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はんそくっ!おとぎぞーし☆

作者: 皓月 白斗

日本にはかつて人と妖が共に生きている時代があった…とかなかったとか。

そんな時代から数百年後、今日も世界は妖と生きている。



「ふぅ…」

月峰 雫は悪霊に侵された土地を浄化して一息ついた。

いつもの任務、変わらない一日、それでも…誰かがやらなければならないこと。

「帰ろう」

もうこの場所に用は無い。

後は自分の家、陰陽寮へと帰るだけ。

「じゃ、帰ろっか………ト」

雫は妖もいなくなったこの場を後にした。



雫は妖怪退治専門集団の一人である。

雫の母は別の巫女部隊に所属しており、父もまた陰陽師であった。

物心ついた頃には雫も陰陽師としての修行を積んでいた。

今では、最強の陰陽師としても名高い鳴神 星斗と同じチームで活動するほどになった。

今日の任務は低級霊に荒らされた土地の浄化。

簡単に言ってしまえば後片付けである。

だが、後片付けと言えど楽な仕事ではない。

それなりの霊力は消費するし、なにより残党狩りも兼ねている為浄化中に襲われることもしばしばある。

「…汗、かいたな」

雫たち陰陽寮のメンバーは普通、共同の大浴場を使う。

風呂支度を整え脱衣場に入る。

「お、しーぽんだ!」

「凛」

「しーぽんも今帰りなんだ。ねえ、一緒にお風呂入ろ」

この人懐っこい笑みで私をお風呂に誘うのは南 凛。

私と同じ陰陽師の一人だ。

私はうん、と答えて一緒にお風呂に入ることにした。

「はぁああぁあぁぁあ〜…いきかえるねえぇぇ〜」

浴槽に浸かる(跳び込む?) なりそんなことを言い出す凛。

「凛、オヤジくさいよ」

「いーんだよー、ぐりーんだよー」

よく分からないことを言っているが、とても気持ち良さそうだ。

「ん…」

少し熱目で疲れを癒すにはちょうどよかった。

凛じゃ無いけど確かに生き返る思いだ。

「で、今回はどうだったの?」

「いつも通りだよ、浄化していた」

「おつかれー、しーぽんの仕事はあたし絶対こなせないよ」

凛は式神を使って妖と戦う。

ただ、凛の体に纏わせ直接戦うところ他の陰陽師と変わっているけれど。

「あの戦い方はやめた方がいいと思うのだけどなぁ」

「あれじゃないともうダメダメだよ。昨日も大群と殺りあってきたしさ」

「大丈夫だったの?」

「もちのロンロンでございます」

凛は強い。

今の陰陽師の中でも幹部級の実力があり、上層部からの信頼も厚い。

「それにしても…しーぽん…」

「な、なに…?」

急に顔つきが変わる。

同時に先程までの人懐っこい笑みが失せ、邪悪な笑みに。

湯から上半身だけ乗り出して徐々に近付いてくる。

両手をわきわきさせながら・・・わきわき?

「恒例の…バストチェェェェェェェェェック!!」

「ひぁぁぁぁああああああっ!!」

「ん〜こ・の・感触・は・まぁた大きくなったんじゃないのー?」

「り、凛、なにをっ…!」

「ほぉれ、たぷたぷー」

「ちょっと、だ、ダメだって…!」

「いいなぁ、私もこのぐらいあればなぁ〜」

言いつつも手は動かす凛。

「あたしのおっぱい返せ!」

もう意味不明だ。

「しーぽんの男になる人は幸せだねぇ・・・コレ独り占め」

「も、もうっ、やめてって!」

「しょうがないな〜」

やっと解放された…。

「あんまり、いじめないでよ…」

「ブフッ!!」

「ああぁ!り、凛!鼻血が!!」

「いえ…だいじょーぶっス……(その反応はヤバイぜしーぽん…うへへ)」

妙に満足そうな顔で止血に勤しんでいた。

「じゃ、じゃあもう出よっか!満足…じゃなかった、血が止まらなそうだしさ」

「う、うん」

凛は本当に面白いと思う。

こうやってコロコロ変わる凛は見ていて飽きないし、私もつられて楽しくなる。

たまにああやっていたずらされるけど、私の一番の友達だ。

「ッップハーッ!!風呂上りはこれだろーー」

コーヒー牛乳を片手に凛は幸せそうだ。

「おじさんみたいだよ凛」

「まぁまぁ、気にしない気にしない…ってアレ?そのぬいぐるみ…」

私の持っていた手のひらサイズのくまのぬいぐるみを見て凛は怪訝な表情を浮かべる。

それはそうだろう、ぬいぐるみは両目の位置がおかしく頭と胴体のバランスもおかしい。

「なんでそんなもの…ってああ!」

凛は何か納得したように手を打った。

「それがしーぽんの宝物ってわけだね」

そう、あれは一年前、私の宝物がくれた優しい思い出……。



「妖の数はっ!?」

「分かりませんが、現在も増えている模様!」

「っくぅ、こんな時に人手が足りないなんて…」

首都の最南端、神楽公園で膨大な数の妖を察知した。

この日、陰陽寮の同僚たちは別の地域へと出兵していて首都には人があまり残っていなかった。

そんなところにコレである。

もはや、浄化専門と言えど腰を落ち着けてなどいられず、残りの同僚と現地へ向かっていた。

幸い武術に多少の心得があったため、戦闘が全くの苦手というわけでもなかった。

両手には浄化術の札をいつでも使えるように構える。

胸に私が小さい頃から大好きなクマのぬいぐるみ『原田くん』を連れて…。


「こ、これは…」

「どこにここまでの数が…」

現地の広場には地面を覆いつくすほどの低級霊(餓鬼)が蠢いていた。

ゾッとした。

とても正気の保てる量ではなかった。

餓鬼どもの中心で『舞う』あの人がいなければ。

「ははっ、楽しいなぁ、こんなにもいい夜だしよ!」

鳴神 星斗…今代の陰陽師で最強と言われる男は狂気の中笑っていた。

「遊んでる場合じゃないでしょ。さっさと始末しちゃおうよ」

彼の背後を守るように短刀を構えているのは保寿。

見た目いい感じの青年だが実は妖で、かなりの長生きらしい。

こちらは対照的に早く帰りたいようで、跳びかかる数十体の餓鬼を迅速に塵に還していた。

動いていないように傍から見えるところは、彼が人外である事を表すに充分だった。

「おお…雫さん、私たちも彼らに続きましょう!」

言い出した陰陽師は即座に地面に術式を書き始める。

私は結界を張り術式の完成を待つ。

餓鬼程度なら触れれば即刻昇天の術を掛けて。

「五分しか保ちません、急いでください!」

数体の餓鬼は既にこちらに気付いていた様だ。

情報系列がしっかりしているのか、いつのまにか囲まれている。

その数ざっと百。

(でもこれなら…)

片手で原田くんを握り締め耐える。

「「「・・・・・・・・・!!・・・・・・・!!・・・・・・・!!!」」」

陰陽師の声が何十にも重なる。

そして光が弾けた途端、目の前の餓鬼は一匹残らず消滅していた。

妖は塵に還ればなにも残らない。

「やりましたね!」

若い陰陽師達は安堵の溜息をついた。

(しかし大群はまだあるはずだけどなぜこれだけしか・・・?)

「そうだ、鳴神さんは…!」

私は星斗たちがいるであろう方角を見る。

星斗のいる方角―――それは大群のある場所に他ならなかった。

「っっ!!」

私は居ても立っても居られず飛び出した。



「あーきーたー」

「気の抜けた声で話しかけてくるな。気が散るだろ」

二人が対峙していた餓鬼もその数を相当に減らしていた。

「もうちょいしたら終わるんだからよ。やる気出せって」

「う〜」

「……ギ」

「あん?」

(今、餓鬼が喋ったような…?)

「ギ、ギギィ…ヨク、モ同胞ヲ…」

驚いたことに喋れる奴がいたらしい。

どうやらこの喋る餓鬼が軍団の親玉らしかった。

「ギ、コンナ三流陰陽師ニココマデコケニサレルトハ」

実に餓鬼らしい餓鬼だ。

「ギギ、オマエラナンカ大シタ事無イ本当ノ陰陽師ダッタラ術デモ使エバヨイノニ」

人語を解し操るだけの能力があっても自分たちの殺されていく手段が気に入らなくて抗議する辺りやはり知能が足りていない。

そりゃ斬られたり撃たれたりで死ぬんじゃ妖としてなんともいえんか。

それにしても…

「悔シケレバ術ノ一ツデモ使ッテミロバーカ」

なんとも…

「能無シ、野蛮人、不細工」

こう…

「阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆阿呆」

煮えくり返る何かが…

「エーッ、マジー?童貞ー?きもーい」

「ブッ殺す!!てめぇ覚悟しやがれ!」

「うわ、鳴神がマジだ。マジになっている…オモシロッ」

「疲れるし腹減るし嫌いだから使わなかったがお前のために特別キツいのおみまいしてくれるわ!」

鳴神の両手に高密度の霊力が集まる。

それは次第に空間を歪ませ、形作っていく。

「燃え尽きろこの糞餓鬼どもめがぁぁぁぁぁ!!」

鳴神の放った霊力は炎となり、炎はたちまち餓鬼を飲み込んでいく。

「最初っからこうすれば僕も楽できたんだけどなぁ…ん?」

保寿が視界の端に人間を捉える。

人間は炎に気付いていないし、鳴神はぶち切れ周りが見れてない。

「んー…どうすんだろアイツ」

「ファイ・アッーーーー!!」



嫌な予感がしていた。

でも私は彼の役に立ちたい。

彼の負担を少しでも和らげたい。

それが私の彼に対する仲間意識。

今、全力で走る理由。

嫌な予感ごときで止まっていられない!

「見つけたっ」

彼を餓鬼の壁越しに見る。

よかった。

怪我は無いようだ。

突如―

ここまで走ってきただけではない汗が出る。

気配で分かる。

この位置は不味い…!

「…鬼どもめがぁぁぁぁぁ!!」

彼の声。

と、同時に炎の壁が餓鬼の壁を燃やし尽くしこちらに向かってきている。

「くっ!」

すかさず式神で上に逃げる。

偵察用にと事前に作っていたのが功を奏した。

餓鬼どもを焼き尽くす炎。

人間など近付いただけで火傷するだろう。

「あ、危ないところだった…っと、あれ?」

何か嫌な予感がする。

任務を受けた時にはあった…!

餓鬼の大群を見た時にはあった!

全力でここまで走った時にもあった!!

そして今、彼の炎を避ける直前まであった感触が無い!!!

向こうで星斗がこちらに気付いたのが見えた。

その横で爆笑している保寿も。

妖は塵に還ればなにも残らない……ならば

それ以外は?

例えば綿の詰まった物体。

「ぷくくくっ、アレ、君が勢い余って燃やしちゃったみたいだよ、彼女の大事なくまのぬいぐるみの―」

「はらだくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!?!?!?!??!」

そこには頭半分だけの原田くんが今なお、ぶすぶすと焦げ臭いにおいを出しながらこちらを見ていた(気がした)。

「あっ、ううぅ、うっ、はっ、はら、だくんっ、がっ」

涙で原田くんが見えない。

嗚咽が止まらない。

原田くんとは長い付き合いだった。

三年前、滅多に行かないぬいぐるみ屋さんで買った手乗りサイズの原田くん。

一目惚れだった。

胸が締め付けられた。

私は噛みながら

「こ、これくでょさい!」

と言って原田くんと一緒になったのだ。

それからは片時も離れなかった。

任務とて例外ではない。

そう、いつも一緒だったのだ。

「うぅっ、ぐ、えぐっ、うっうう」

「おっ、おい、大丈夫か!」

「……………………………」

出た。

諸悪の根源。

我が災厄。

絶対悪。

私たちの仲を引き裂いてよくものうのうと生きていられるものだ。

こいつへまずするべきことがある。

「鳴神さん…殴らせてください」

「へ?ップぎょるっ!!」

「おお、あれが噂のワンインチ…ブルー○・リーも真っ青だな」

鳴神は十メートル後方に思いっきり吹き飛び、倒れている。

「う、うわぁはぁぁあんっ!はらだくんの、か!た!き!う!ちぃぃぃぃぃ!!」

「ごぶっ、がはっ、げうっ!うごっ!ぐえっ!」

雫は泣きながら鳴神を地団駄踏んづけ帰っていった。

「知ーらない、僕関係ないからね〜。くくくくっ」

保寿は満面の笑みでその場を後にした。

今日は厄日か。

寒空の中、鳴神は倒れ伏しながらそっと泣いた。



真っ暗な闇の中、誰かの声がする…。

誰の声だろう…。

懐かしいような…。

ぼんやりと、何かの影が見える。

あれは…雫…?

雫らしき影は俺に向かって歩み寄ってくる。

俺は何故か動く事も出来ずに横になっていた。

あと五歩、四、三、二、一。

俺を覗くようにぐっと顔を下げる。

「雫…」

やはり雫だった。

雫は穏やかに微笑んでいたが、急に顔を強張らせ眉を吊り上げる。

そしていつの間に持っていたのか俺の刀を取り出す。

鞘から抜く。

振り上げる。

嫌な予感がする…。

「あの、雫サン?」

「…死ねやぁぁぁぁああぁあぁぁああっっ!!」

「うっ、うわぁあぁあああぁあああぁぁぁぁぁぁ!!」

「ああああぁぁぁぁぁ・・ああ…あああ……あ?」

鳥がさえずり、青空には晴れ晴れと太陽。

「…………すごく嫌な夢を見た気がする…」

嫌な汗が止まらなかった。

おまけに屋外、陽は既に高く昇っている。

「あっつい、びしょびしょじゃねえか」

そもそも何故外で寝ていたのかさっぱり分からない。

「えっと昨日は餓鬼の大群がいて…あれ?」

その後のなにか大事なことを忘れている。

夢の中にまで出てきたような?

考える中ジリジリと太陽は俺を照りつける。

「とりあえず、まずは帰るか……」

部屋に戻ってとにかくきちんとした寝具で寝たい。

土のマットはとても優しくなかった。

重くなった体を引き摺るように自分の家へ。

「あ、でも一応報告はせにゃ…しゃあない、行くか」

陰陽寮へ。


「つ、着いた」

体がここまで重いと感じるのは久しぶりだ。

大抵はここまで気怠さ含む疲労を感じないのだが。

とにかく報告、そして帰って寝る!

それが頭の大部分を占めていた。

だから忘れていた。

否、忘れたかったのだ。

「鳴神さん…戻っていたのですね」

背後から掛かるどこか聞きなれた声。

たった一声で嗚呼、そうだ、もう、全部、思い出した。

餓鬼は倒した。

俺はこいつに倒された。

倒される原因は紛れも無く俺のせい……だろうなぁ。

振り向きたくない怖すぎる。

同僚を本気で怖いと思ったことがかつてあっただろうか。

(俺だぜ?あるわけねぇじゃん…)

「聞こえていますか?鳴神さん」

二度目の呼びかけ。

もう無視はできない…。

「お、おはよう雫」

「おはようございます。しかし今は昼です。こんにちは、の時間ですよ。鳴神さん」

俺の知っている雫は冷静沈着、品行方正を絵に描いたような人物だ。

今までの俺ならこの時の雫もそれで済ませられただろう。

だが、今の俺には分かる。

この能面のように硬い顔も敬語も、不機嫌な状態で発せられているのだと。

「あの、さ、雫。昨日のことなんだけど」

雫の眉が一瞬吊り上がった。

「昨日のことですか。なんですか星斗」

うぅ、呼び捨てになってきた…。

「その、お前の大事にしてたくまのぬいぐるみ燃やして本当にすまん!このとおり!」

地面に頭を擦りつける勢いで土下座し謝る俺。

傍から見られると勘違いされそうな絵だ。

「謝って…原田くんが帰ってくるのですか?オイ」

とうとう名前で呼んでくれなくなった…。

「本当に悪かったと思ってる!なんなら俺を好きにしてもらっても構わない」

「……そうですか。じゃあ原田くんになってください。ふかふかしてくりくりしてて私の寝間着の胸ポケットからちょっとだけはみ出すのがこれまた可愛くて思わずぎゅーってしちゃう原田くんになってくださいよ。早く!なれよ!アアァアッッ?」

雫さん、超怖いっす。

もうこの後はとにかく謝った。

十分ぐらい土下座で延々と謝り、延々となじられ続けた。

結局、雫は息を荒らげながら自室へ戻って行った。

この場を誰にも見られていなかったのがせめてもの救いか。

「なんとか機嫌を直してもらわんとなぁ……。俺が原因なんだし」

俺はあれこれ方法を考えながらどうでもいい報告へと向かった。


整理しよう。

雫の機嫌はとにかく現在最悪だ。

いつもの彼女の存在がどのようなものだったか霞むほどに。

そしてその原因は俺がキレて使った術のせい。

今日の昼にばったり会い、全力で謝るも粉砕され玉砕し大喝采…は浴びてねぇな。

そして今に至る、ということだ。

「はぁ…」

溜息も今日だけで何度ついたか分からない。

何か案はないものか…。

「プレゼントだね」

「うわぉあっ!」

「なんだい、人を化け物みたいに」

保寿だった。

いつの間にか俺の背後に立っていたらしい。

心臓に悪い…あと、一般的に化け物だろうが。

「っと、なんだっけ、プレゼント?」

「当然でしょ、どの時代も贈り物は大きな効果をもたらしていたものだよ」

あまりにも馴染み過ぎていて忘れていた。

相談するにはもってこいの奴がここにいやがった。

「保寿、ぜひ教えてくれ。この際なぜお前が俺の悩みを知っているかはどうでもいいから。何をあげれば良い?」

「知らない」

「…え?」

「それが分かれば僕の周りは常にハーレムだね」

分からないって、それじゃあ何を贈れば…。

「そうだ、いいこと教えてあげる。明後日は『本人』も忘れている雫の誕生日だよ」

「本当か!?」

これは好機到来。

時期としては最高だ。

誕生日に贈り物、これは機嫌が直るとまではいかなくても十分な効果が期待できる。

「ってことは、何を贈るかが問題か」

「まぁ頑張りなよ。僕はいつもの人間観察してくるから、じゃ」

気持ち悪いぐらいの満面の笑顔で跳んで行ってしまう。

「ありがとなー…、さて」

プレゼントとして雫の気に入りそうなもの。

もはやあのくまのぬいぐるみ以外考えられない。

「さっそく探してみるか、街に急ごう」



「……ない」

結局、街中を探し回ってもあのぬいぐるみを見つけることは出来なかった。

式神まで使って調べたのに全く見つからなかった。

「どうすっかなぁぁぁ…」

途方に暮れた俺の前にまたもや保寿が現れた。

「おい、じじい、どうすればいい?」

「全・然なってないね。もっと敬って崇めて頼んでみな」

嫌な笑顔で見下ろされる……。

あぁ、ムカツク。

「お願いします。どうにかして下さい」

「ふふん、最初からそう言えばいいんだよ」

ムカムカ

「まぁ、分かんないけどさ」

ブチブチ

「こらこら、大事な式神を千切ったり破ったりするんじゃないよ」

「何しに来たんだてめえは…」

「まぁ、よく考えてみなよ。買うだけが方法じゃないでしょ」

「え?」

買うだけが方法じゃない…

いやいや、買うぐらいしかないんじゃないのか?

買う以外の方法…

「…はぁ、思いついちまったしな」

気付くと保寿はいなくなっていた。

俺は買い物を手早に済ませ帰宅した。

自宅に帰ったあと星斗は夕食を軽めに済ませて自室へ篭った。

「買うのが駄目なら作ればいい」

保寿が言わんとしたことは恐らくこれだ。

そして俺自身もうこれしかないと思っている。

「やってやる・・・・・・期限は残り二十四時間!!」

猛烈にやる気に満ち溢れた状態で作業に移った。



「……はぁ」

「また溜息、よくないよしーぽん」

雫と凛は陰陽組織私有のバーにいた。

凛は珍しく雫に誘われたので行ってみたらこの有様である。

「マスター…もう一杯」

「も、もうお止めになったほうが」

マスターも心配になるほど酔っていた。

「もう一杯」

「あ、あの」

「もーいっぱいい〜〜」

マスターが泣きそうな目でこっちを見ている。

「あげてやってください」

そう言うしかない。

「どうぞ、天然凝縮100%です」

「ん、うんむ」

中ジョッキを傾ける。

一気飲み。

ぷはーっと息をつく。

実はおやじ性かしーぽん。

「私はねぇー、原田くんとねぇー、いっっっっっつもいっしょだったんですよ?」

もうソレ七回目だよしーぽん…………。

「でも、しーぽん大事にしてたもんね」

「そう!そうらろ!これ……あの子の………リ、リボン……うっぇええうーー………」

「あぁあぁ、よしよし…はい青汁は止めて水飲もうねー」

「ん、んあぃ……」

どうあれこんなしーぽんは初めてだからどんな対処をすればいいのか分からない。

大体青汁で酔うって何よ?

「…………ふぅー……」

「落ち着いた?」

「ちょっろは……」

まだ呂律はあやしいなぁ。

「れも、ちょっろやりすぎらかも……」

「え、何を?」

しーぽんはこのとき目が据わっているのでとても恐い。

「なるかみさんです…いくらわれをわすれらからっれなぐりすぎらかなあ」

「なるかみって、鳴神星斗?」

「あい」

最強の陰陽師も仇に燃えるしーぽんには形無しだったのか。

「ちゃんろ、あやまっれきてもくれれらし」

しーぽんはいいこだなあ、と思う。

あたしだったらそんな状況、相手を末代まで祟りかねないというのに。

…いや、コレは言いすぎだけどさ?

「……でも、反対のたいろとっちゃっれ」

退路?………あぁ態度か。

「ろうしたらいいかな……?わらひ彼のことばっかり考えちゃっれ。やっぱり同僚としていい友でいてほしいからかなぁ?」

…………もしかして、しーぽん…自分の気持ちに気付いてない…?

「ぷっふふふ」

「あ、ひろい、なんで笑うのー?」

広い?………あぁ酷いか。

そっか、気付いてないのかぁ。幸せもんだなぁ鳴神は。

「しーぽん、えい」

「うわわっ〜」

思わずしーぽんを抱きしめてしまう。

「大丈夫だよ」

「……そうかなぁ……?」

「絶対」

「……………………」

「絶対、大丈夫」

「………………んうい」

その日、しーぽんはあたしの家に泊まって行くことにさせた。

まぁまだ酔いも抜けきってなかったしね。



トントン…トントン…

「んん…朝?」

あたしが寝惚けてまどろんでいたらしーぽんがエプロン姿で来た。

「おはよう、凛。待っててね、もう少しでご飯出来るから」

「おはよー…」

完全復活という感じだった。どうやら昨日ので全部出し切ったのだろう。

二日酔いがないのはやはり青汁だからなのだろうか?

そんなことを考えながらいそいそと着替える。

「おまたせ」

「あ、昨日はごめんなさい…酔っ払っちゃって」

「いやぁ、いいよ、お安い御用。しーぽんのためだもん」

「…ありがとう、やっぱり凛は優しいね、私の一番の友達だよ」

面と向かってそんなことをいってくるものだから聴いているあたしが照れてしまう。

そうだ昨日保寿に言われたこと伝えなくちゃ。

「しーぽん、なんか鳴神がいま自室に引き篭もってるんだって心配だったら見に行ってあげなよ」

「そうなんだ………うん、行ってみる。朝ご飯もう出来てるから」

「ふふん、いい嫁さんになるよしーぽんは」

「も、もうっ、それじゃあ」

し−ぽんは顔を赤らめながら逃げるように出て行った。

愛い奴め。

「ばいばーい……………よい誕生日を、しーぽん……」



「うーぬむむ………………」

関節部分の縫い合わせがどうも上手くいかなかった。

かれこれ不眠不休飲まず食わず二十四時間ぶっ続けでなんとか見られるような形にはなっていた。

「職人って…すげぇなあ」

そろそろ休憩を取ろう。

これで寝てしまって今日が終わるとかありがちな失敗はしたくない。

「く……くぁああぁ〜」

伸びをしながら玄関の扉を開いた。

「あっ…………」

「ん?」

………………雫だった。

何でこんな所に?まさか俺にとどめを刺しに来たのか?

そりゃ探してでも会うつもりでいたが、こんなかたちでとは考えていなかった。

第一、まだアレは完成していない。

雫の方も窺う限りどうすればいいのか分からない様に口を開こうとしては俯いてしまっていた。

明らかに昨日と比べ態度が変わっていた。

少しは落ち着いたということだろうか。

何か話さなくてはいけないと思うのだが……。

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

き、気まずい。

よし…なぁに、いつもな挨拶みたいに自然な感じでいけばいい。

「「あの」」

「「え、あぁ、えーと……」」

「………………」

「………………」

畜生!なんだよこれ!!

心の中で泣きながらいると、雫から口を開いた。

「あの、篭っていると聞いたのでなにをしていらっしゃるのかと……」

どうやら心配して来てくれたらしい。

よかった。

このとき、俺はようやく安心できた。

「今、大きな事件があってね、情報が足りないし俺の技術面の向上も兼ねて取り掛かっているんだよ」

我ながらなかなかいい言い訳だな。

「嘘ですよね」

……なんで分かるの?

「鳴神さんはそんな事件のときは今頃、外で探しているはずです。『気配に勝る情報無し』とか言いながら」

……たしかにそういうとこあるかも。

俺はしどろもどろになりながら

「い、いやぁ雫に殴られた所の治りが悪くてさぁ、あんまり外行きたくないかなぁー……なんて………あ」

駄目だ、どう考えても失言だったぞ俺!

「そうですか、それはすみませんでした。それでは急用がありますのでこれで」

ほぅら、凄く機嫌悪そうな顔に……。

「いや、すまん!違う!痛くないほらこんなに元気!」

俺はこの瞬間ボディビルの王者の様に逞しく雄々しいポージングをする!

「無茶してくださらなくても結構ですよ。ゆっくり休んでくださいな、それでは」

「だぁーっ、ちくしょう、あのなぁ!悪いっていってるじゃねえか。大体何しに来たんだよ!?」

なんかだんだん腹立ってきたぞ。

そりゃ申し訳ないことしたとは思うがなんでここまで俺がコイツのことを考えてやらなければならんのだ。

「鳴神さんに用はありません。たまたま通りかかったので挨拶でもしてやろうと思っただけです」

「はっ、『してやろう』ねぇ。どうもありがとうございます。お蔭で元気になりました。おら充分だろ、じゃあな」

「あなたという人は……っ」

パン、と小気味よい音が俺の頬から鳴った。

一瞬俺は何が起きたか理解できなかった。

「私はただ……あなたが……うっ…!」

「あ、オイ!!」

……行ってしまった。

「……はぁ、なんでこうなるんだよ……」

俺はやるせなくなっていた。

「泣いてたな……」

泣かしたのは俺だわな。

「………………」

とりあえず部屋に戻ろう。

そして雫の誕生日は雫の泣き顔を最後に見るという最悪なカタチで終わった。



どうして……?

どうしてこんなに苦しいの?

どうしてこんなに辛いの?

どうして……あの人のことばかり考えてしまうの?

私はもう本当に怒ってなどいなかった。

あの人は真剣に謝ってくれていたし、あの場で悪いのは炎に気付かなかった私でもある。

だけど、やっぱり悲しかったから、青汁に溺れたりして。

凛にも余計な手間を取らせちゃって。

なんとか自分の中で整理できたから、昨日は謝りに行ったのに、あの人の顔を見たら何を言えばいいか全部頭の中から消え飛んじゃって。

私はどうしてしまったのだろう?

こんなことは初めてだ。

「ああ、もうなにも考えたくない」

そんなことを思うのも初めてだ。

私は寮の自分の部屋で一人うずくまっていた。

その時、一本の電話が無理矢理私の意識を現実に引き戻した。

「月峰さん、任務です」

淡々とした事務の声。

私は分かりましたと簡潔に伝え支度を整えようとした。

すると、事務の人から珍しい指定が入った。

「私服で、ワンダードリーム遊園地へ向かってください。時間は午後一時です」

…………遊園地は百歩譲ってよいとして。

私服?午後一時?

違和感を覚えながら私は私服に着替え浄化符を何枚かポシェットに入れた。

いつもの服ならそれ専用の収納場所があるのだけど……。

「まぁ、気分転換にもなるかな」

場所柄にも行くだけで気は楽になると思えた。



ワンダードリーム遊園地。

妖でさえココで遊べば浄化されるともっぱら噂の市内最大のテーマパーク。

ここに私、月峰雫は任務でやって来た。

……はずだ。

時間指定などこれまで明確にされたことなどなかった。

いつもは夕方だの、明け方だの、深夜だのばかりだったのに。

ポッポーポーポポポポポポッポポポッポー

遊園地の時報が聞こえた。

時間が来た。

周囲を警戒しながらポシェットから抜き身で符を出していたとき……

「え?ええ?えぇぇええ!!?」



時を遡る事、数時間前。

鳴神は一人の事務員と話をしていた。

「ああ、それじゃ、頼む」

「分かりました。それにしても……フフそんな指定始めて伝えます」

「同じことばかりじゃ飽きるからってな感じでよろしくー」

「畏まりました。上層部には内緒ですよ。あ、場所はワンダードリームにしておきますね。あそこのジェットコースターがまた楽しいのですよ」

この事務員、ノリノリである。

そして事務員と別れた後、鳴神は自分で梱包した袋を持って出かけた。

そして現時刻。

「よう、雫」

簡単に挨拶して呼びかける。

雫はというと、面食らっていた、が、さすが雫。

臨戦態勢の構え自体は解けていない。

「な、なんで…」

「別に任務で一緒になるのが初めてってわけじゃないだろ」

「はい、ええ…、それはもう」

なんともいいリアクションが取れたことなので話を進めることにする。

「だが、実は妖の気配がずれたから出てくるのにもう少し時間が掛かるらしい。だから今日は遊んで帰ろうぜ」

「そ、そうなんですか…。わ、私と鳴神さんだけですか?」

「そうだよ、じゃ、行こうか」

「…………はいっ」

雫とはきちんと話をする必要がある。

そう思った俺は雫に楽しんでもらい気分も良くなったところでそうしようと考えた。

勿論、事務員もグル。

妖が出るなど全くの嘘である。

全ては雫の事を考えて絞り出した案だ。

なんとかあの後、必死に完成させたぬいぐるみも持ってきた。

準備万端だ。

渡すまで、俺は雫ととことん楽しむつもりだ

まずは、事務員オススメジェェェットォォウ・コォォォオオオスタァァァーーー!!!

「ちなみに乗ったことある?」

「少しはありますが落ちるときのあの感覚はいつまで経っても……」

そういえば、どっかの誰かが『慣れないうちは絞首刑の台を上るようなものだ』と言っていたのを、落ちる直前思い出した。

「きゃあああああああああッッッ!!」

「うごおおおおおおおおおッッッ!!」

……………………………

……………………

……………うぷ。

「大丈夫ですか?鳴神さん」

雫がジュースとタオルを持ってきてくれた。

「あぁ……ありがとう」

きゃあきゃあ言うわりに雫は元気そうだった。

「次はちょっとゆったりしたものに乗るか……」

「あ、でしたらコーヒーカップなんてどうです?」

「うん、いいね、それにしよ〜……う」

コーヒーカップ。

遊園地の定番の1つでもあるそれはなかなかに人気なようだ。

「私が回すので鳴神さんは楽にしていてくださいね」

「おお、ありがとうなぁ」

これでようやく休める、と思っていたら車体(カップ体?) がギュンとスピードを増した。

「フフッ、久しぶりです。コーヒーカップなんて」

「あ、あの雫サン……ちょっと早すぎないっスか?」

雫のコーヒーカップは周囲と比べ物にならない速さで回っていた。

俺は目が回りすぎてまた気持ち悪くなってきていた。

向こうの方から別のコーヒーカップが迫ってきた。

そしてそのコーヒーカップも有り得ないスピードで回転していた。

「ヘイ、シズク!また戻ってきたのカイ!?」

「あら、キャサリン、久しぶりね。今日はたまたまよ」

………誰だよ!

ってかよく会話できるなこいつら。

「そっちのボーイは?」

「同僚の鳴神さんよ」

「フーン、てっきりシズクのイイ人かと思ったワ」

「何言っているのやら」

「お喋りはもう充分ね」

「そういうことよっ!!」

雫のコーヒーカップのスピードが更に上がる。

キャサリンはコーヒーカップを回すと同時にハンドルを上げたように見えた。

超回転する雫のカップ。

上空から回転しながら落ちてくるキャサリンのカップ。

……………落ちるってアンタ。

「シズク!あの日の決着ココでつけるわヨ!」

「望むところ!昔のままの私ではないわよ!」

「ワタシダッテェェェッ!!」

交錯する音、衝撃、想い……。

なぜ彼女たちは闘うのか……。

なぜ彼女たちは回すのか……。

輝く未来を求めその身を犠牲に今…………

彼女たちは光となったのだ!!

「シズク……楽しかったワ……」

「ええ、私もよキャサリン……」

「フフ……やっぱりあなたハ強かった」

「あなたもよ、今のは運だった……」

「あなたの勝ちに、かわリハないワ。アリガトウ、シズク」

「私こそ、ありがとう。またね……」

「エエ、また……必ず」

小さな衝撃があった。

キャサリンをカップから弾き出す、激しくそれでいて優しい衝撃。

雫は、満身創痍になりながらその手に勝利を収めたのであった……。



「じゃあネ〜シズク、また遊びましょ」

「うん、さようなら」

二人は固く手を握り合いながら笑いあっていた。

嗚呼、美しきかな友情なり。

もうつっこむことが多すぎたので俺は何も口に出さずにいた。

その後、俺達はご飯食べたり他のアトラクションに乗ったりして楽しんだ。

当初は憂鬱げな雫の雰囲気も今は明るく快活になっていた。「それじゃ、次はどこ行きます?」

夕方ごろか…そろそろいいかもな……。

「観覧車、乗ろうか」

静かな時間が流れる。

お互い沈黙したまま。

だけど昨日のような気まずい雰囲気は無かった。

「今日は楽しかったですね」

微笑みながら俺を正面から見る雫は夕日にも照らされてとても綺麗だった。

「そうだな、コーヒーカップは別次元だったが……」

「私、こんなに楽しかったの、きっと初めてです」

「それじゃ、もう一つ初めてをあげようかな」

俺は後ろ手に隠していたプレゼントの感触を確かめた。

「やっやだ、はしたないですよ!」

雫はなにか勘違いをしているようで目の前で両手をぶんぶん振っている。

「雫、誕生日おめでとう」

雫に俺が作ったぬいぐるみを覆っている袋を渡した。

「え、あ、は、はい……ありがとうございます……」

「一日遅れだけどな……よかったら開けて見てくれないか」

「はい、ありがとうございます……」

たどたどしく袋を開け、中身を出す。

「あ……こ、これ」

「似てないと思うけど、それしかないと思ったからさ」

それは目の位置も少しおかしく、所々糸が少しほつれていたが雫には気にならなかった。

雫は鳴神の方を見ると今まで気付かなかったが指の至る所に針での刺し傷を見つけた。

「鳴神さん、本当に…ありがとう……」

彼は本当に明るく笑った。

家に篭っていたのもこれを作っていたのだと雫には分かった。

そしてそれを言わない、そんな彼に雫は惹かれているのだと自覚した。

雫はもう気付いてしまうと自分が止められなかった。

「あの、鳴神さん……」

「ん?」

「わ、私……鳴神さんが」

ガリガリガリガリガリガリガリガリガリ!!!

「っ!!なんの音だ!!」

「あ、あれ!!」

そこには最初に乗ったジェットコースターが遊園地内を飛び回り暴れていた。

「幸い園内の人は避難できたようですね」

「コースターにも誰も乗ってないしな、好都合だった」

鳴神は懐から小型の銃を出し観覧車の扉越しに構える。

「うーむ、射程が掴みにくいな」

「外に出ましょう」

鳴神は身体能力で、雫は式神でそれぞれ降り立った。

「いるな」

「丁度、先頭部分ですね」

コースターの先頭部分には薄ぼんやりとした人間が腰掛けていた。

「大方、地縛霊の類だろうが……」

ダンッと鳴神は一発地縛霊めがけ撃ったが弾は霊に近づいた所で砂になるように消えてしまった。

「やはり護身用だから威力が低い。あのレベルになるとこれでは役立たずだ」

「私の符も近づかなければ使えないし……」

「っつ!来たぞ!」

まるで蛇のように動きながら周囲のものを破壊しながら突っ込んできた。

「ったく、妖もココで遊べば浄化されるんじゃねぇのかよ」

まだ憎まれ口をたたく元気はあるらしい。

もらったぬいぐるみを握り雫は思いつく。

「鳴神さん、銃弾に私の符を巻いてみるのはどうでしょう?」

「……しかしそれでは……」

「任せてください」

「……頼んだ!」

雫は数枚の符を鳴神に渡し、地縛霊に正面から向き合った。

銃弾に符を巻く。

この行為をする際、必要になるのが霊力を込め銃弾と符を交ぜるための『溜め』である。

そのまま巻いたのでは結局個別のままなので銃弾は消え、符がその辺に舞うだけだ。

そうならない為の『溜め』

これはいくら鳴神といえどもそれなりに時間がかかり、しかも無防備になる。

雫を信頼していなければ出来なかっただろう。

そして雫も鳴神がやってくれると思っていなければ囮役はやらなかっただろう。

雫はいつもより力が湧いてくるのを感じた。

動きがしっかり見える。

互角にコースターの霊と闘っていた。

だからといって霊対人には限界がある。

体力が無くなれば当然動きは鈍くなる。

「はっ、はあっ、はぁっ……」

息が荒くなってきたところにコースターが最後尾の部分を尻尾のように雫へ薙ぎ払ってきた。

「がっ!ぁう……!」

なんとか式神で防御し威力は和らげたものの立ち上がることが出来なくなっていた。

コースターがゆっくり近づいてくる。

雫はなんとか逃れようと身を捩るが思い通りにいかなかった。

だが急に雫はコースターをじっと見据え大きく深呼吸した。

「…………………遅いですよ」

「わりいな、交代だゆっくり休んどけ!」

コースターの向こうから夕日を背景に叫び、撃った。

銃弾は幽かに光りながらコースターの真ん中から半分をぶち抜き後部を止めた。

コースターはバランスが崩れたのだろう、その場でもがいていた。

「凄い威力……」

「雫が頑張ってたからな。いつもより本気出した」

そんなことを言う。

でもそんなところもいいな、と思う。

鳴神は雫の横に立ちコースターに狙いを定める。

「じゃあな、次は頑張れよ」

彼が最後に放った弾は光を散らしながら飛んでいった。

コースターの霊は安らかな顔をして光の中に吸い込まれていった……。



「立てるか?」

「ええ、い痛っ」

「しょうがないな、よっ」

鳴神は雫を背中におぶった。

「あ、いや、そんな悪いですから!降ろしてください」

「怪我人がつべこべ言うんじゃないよーってな」

「………重くないですか?」

「力士程度?いででっ!つねるなつねるな」

「もうっ……ふふ」

「ははは」

俺達はそんなやり取りをしながら帰路についた。

「ご苦労様です。まさか出てきてすぐに対処なさるとはさすが鳴神様」

「俺だけじゃ無理だったよ、雫もいてくれたからな」

横目で雫を見る。

いつもより表情も明るい。

帰ってからは雫を医療班に任せ事後処理を俺でやってきた。

珍しくじじいのお小言につき合わされなかったのは良かった。

そして今、寮員専用の病院の一室にいる所だった。

要は雫の見舞いだ。

「大したことなくて良かったな」

「あと二日もすれば完治だそうです」

「そっか、それはそうと気になってたんだが」

「はい?」

「観覧車の中にいた時なんか言おうとしてなかったか?」

「……………なんだと思います?」

雫は微笑んだまま訊いてきた。

「そうだなぁ……まだ遊び足りなかったとか?」

「そんな感じです」

顔いっぱいに雫は笑った。

可愛いなと鳴神は思った。

「じゃぁ、俺はこの辺で」

「はい、お気をつけて」

「おう、ああそうそう」

「?……忘れ物ですか?」

ドア近くにいた鳴神は雫の所まで戻ってきて右手を差し出した。

「これからも、よろしくな」

「……はい、よろしくお願いしますね」

そうして鳴神は帰って行った。

「いつか、あなたから振り向かせたい」

雫は告白をしてもなんとなく駄目な気がしていた。

それは女の勘であり、見事に的中しているわけだが。

「あの人から選ばれる。それが私の今の夢、なんてね」

雫は一人頭を掻いて照れたりぬいぐるみを抱きしめたりしながら眠りについた。



「(結局一年経っても相変わらずだなぁ)」

「しーぽん……苦労したんだねぇ」

なぜか凛は泣いていた。

「しーぽんもアイツも鈍感だからハラハラしてたけどそういう風に落ち着いたか」

「り、凛、私が鳴神さん好きって事は内緒だよ?」

「なに言ってんの、寮の皆はもうほとんど全員知ってるよ」

「え゛」

「だっていつもの言動とか……ま、決定的なのはおんぶで一緒に帰ってきたやつだよね」

雫は固まってしまった。

凛によるとどうやら私服で出ていたことも一つの要因らしい。

それで雫を狙っていた一部の陰陽師が鳴神とやけに組み手をしたがったとかなんとか。

「うううー……」

「大丈夫だって、知られてるだけでそんな害は無いでしょ」

「は、恥ずかしいですよ」

凛はグッと親指を立てて

「ガンバレ!」

と言った。

「(もう好きにして……)」

ビービービービービービービービー

突然、警報の音がけたたましく鳴り響く。

「敵!?」

「やーもー、せっかく汗流したのにぃ」

ぶつぶつ言いながら撃退のために走る凛。

「どっちが先に着くか勝負ねしーぽん!」

「(切り替えの早い良い性格だなぁ)」

雫はぬいぐるみをぎゅっと握って駆け出した。

「がんばろうね、セート」






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― 新着の感想 ―
[一言] 小ネタの使い方が上手いなあ、と思いました。 ツッコミどころもあり、面白かったです。
2008/08/18 00:53 合衆国ニッポンポン
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