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15.交し合う、言葉と__

「お待ちください!」

「待たないよ!」


 この状況、どうしようか。

 苑崎さんの逃げ足は大したものだが、肝心の体力が追いついていない。

 体力切れで彼女が動けなくなる前に彼女をどこかに隠しておく必要がある。


「どこですか! 出てきてください!」


 ようやくセルファが俺達を見失ってくれた。


「う、運動、不足が、たたった」


 苑崎さんをこれ以上逃避行に付き合わせるわけにはいかないな。

 この建物、管理棟か……中に人がいるかは分からないが利用しない手はない。


「君はこの中に隠れてて」

「でも」


「セルファは俺が引きつけるから。大丈夫、心配しないで」


 笑顔を浮かべておく。

 彼女には心配させたくない。


「こっちだセルファ!」

「嗚呼、英雄様!」


 予想通り俺には一直線で向かってくるな。

 分かりやすくて助かる。


「英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様英雄様」


 怖いわあ……。

 広い場所に出た、周囲には誰もいない。

 ここでなら、思う存分やれる。


「英雄様、どうか私と共に死んでください」

「それはちょっと……」


「私達の未来をようく考えた結果なのです」

「そっからさらによーく考えよう!」


 ああ、彼女の目がもう死んでる。

 彼女との戦いはもはや逃れられない。

 思えば、刃を交えたのはいつ以来か。

 最初の頃は力試しと戦ったことはあったがあれは本気じゃないしな。

 修行を終えた頃には彼女は俺にべた惚れだったし。


「セルファ、教えてくれ」

「はい、なんでもお答えいたしましょう」


「こんな俺のどこに惚れたんだ?」

「そうですね、貴方の優しいところ、気遣いができるところ、強いところ、敵であってもいい人ならば取り込んでしまうところ、心も強くくじけないところ――」


「あ、うん、分かった分かった」


 俺にもそんな部分があったのかねえ。

 自分ではそんなに自覚はないが。

 人に優しくしてしまうところは、言われてみれば確かにといったところだ。

 今もセルファをどうにか救えないか模索してしまっている、刃を向けられているというのに。

 自分は優しいというより、甘いのかもね。


「英雄様は、私をもう愛してはくれないのですか?」

「分からない。そんな感情が芽生えていたことさえも」


 どうなんだろう、よくよく考えてみれば彼女が相当病んでるのはようやく気付いたけど。

 それでも嫌いという感情は沸いていない。


「やはりあの女が、英雄様の心を揺るがしたのですね」

「彼女は……さあ、それも分からないね」


 いい子で、守ってやらなくちゃいけないような、危なっかしい子。

 でもそんな彼女に、好きという感情は沸いているか?

 曖昧だ、何もかも。

 その結果、今がある。

 分かってる、全部自分が悪い。


「住む世界が元々違う、いつかは離れ離れになる、それは十分理解して割り切ったつもりでした」


 彼女は涙を流していた。

 自分の感情を抑えられないのだろう。


「それでも私は貴方に救われ、貴方を愛し、愛しつくそうとしました」

「感謝してる」


「貴方と離れ離れになって、私は懸命にこの世界へ来る方法を探したのです。また貴方と共に過ごせる日を夢見て」


 まさか本当に来るとは思わなかったが。


「ようやく英雄様を見つけて、でも貴方は牙を抜かれたようにただただ日々を過ごすような生活」

「ぐっ、反論できない」


「私は貴方に、昔の貴方に戻って欲しいと……」

「それも魔物を召還した理由の一つか」


「はい――」


 すると――セルファは動く。

 右足が一歩、彼女は右利き、軸は左足からのはず、ならばあの一歩では攻撃に転じてこない。

 二歩目が来る前に俺は防御の姿勢。

 彼女が二歩目を踏むと同時にナイフが飛んでくる、その速さは目でなんとか追えるほど。


「くっ!」


 これほどまでに、彼女の攻撃は鋭かったか?

 事前に予測して動いていなかったら肉を斬られていたかもしれない。


「全ては英雄様のために、それなのに今度は女を連れ込んで!」


 二撃、三撃、追撃の手はやまない。


「いつからそんな堕落体質になったのです!」

「こっちはこっちで、大変だったんだよ!」


 頬を掠る。

 腕を掠る。

 太ももを掠る。

 彼女の攻撃は実に的確、少しでも反応が遅れれば掠るだけでは済まされない。


「嘆かわしいです、でもいいの、貴方を殺せばこれ以上堕落することもない。そして私も死んで共に死後の世界へ参りましょう。ああでも少し待ってくださいね、あの女を拷問して殺すまで時間が掛かると思いますので」

「先ず殺す死ぬの思考から離れようよ!」


「でももう決めてしまったことなのです、仕方ないですよね」

「仕方なくないよ!」


 大剣で攻撃してしまうと下手すれば彼女に大怪我を負わせてしまう。


 反撃できる隙はある。

 あるのだが――どうしても躊躇してしまう。


「――やはり、本気の貴方には敵いませんね」


 彼女の小剣を弾き、俺は首へイグリスフ大剣を突きつけた。

 多少鈍っていてもまだまだ俺のほうが強いのは、分かりきっていたことだが。

 これほどまでに苦戦するとは思わなかった。

 息も荒い、整えるまで少し時間が掛かるか。

 彼女は小剣以外での戦いは魔法しかない、だがこうも近接では魔法も役には立たない。

 小剣さえ封じてしまえば戦闘は終わりだ。


「貴方に殺されるのならば、本望です」

「殺さない、殺せないよ」


「何故ですか、私を愛してはいないのなら殺せるでしょう? じゃないと、いつか私は貴方か、彼女を殺しにきますよ?」


 イグリスフを下ろす。

 攻撃できる手段はもう彼女には何もない、今なら無力――


「甘い。甘いですねえ、今の私は無力、と思っているでしょうが」

「何っ!?」


 地面にいつの間にか魔方陣が出現していた。

 そこから出てくるは、魔物――それも上級だ。


「飼いならしてたのですよ!」


 獅子のような体格、角もあり四足で立つ魔物は、ギルガ。

 相当苦戦した相手だ、けど人に仕えるなんてそんなことが出来たのか!?

 彼女はギルガに乗り、手綱を引く。

 交代して最初の前足の攻撃をかわすが、風圧だけで姿勢を崩してしまう。


「や、厄介な……」

「さあギルガ! やってしまいなさい!」


 俺を殺すためにここまでするか!?

 人を乗せるギルガなんてはじめて見たぜ、あの猛獣、どうやって飼いならしたんだよ、この世界だとライオンに乗るくらい無理な話なのに。


「英雄様、ギルガに食べられても胃の中で一緒になれますので心配しなくていいですよ!」

「そこの心配はしていない!」


 ギルガは口から火を噴く、周りの木々に移ったら大変だ。

 ここら一帯焼け野原になるぞ。


「くそっ、少しは落ち着けよ!」

「落ち着いておりますとも!」


 ギルガに一閃するもギルガの扱い方は慣れたもののようで、くいっと手綱を引いて俺の攻撃をかわさせていた。

 ギルガを倒すのも難しいかもな。

 だが長期戦になった場合、周囲がどうなっているのかは予想するまでもない。


「君って奴は、まっすぐすぎるようで歪みまくってるな!」

「ありがとうございますぅ!」


「褒めてない!」


 駄目だこいつ、早く何とかしないと。

 どっかにデス○ートでも落ちてないかな。


「今思い返せば君は異常だったよ!」

「どこが異常だというのです! 全て私の愛情ですよ!」


「俺を殺そうとしているのもか!」

「そうです、私の愛です!」


 受け取れないです。

 しかしどうする、優秀な騎手付きのギルガはすんなりとは倒せない。

 周りに人が集まってくれば被害が大きくなるかもしれない。


「普通人の食べるものに血を入れるか!?」

「私の愛が込められた血ですよ! 美味しいに決まってるじゃないですか!」


「その思考がおかしいんだよ!」


 おっと。

 これは、イグリスフ小剣。

 拾っておくか、大剣を使っている間はこいつを使う余裕は無いが。


「異世界で他の女の人がさあ、俺に話しかけたと思ったら次の日には俺を避けるようになったのも君が原因だろう!?」

「泥棒猫は英雄様に近づけません!」


「ただ会話しただけでも何か手回ししてたのか!?」

「勿論ですとも、下心丸出しでしたから!」


「そういうのやめろよな! 馬鹿セルファ!」

「まあなんて酷い! 全て英雄様のためなのに!」


「それが迷惑だっつーの! 苑崎さんとだって恋人関係とかそういうのじゃねえんだから!」

「後々そうなるのでしょう!? 私を捨てて!」


 ギルガが戸惑っている。

 俺との言い合いに入ってから手綱をまともに動かせていないのだ彼女は。

 前へ出ると同時に、彼女はようやく手綱を動かすも遅れている。

 ギルガの炎撃――二発、三発、四発。

 地面がえぐれるもかまいやしない。

 ここは小さいグラウンドっぽいし土はきっと均せる、はず。管理人さん、すまんね。


「くっ、流石ですね! しかし――!」

 彼女はギルガへ魔力を送っていた、ギルガの周辺に光が帯び始める。

 何かどでかい魔法を、ギルガを通して放つつもりか!


「炎撃魔法、コゴウオウラ!」


 ギルガは前足を地面へ叩きつけるや、地面が赤くなる――地中から炎を噴出す魔法か!


「頼むぜイグリスフ!」


 大剣を地面へ刺す、めいいっぱいの魔力を込めて。

 魔法に対してイグリスフを通した魔力による衝撃、ぶつかり合えば――爆発だっ!


「うくぅ! こ、こん、な――!」


 思った以上の爆発だった。

 セルファはギルガごと吹き飛ばされ、俺も宙に投げ出された。

 大剣は地面に刺さったまま、だが小剣がまだある。

 小剣を持って、ギルガの頭上へ着地。

 手綱を切る。


「セルファ、君は本当に困った奴だよ」

「そうさせたのは貴方ですよ、英雄様」


「ああ、そうだな」

「私の愛情を受け取ってくれないから……」


「いや、だってさあ。魔物出して俺を活躍させるとか、昔の俺に戻すためとか考え方がおかしいだろ。馬鹿だよ馬鹿!」

「馬鹿馬鹿言わないでください! 貴方こそ馬鹿です! 働かずにぐうたらな生活! 情けないと思いませんか!」


「うぐっ……」


 そりゃあいつも情けないとは思うさ。


「そのうち本気出すから!」

「本気を出すなら今すぐに、でしょう! てれびというもので、男の人が言っておりましたよ。いつやるか、今でしょ! って」


 塾の人をここで出すなよ。

 あと特有のポーズするのもやめてよ。


「ったく。こうなったら……」

「私を殺して、あの女と共に幸せな生活でも送りますか? 子供は何人作る予定です? 名前も決めておいたほうがいいと思いますよ」


「そんなつもりはない」


 決めた。

 この騒動の解決のためにも。

 俺のやるべきことは――


「セルファ、また一緒に暮らすか」

「えっ?」


 額に口付け。


「あ、はぇ」

「人様に迷惑をかけなければ次は頬、最後は、な?」


「はわっ、え、英雄様ぁ……」


 見る見るうちに顔が真っ赤になっていく。

 こういうところは可愛らしくてなあ。


「ギルガ、戻して」

「はぃい……」


「よし、この惨状、少しでも治していくか!」

「はぃい…………」


 ……なんとか、なりそうだ。

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