魚のように口をパクパクさせるのだった。