EP4
その日咲とダイスケはスラム街にほど近い地区で起きた事件の後処理に駆り出されていた。
いつも指示とも言えない雑な指示を出して咲を戦々恐々とさせる啓治は私用があるとかで有給をとっていた。
事後処理もほぼ終わった所で各々帰還するように指示が出され、ダイスケと咲は帰り支度を済ませ、日の暮れてしまった街を歩きだした。
ふと咲は足を止めて街頭の途切れた先に目を凝らす。
そこには真っ暗な闇がぽっかりと口を開けている。異様な空気の漂う闇の中、そこにも自分と同じ人間の営みがあるだと想像する事が咲には難しかった。
「あそこにも人が住んでるんだよね……」
闇の先にあるスラム街へと視線を向ける咲にダイスケは頷いた。
と、その時闇の中から女の金切り声が響いた。
声の発生源まではやや距離があるようで、何を言っているのかまでは聞き取れなかったが、尋常ならざる事態が起きているのだと無意識に足を踏み出そうとした咲だったが、その腕をダイスケが掴んだ。
「ちょっと、ダイスケ君?」
「どうするつもり?」
「どうって……、聞いたでしょ? 今の悲鳴! 何かあったのよ!」
「だからどうするつもりなの?」
「た、助けなきゃ」
慌てて言う咲にダイスケは静かに頭を左右に振った。
「駄目だよ。俺達が行って勝手な事をすれば俺達が危険に晒されて終わりだ。なんの解決にもならない」
そういうダイスケの言葉を遮るように再び闇の方から女の声が聞こえた。
咲はそれを聞いてもう構っていられないとばかりにダイスケの腕を振りほどくとダイスケの静止の声も無視して闇の中へと駆け出した。
息を切らして声のした方へとやってきた咲の目には薄汚れた男女が鞄を引っ張りあっている姿が飛び込んできた。
「ちょっとッ!何をしているの!!」
被害者であろうと思われる女の側によって咲は男を睨みつけた。
「なんだぁ?このアマが俺の金を渡さねぇからッ」
そういった男が拳を振り上げて女の頬をぶった。
一瞬驚きで固まってしまった咲だったが、すぐに男の腕をつかんだ。
ポリシアに入るために一通りの体術は身に着けている、おそらく酒と薬物にでも手を染めているであろう目の焦点があっていない男を伸すぐらいならできるだろうと、拳に力をこめようとした瞬間後ろからものすごい力で引っ張られた。
「すみません」
咲を自らの後ろに隠すように立ってダイスケが言った。
そのあとも何度となく男に頭を下げるダイスケを咲は呆然と見ていた。
謝罪に気を良くした男は今度はダイスケの顔を覗きこんだ。
「そういや、お前ら随分といいもん着てるじゃねぇか……」
酒臭い息を吐きながら近づく男に無言で頭を下げたままのダイスケ。
「なぁ、俺ちょっと金に困ってるんだ……」
ニヤニヤとしながら言う男にダイスケは懐から取り出した財布から入っていた紙幣とコインをこれが全部だと男にみせつけるようにして渡した。
「今はこれしか持ち合わせがないんです」
少し明るく気の抜けた表情になった男を確認したダイスケは、怒り心頭で今にも叫びだしそうになっている咲の腕をとって走りだした。一気にスラムの外側まで走りでると、街頭のある路地まで戻りようやく咲の手を放して息をついた。
「ちょっとダイスケ君っ!今のは何なの?!」
「何って……君が無茶をするから」
「あんな酔っぱらいくらい、どうってことない!」
「ここで暴力に出て、顔を覚えられたらどうする? 復讐されるとかは考えないの? 金で解決できるならラッキーだよ。二度とあんな真似はしないで、あそこはポリシアだって容易に手を出していい場所じゃないんだ」
彼の判断は正しいのかもしれない、それでも、どうしても納得しきれない。あの女性は今後どうなるのか。
こんな事で国の不平等や間違いが是正できるのだろうか、自分が、そしてダイスケがポリシアに入った理由は、胸の奥からせりあがってくる不快感を言葉に乗せて吐き出そうとダイスケを睨んだが、彼は今しがた走り出してきた暗闇を凝視していた。
「ねぇ、今更さっきの女の人が心配になってきた?」
嫌味を言ったところで誰の易にもならないとわかりつつもそんな事を口走ってしまう。
「うん……、いや……」
歯切れの悪い返事をした後、咲の怒りを受け流し、今度こそもう帰ろうと言うダイスケに咲は不承不承頷いた。
いつも穏やかな同僚の、いかにも彼らしい今日の選択は正しいものとわかりつつ、わだかまる心をぬぐいきれずその背中を見ながら咲は重い歩みを進めた。