16.終結
「魔物も片付いたか」
石島さんからの連絡があった。
出現した魔物は全て処理したようだ、どれも小型ばかりなのが助かったね。
大型が出ていたら大混乱は免れなかった。
遠方からのパトカーの音はこちらへ向かっているのだろう、騒動は収束に向かっている。
「けどエヴァルフトはどこにいるんだ? つーかあいつ何者?」
「すみません、私もあの方が何者かは存じ上げません。素顔すら見たこともなく……」
そうか。
それはいいとして、セルファが俺の左腕に絡まって少々歩きづらい。
もうがっちりと、そりゃもうプロレスでもさせたらいいとこいけるんじゃないかってくらいがっちり掴まれてる。
腕に頬ずりまでしてくる、さっきまでのセルファはなんだったのか。
「英雄様」
「ん?」
「その、ですね」
「どうした?」
「大地も、治しました」
「ああ、ありがとう。助かったよ」
「で、でしてね? 頬、への接吻は、いつ頃なのかな~と」
「君は迷惑をかけすぎた、ちゃんとその償いをするまで駄目」
「は、はいぃ……」
思ってみれば。
彼女の扱い方は実に簡単なのだ。
ちゃんと彼女を受け入れてやって、そんでもってご褒美を用意すればこうも従順になってしまう。
俺とて、別にセルファのことが嫌いなんじゃあない。
ただ、思い返してみればまあ色々とやばい子だなって思っただけで。
「セルファ、苑崎さんとは本当になんにもないから彼女を見ても冷静でいろよ?」
「…………かしこまりました」
何その妙な間。
まあいい、苑崎さんを迎えに行くとしよう。
管理棟には行くや管理人さんは不在。
騒動を聞いて外に出て行ってしまったのか。
苑崎さんはどこにいるかな。
「苑崎さん、大丈夫か!」
「うん」
物陰でこちらの様子を伺っていた、天敵を見た猫のように警戒心がむき出した。
「もう大丈夫だよ、彼女も落ち着いたから」
「……」
「先ほどは失礼いたしました、苑崎様」
セルファから歩み寄り、言葉をかけるが、
「……」
苑崎さんの反応はいまいち。
「仲直りの握手をしましょう?」
いいぞセルファ、その調子だ。
「……」
苑崎さんは無言の握手。
互いにぎゅっと握り合い、握り合い、握り合い……長いな。
「おやぁ? どうしてそんなに力強く握るのです?」
「……貴方は彼を、不幸にする」
「だ、誰が不幸にするですってぇ!?」
「貴方、馬鹿阿呆ヤンデレぼけなす女」
「い、言ってくれるじゃないですかこの根暗女!」
二人の間では握手だけで戦闘が始まっているようだ。
「はいはい離れて離れて」
この二人は相性が悪そうだ。
「ふぐひっ!」
苑崎さん、離れた途端に隙をついてセルファに肩パン。
「ふふっ」
「ふふっ、じゃないですよ何しやがるんですかこんちくしょう!」
すかさずセルファは苑崎さんに水平チョップ。
「ぇふっ」
「ざまぁみろです!」
「ざまぁ、じゃない」
反撃の追撃肩パン。
「ぬぁは! や、やりましたね!」
「こいよセルファ、武器なんか捨ててかかってこい」
「野郎ぶっ殺してやああるぁ!」
「コマ○ドーやめろ」
両者に頭へチョップ。
彼女達の相性は相当悪いようだ。
こういうのを犬猿の仲というのではないだろうか。
「セルファ、人様に迷惑はかけないの」
「はっ、私としたことが……もうしわけございませんっ」
深々と頭を下げる。
「……かわりすぎて、きもい」
「どりゃあ!」
「んごっ」
だが、苑崎さんが何か棘のある言葉を呟くたびに彼女は手が出てしまう。
「てや」
「あひゅっ」
反撃は喉に親指をめり込ませる。
苑崎さんも苑崎さんで、やられたらやりかえしてしまうから困ったものだ。
「英雄様! この方は見かけによらず乱暴で失礼です!」
「浩介、こいつ、危険」
「二人ともとりあえず冷静になろうよ」
彼女達は離れ離れにしとかなきゃ駄目だな。
間に俺が入って一先ず移動。
その際も殺気が俺の左右を行き来しているものだから居心地が悪かった。
「石島さんっ」
「そっちは大丈夫だったか?」
何人か怪我はしていたものの軽傷で済んでいるようだ。
「はい。彼女も落ち着いてくれたので、もう大丈夫です」
「あの、えっと……取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」
「随分と雰囲気が変わったな」
「本来の彼女に戻ったというのが正しいと思います」
本来なのかはさておき。
彼女が冷静になった状態であれば人畜無害。
今も俺の腕に絡みついた大蛇のように引っ付いている。
「だが君がしたことは、許されることではない」
「処罰は如何様にも……」
今日もこの公園での騒動は被害を及ぼした。
とはいえ魔物の召還は彼女が行っているのではない、エヴァルフトが行っているのだ。
セルファと仲直りした今、彼女が魔物を出す理由もなくなった。
しかしどういった理由でこのような行為に及んだのだろうか。
それを聞くにはやはりセルファから、だな。
「私は周辺の安全確認をしに行く、近くにパトカーを用意しておいたから浩介君達はそこに行ってくれ。治療も行える」
気がつけば、俺達は擦り傷だらけ。
あんな激しい戦闘だ、怪我をしていないほうがおかしい。
「はい、分かりました。あの、エヴァルフトは?」
「あいつか、奴はまだ姿を現さん。奴の捜索も必要になるな」
石島さんは言下に駆け出して行った、忙しそうだ。
これも俺達のせいなんだがね。
近くのパトカーは公園の出口付近にある模様。
隊員の一人がこっちに手招きしてくれたおかげで分かりやすかった。
「なあセルファ、どうしてエヴァルフトは君に協力を?」
「さあ……私はただ英雄様の世界に行きたいと願っておりまして、そこから……気がついたら、あの方と出会っていて、どうしてか異世界に行けていて、あ、あとフェイとはぐれて」
「私ならここに」
「うおっ!?」
すぐ隣にいた。
君さあ、もう少し心臓に悪影響を及ぼさない登場のしかたなかった?
「私は時間のズレがあったために早めにこの世界に来ておりました、大変でしたよこの世界で一人で過ごすのは」
「まあそうだろうね」
「あとマッチョに悪い人はいないですね」
「マッ……え、マッチョ?」
「いえ、お気になさらず」
気になるなあ。
「フェイ、お久しぶりです」
「セルファ様、ご無事で何よりです。相変わらずのようで。今は病んでいない状態でしょうか」
病んでる状態と病んでない状態で彼女の現状を判断しているのかね。
まあそれは分かりやすいけど。
「常に病んでる上にやばい、隔離必要」
「貴様、何を言いやがりますか!」
苑崎さんの言葉には瞬時に反応するセルファ。
火と油が毎回踊り狂ってる状態はどうやって解決すればいいのだろう。
暫しの時間が過ぎた。
フェイは石島さん達と共に魔物が他に出現していないかの確認をしにいき、俺達は一旦アパートに戻ることになった。
苑崎さんはセルファがいるからかご機嫌斜めで自分の部屋に戻ってしまった、飯時になったらまた来てくれるかな?
「ここが英雄様の……」
「なんでいきなり深呼吸し始めるの?」
彼女を俺の部屋に入れてやったのはいいのだが妙な行動が多すぎる。
「これが英雄様のお眠りになっているところ……」
「なんで枕に顔をうずめるの?」
動かないもんだから引っ張り出す。
満足そうな表情だ、とりあえずじっとしようよ。
「エヴァルフトは結局見つからず、か」
「ふぅ」
ふぅ、じゃなくてさあ。
「あ、そうですねっ! 彼女には英雄様全盛期作戦の終了をお伝えせねば」
「そんな作戦名がついてたんだ……」
しかも最後は作戦無視して俺を殺しにかかったよね君。
「申し訳ございません、連絡手段は持っておらず、あの方がどこにいるのかは……」
「いや、いいさ。そのうちひょっこり現れるかも」
大体検討もついているし、正体よりも居場所さえ分かればそれでいい。
「しかしこうしてゆっくり二人でいられるのも久しぶりだね」
「ええ、あの頃を思い出します」
異世界ってさ、結構ゆっくりできる時間が多くてセルファとはこうして過ごしてたっけ。
といってもテントの中が主だったが。
「この世界の技術は素晴らしいですね、水も出るし立体的に住居を作れるし、移動手段はどれも速いものばかりですし」
「まあね、でも魔法はない。その差は大きい、だから今回君達が暴れたとき、苦戦したし、被害も出た」
「ご迷惑をおかけしました……」
「こんな騒動は二度とするなよ」
「はい、それはもう」
すぐさま腕に絡み付いてくる。
「貴方様が、私のそばにいるかぎり、今後一切」
「頼むよセルファ」
これで丸く収まる――というわけにもいかないだろうなあ。
そのうちセルファは警察に呼ばれるだろうし、異世界についても色々と聞かれる。
俺も彼女についていこう、彼女の罪は俺の罪でもある。
「何か作るか」
「英雄様、それは私がっ」
「いやね? 君から色々と教えてもらったおかげで料理や家事が得意になったんだよ。作らせてくれ」
あと君が作ると料理に何か混入されるからな。
「なんとっ。光栄でございます、英雄様」
てなわけで台所へ。
「あの」
「はい?」
「動きづらいよ」
腕に絡みつく人形、昔あった気がする。
それを思い出すなあ。
「これは失礼しました!」
今日はオムライスといこう。
料理を作っている間彼女がずっと隣で俺の顔を眺めていたから集中できなかったが、なんとか作れた。
懐かしいなあ、こうしてずっと見られたりするのは。
君と一緒にいると異世界での思い出が蘇るよ。
「美味しゅうございます! こちらの世界の料理はどれも素晴らしいものばかりですね!」
「君がこの世界にいる間は何を食べてたんだい?」
「えっとですね、ぎゅーどんとからーめんとか、かつどんなどなど!」
「どれも代表的なものだ、いいよねこの世界の料理は。けど、お金はどうしたんだい?」
「エヴァルフトが持っておりました、いちまんえんなるものを束で」
何者なんだあいつぁ。
それより。
そろそろかな、と思った時――扉をノックする音が聞こえた。
苑崎さんに違いない。
「やあ、君の分は作って――」
「もう一人分頼めるかな?」
苑崎さんじゃ、ない。
こいつは……。
「エヴァルフト!」
イグリスフを出して構えた。
だが相手は戦う気ではないのか、動きはない。
「物騒だな君は。もう戦いは終わったんだ、平和的にいこうじゃないか」
「平和的にいくかはお前次第だ」
「私としてはもう十分に楽しませてもらった、満足している」
「楽しませてもらっただって? お前……」
言下にエヴァルフトの頭へ拳をめり込ませた。
「ぁ痛っ!」
「とりあえず、入れ!」
「なんと乱暴な英雄だこと」
「今はニートだし」
エヴァルフトを中に入れて、座らせるとした。
敵意も見られない、こちらに従うがまま、なんかオムライスを食べようとしている。
食べるにはその布を取らなきゃならんだろう、早く素顔を見せろよ。
「エヴァルフト、どうしてここに?」
「だって私だけ逃げてても意味ないしねー」
「最初の頃と雰囲気が随分と変わりましたね」
「んーまあ、ちょっとした演技。疲れる疲れる、素の状態のほうが気楽でいいわ。そんじゃ、いただこうっ」
布を取る。
こいつの素顔がようやくあらわになるわけだ――
「……お前」
金髪に青い瞳、幼さの残る体躯……。
どこかで、見たことのある顔。
「これがおむらいすか……すーんごく美味いぞ浩介!」
「トゥルエ、お前だったのかよ」
「暇を持て余した、神々の、あそ」
「やめろや」
神様の頭にチョップをかます。
「こ、この方が神様ですか!?」
セルファは神様――トゥルエとは面識がなかったな。
「私が神でーす、よろしこ」
軽いなおい。
あと食べながら喋るな。
「なんでこんなことをしたんだよお前」
「だってこの子がお前に会いたがってたし、ちょっと面白いかなって思って」
「そんな軽いノリの結果がこの騒動だぞ、分かってんのか?」
「正直すまんかった、反省はしていない」
「お前飯食い終わったらビンタだからな」
「ちっ、反省してまーす」
「さっきからネタの垂れ流しやめろ」
さてはお前、結構前からこの世界何度か来てるな?
「まあ正直私の暇つぶしが招いた結果だったのだが、お前達は今に満足はしていないのか?」
「私は大満足です」
「俺はちょいちょい不満があるし早くお前をビンタしたい」
「こいつこわっ、幼女虐待とかこの世界だと逮捕ものだぞ」
年齢は万を超えてる上に中身はおっさんくさいくせに何を言ってるんだこいつ。
「これまでの被害も私の力できちんと修復しておいたから安心しろ」
「助かるが、こんなむちゃくちゃな絵図を描いてたのはお前だろおい」
「君だって責任があるんだぞ、忘れてもらっては困るな~」
あームカつく。
このまま羽交い絞めでもしてやろうかこいつ。
「おや、お客さんがまた来るぞ。おむらいすの用意だ!」
「お客?」
ああ、苑崎さんか。
どういう感覚なのか、彼女には誰が来るかなど先のことがすぐに分かってしまう。
予定通りというべきか、苑崎さんはノックをしてくる。
「増えてる」
「あれは、異世界の神様だ」
「……なるほど」
納得してくれたの?
というより非現実なことが多すぎて納得せざるを得ないか。
「ちっ、来ましたね」
「来たけど何か?」
「おいおい飯を食うときくらいお互い落ち着こうよ」
しかしなんだこの光景。
決して大きくないちゃぶ台をセルファと苑崎さん、そして神が座っている。
「十分後に二人やってくるがおむらいすはいいのか?」
「二人?」
浮かんでくるの――飛鳥と姉ちゃんか。
「作っておくか」
飛鳥は食べないかもしれんが姉ちゃんは絶対夕飯目的でやってくる。
「みんなは大人しく食べててね、特にセルファ」
「は、はいっ」
つーかこれ以上人が増えると部屋もさすがにぎゅうぎゅう詰めだな。
あと飛鳥が来たらまた面倒なことになりかねないなあ……。
追加のオムライスを作っている途中、時計を見ながらそろそろ十分だな、と思いつつ後ろを見る。
セルファ達は料理を食べ終えるや片付けをしてテレビに夢中になっている。
苑崎さんとの喧嘩が心配されたけど、杞憂に終わって一安心だ。
「よし、と」
オムライスを作り終えると同時に、
「浩介、いるんでしょ? 入るわよー!」
飛鳥の声。
この室内を見てどう思うだろうか彼女は。
「おじゃまし……」
「これはこれは」
「ども」
「お嬢ちゃん可愛いね、何歳? 何処住み? 異世界行ったことは?」
いかん、飛鳥が固まってる。
「うわーお女の子いっぱい連れ込んでハーレムね!」
余計な奴も来た。
変なこと言って状況を悪い方向に持っていかないでおくれ。
「うむ、確かにハーレムだな! 浩介ったら、よくばりさんで困るねえ」
「私は英雄様の愛があれば、それで」
「……部屋が狭くなる」
君達言いたい放題だな。
「……浩介」
「はい」
ぎぎぎっと首が動き。
彼女の手のひらは、俺の頬に。
「んぐはぁ!」
強烈な一撃だった、異世界でも中々食らわなかったなこの威力は。
「いっぺん死ね!」
「あ、飛鳥、その、違うんだ!」
踵を返して彼女はそのまま部屋から出て行ってしまった。
「あーあ、飛鳥ちゃん怒っちゃった」
「浩介よ、もう少し女性について学んだほうがいいぞ?」
「英雄様、大丈夫ですか!? あの女、実に凶暴ですね! 今後近寄らないほうがいいです!」
「……どの口が、言う」
「なんですってぇ!?」
「浩介、それよりお腹すいたわ!」
こいつら……。
「お前ら、静かにして……」
今になってトゥルエが現れたのは、どうやらセルファに帰るかどうか、それか俺が異世界に行くかどうかを聞きに来たらしい。
俺としてはこの世界より異世界のほうが過ごしやすい、あっちだとここにはないものがたくさんあるからな。
でも、ここはここで、異世界にはないものがたくさんある。
何より、この世界には家族が、友人がいる。
だから俺は、残ることにした。
そしてセルファも、当然ながら残る。
また一緒に暮らす、その約束もあるしな。
俺が言い出したのもあるから責任を持って彼女と一緒に過ごそうと思う。
あ、ちなみに。
トゥルエはフェイにも帰るかどうか聞いたらしく、フェイの決断は――意外にもこの世界に残るとのこと。
生活も十分できているらしい、俺と違ってどこでも適応するなあいつは。
「英雄様、今日はどこに行きますか?」
「今日は石島さんに呼ばれててね、なんでも魔物が出てきたとか。やっぱり異世界とこの世界を繋ぐ穴でもあるっぽいんだ」
「なるほど、では私もご同行しましょう!」
あれから。
セルファとは楽しくやっている。
夕食となると苑崎さんが来て二人とも毎回口喧嘩を始めるけどね。
そんでもってたまに来る飛鳥、そうなると三つ巴で口喧嘩だ。
しかしそれなりにこの生活は楽しい。
これからまた色々と面倒なことに巻き込まれるかもしれないが、今はこの素晴らしきニート生活を満喫するとしよう。
ああ、自分はなんて駄目な英雄なんだ。
まあいっか。
今まで読んでいただき誠にありがとうございました。
続編については考えておりません、そのうちまた何か新作を出すと思いますのでそのときにはまた読んでいただけるよう質を高めていきたいと思います。ではでは