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10.やばい系の方

「魔物討伐班、か」


 何十にのぼるページ数、今俺が所属している班について記されている。

 所属、といっても表向き俺は討伐班にはいないことになってるんだけどね。

 凶悪な魔物を倒せれば給料にも色がつくし、街も平和になる。

 お互い悪いことはないが、俺の正体だけは知られないように隠密に動くこと、と。

 なので飛鳥にイグリスフは見せちゃ駄目だしお隣さんに事情を説明するのも駄目。

 俺の事情を知ってるのは家族くらいか。


「妙なことになっちゃったなあ」


 妙なこと、といっても。

 二年前から非現実ばかりだったし、今更だよな。

 暫くは魔物討伐に専念しながらてるてる坊主の捜索、そして目的がなんなのかはっきしさせねばならないが、つい最近までニートだった奴の生活だとは思えない。

 床でごろごろすること数分。

 部屋をノックする音――この控えめなノックは、彼女か?


「どうしました?」


 やはり苑崎さんだ。

 今日は料理作ってないんだよねそういえば。

 現場でハンバーガー齧りながら魔物の様子を伺っていたから。


「……」


 頭が左右に動いてる。

 入っていいか? という質問を体で表しているのかもしれない。


「どうぞどうぞ」


 彼女は小さく頷いてすとん、と座る。

 静かな子だ、でも一緒にいて落ち着く。

 飛鳥も見習ってほしいねえ。

 さて、苑崎さんは空腹なのか否か。

 耳を澄ましてみる。

 ぐぅぅと腹の虫が聞こえてきた、うん、お腹すいてるんだね!


「何か作るよ」


 夕食は食べたが俺も食後の運動をしたから小腹がすいてきた。


「す」


 この前みたいには喋ってくれないか。

 いや、この前が奇跡だったとしか言いようがない。苑崎さんって喋るときは喋る、でも今はそうじゃない、奇跡が起こらない限りは。

 飛鳥でも来ないかなあ。

 失礼ながらまた口喧嘩でもしてもらって苑崎さんの声を引き出してもらいたい。

 すぐにできるものとして、食料の乏しい冷蔵庫から見出して選んだのはチャーハン。

 異世界だと米が手に入りづらくてチャーハンが恋しかったなあ。

 今は手軽に食べられるから最高だ。


「す」


 俺は若干少なめ、彼女はやや多めでお食事開始。

 苑崎さんは今日も上下ジャージ、ほんと普段何してるんだろう。

 あの望遠鏡のこと、聞いてもいいのかな。


「どう? 美味しい?」


 頷く、ただそれだけでもこちらとしては嬉しいものだ。

 どこか餌付けをしている気分、ハムスターを飼ったら同じ気分なのだろうか。


「いやあ悪いね、今日は夜ちょっと用事があって」

「……もの」


「ん?」

「魔物、退治?」


 唐突に。

 あまりにも唐突に、思いもよらない言葉が彼女の口から出た。


「ま、魔物退治? いやーなんのことだかさっぱり分かりませんなあ、ああチャーハンうまい、我ながらよく作れたと思う」


「見てた、望遠鏡で」


「み、見間違いでは?」


 互いに食べながら、しかし無言。

 苑崎さんはじっと俺を見ている、空気が痛い。

 そうだ、テレビテレビ、こういう時は話を逸らさないと。


「テ、テレビでも見ようかっ」


 姉ちゃんからいただいた未だにブラウン管のテレビ、チューナーでなんとか番組は見れる。

 テレビを見るや最初に飛び込んできたのは、


『――我々の取材班は新たに鳥型の化け物をカメラに収めることに成功しました!』


 今日の魔物討伐、どうやらマスコミにばれていたようで。


『何者かが廃工場から出てきましたが、ここからではよく見えませんね……』


 彼女がテレビと俺を交互に見ている。


「服」


 そう、一言呟く。


「え? 服? 服が、ど、どうか、した?」

「一緒」


 画面を指差す苑崎さん。

 俺の今来ている服、画面に映っている人物と服装が似ているというか一緒というか。

 胸元には丸い印が特徴の模様がぼんやりとたが映っている、それを照らし合わせると証拠がここに一つ出されてしまった。


「……その、あれだ」


 容疑者、口篭るしかなく。


「あれ、とは」


 バラされたくなければ~みたいな流れになったら俺はきっとショックで気絶してしまう。

 彼女がそんな人でなければいいが、いやそんな人じゃあないね! 知り合ってまだ少ししかないけど、いい人なはずだ!


「……」


「……」


 沈黙が痛いなあ。

 このまま嘘をつき続けるのも辛い。


「別に、バラさない」

「……ええ、まあ、俺です」


 素直に喋ってしまった。

 内容は極秘なのに、何をやってるんだ俺は。


「君は、すごい」


 スプーンを置いて拍手された。


「ど、どうもです」


 照れますな。


「あの、このことは内密に……」

「うん」


 それよりもチャーハンを食べるのが彼女の優先事項らしい。

 食後、さてこれからどうしようかね。

 俺が何者かまでは分からないだろうけど、俺が何をしているかは知ってしまった。

 石島さんに言うべきか。

 しかし元々彼女には俺の事情は話しておきたかったのもあるし、この際俺に取り巻く危険を彼女には把握してもらいたい。

 どう説明するかねえ。


「英雄、って、呼ばれてた?」

「え、どうしてそれを……?」


「これ」


 ふとポケットから数枚の紙を取り出してきた。


「……」


 読んでということらしい。

 紙を受け取り読んでみる。

 赤文字がなんか不気味だ、しかもひらがなばかり、所々カタカナもあるが使いどころがおかしいな。


「んーと、えいゆうさまにコれいじょウちかづくな? ちかづいたらぜったいにコウかいさせてやるえいゆうさまはわたしだけのもの、ちょうしにのったら殺す殺す殺すころ……」


 最後はびっしりと殺すしか書かれてなかった。残る四枚も殺すで埋められていた。殺すだけちゃんと漢字で書いてるなおい。

 これを書いた人物は相当病んでる。

 でも英雄様って単語は、異世界の住民しか使わない。

 ……ぱっと思いつく人は一人。


「だ、誰かに相談は?」


「君が、初めて」


「これって、いつから?」


「数日前から、一枚ずつ」


 おいおいストーカーにまで発展してるんじゃないのこれ。


「知り合いに刑事がいるんだけど、相談してみよっか」

「お願い、する」


 比較的口数が増えてきた。

 飛鳥を使わなくても彼女はちゃんと喋れるようだ。

 俺には気を許してくれたとかそういうちょっとした仲の発展ではなかろうかこれ。

 だとしたら嬉しいね。

 いやそれよりだ。

 この手紙を送った主、いきなり殺しにやってこないよな?

 今すぐにでも石島さんに連絡すべきだっ。


「ちょっと電話するね」


 石島さんと繋がり、事情を説明する。

 その間、苑崎さんは食器を片付けて、自ら洗ってくれる動きっぷり。感心しますね。


「一階の人、知り合いの刑事さんの部下でね、調べてくれるって」


「助かる、とても」


 今日はすぐには部屋に戻ろうとはしなかった。

 一人でいるのが怖いのかもしれない。

 少しして部下の人がやってきた。


「どーも、松谷です。石島さんから話を聞いてやってきました、はい」

「あ、どうも」


 ご挨拶以来だ。

 ちょくちょく顔を合わせる時はあったけど、話はあまりしたことはないな。


「いやはやなんとも奇妙なことになりましたな、お手紙ご拝見しても?」

「……」


 苑崎さんは無言で手紙を差し出した。


「ふむ、今は手紙くらいですか?」


 頷く。


「となると、まだそれくらいの段階なのか、それとも一気に来るパターンか……」


「どういうことです?」


「いやね、この手の輩はタイプが様々なんですわ。現状維持で行動にでない場合もあれば徐々にエスカレートしていくのもあるし、何も起きないと見せかけて一気に仕掛けてくるというのも、あ、いやすみません、不安にさせるようなことを申して」


 苑崎さんが俺の布団にもぐりこんでしまった。

 お団子苑崎の完成だ。


「石島さんは今日はこちらに戻られるのは難しいですし、私が誰か引っ張って交代で暫く見張ってみましょう。ああ、大家さんに協力してもらうのもありか」


「大家さんに?」


「頼りになりますよ、私よりもずっと。自分でいうのもなんですがね」


 若干チャラい雰囲気をちらちらと見せる松谷さんが言うと、失礼ながら説得力があるというか。


「しかしこのえいゆうさまってところ……」

「ええ、俺の関係者かなと……」


「異世界の者、で間違いないと?」

「はい」


 誰かとは、はっきりとは言えないが頭の中には一人だけ浮かんでいる。


「むむっ、では相手は魔法や魔物を使ってくる可能性もあると」


 苑崎さんもいるのに魔法とか魔物といったそんな単語すんなりと出していいのか。


「……ですね、つまりは普通とは危険性が大きく違うわけで」


「魔法への対抗手段は君以外まだ見つかっていないしなあ。いざとなったとき、我々はどう動くべきか。一応いつでも避難できるように近くには車両は置いてはいるんだがね」


「あの、松谷さん」

「ん? どうしました?」


「いや、苑崎さんもいるなかで異世界とか、それ系の話して大丈夫なのかなって」

「ああ、大丈夫大丈夫。その手の者に絡まれた時点でこちら側がある程度情報を開示しないといけないですから。正体も分からない奴に狙われているより少しでも正体の分かる奴のほうがいいでしょう?」


 それもそうだけど、いいのかなぁ?

 松谷さんの独断に見えるんだけど。


「まとめると、今回苑崎さんを狙っている人物は異世界からやってきたやばい系の方となりますね!」

「そんな断言しなくても」


 見てよ、苑崎さんお団子苑崎状態で隅っこにいっちゃったじゃん。

 どうするのこれ、俺の寝る場所ないし苑崎さんも安心して眠れないよ。


「魔伐も魔物の出現次第ではありますがこちらに何人か出向かせるかと思いますので、ご安心ください」


 まばつ、ああ、魔物討伐班か。

 異世界からやってきた人物が苑崎さんを狙う時点で魔物討伐班くらいの実力者がいないとね。

 まあでも? 俺がここにいるっていうのが一番の安心にもなるわけだが。


「しかし苑崎さん、相手に恨まれるようなことを最近何かしました?」

「……」


 首を傾げる。

 俺を見て、だが何か一つ気付いたようで、


「ご飯」


 とだけ、言った。


「ご飯?」


 松谷さんは律儀にメモする。

 別にメモしなくてもいいんじゃないかこれくらい。


「食べた」

「食べた?」


 なんだろうなあこのやり取り。


「彼と」

「彼と?」


 もやもやするなあ。


「つまり、俺が飯を作ってたら空腹の彼女がやってきまして、何度か彼女に料理を作ったのですが、手紙を送った人はそれが気にいらなかったのだろうと!」

「ああなるほど! 嫉妬ですかねぇ、では相手は女性の可能性も高いですね、そして異世界で貴方に身近な人物、どうです? 誰か浮かびました?」


 ばっちり浮かんでます。

 素直に話すべきかなあ。

 いや、違っている場合もあるし、すんなりと話すのはやめておく?


「おそらく表向きは大人しい感じで、しかし裏ではこういった荒事に発展しそうな、性格からすると貴方によく尽くしていたタイプでしょうか、年齢は彼女に近いかな? これは推測ですがね。嫉妬といっても重なっていくと激しいものになりますから」


 意外とこの人やりおるな。

 俺の浮かび上がった人がもう完全に一致と言っていいよ。


「清楚系、彼女と年齢は近くて異世界で浩介君と交流があった人物、この文章を見る限りまだこちらの世界には文字の時点で馴染めてはいないが、文脈はしっかりしているので頭が良さそうですね。身近に潜んでいると考えるとして、潜伏先の割り出しも必要そうだ」


 この人見た目とは裏腹にかなり頼りになるぞ?

 石島さんが部下においている理由が分かった気がする。


「すみません、今日は少しここで仕事させていただきます」

「ど、どうぞ」


 松谷さんは持参していた鞄からノートパソコンを取り出してすごい勢いで打ち始めた。

 スマフォは肩で耳に押し当ててそのまま石島さんと連絡。

 やり手というのはこういう人のことを指すのだろうか。


「ええ、はい。人手、はまああれですがこちらには浩介君がいるので、はい、他の居住者は、ええ、問題ないですね。大家さんにもメールしときました、はい。大丈夫です」


 そのやり取りから、アパートの居住者、それに大家さんとは話は既に通ったようだ。

「苑崎さんの部屋、少し調べさせてもいいですか?」

 ビクンッと、苑崎さんは体を揺らして、お団子苑崎を解除した。


「何か不都合なものとか、あります?」

「ぼ」

「ぼ?」


 わずかな沈黙。


「望遠鏡」

「望遠鏡? 貴方の部屋に?」


 そういえば苑崎さんって最初に会った時も部屋で望遠鏡覗いてたよな。

 あれって何が目的なんだろう。


「あれはあまり触れないほうがいいのですかね?」

「も」


「も?」

「持ってきても?」


「ああ、それは構いませんよ。なんなら今日はここに泊まったほうがいいんじゃないですか? 一人でいるよりも二人でいたほうがいいですし」


 彼女が俺をさっと見てくる。

 許可の申し出だろうか。


「まあ、俺は……」

「泊まる」


 即決だった。


「じゃあ自分の必要なものとかも一緒に持っていったほうがいいですね。俺は暫く苑崎さんの部屋に何か仕掛けられてないか調べるので、そのところはご了承ください」

「了解した」


 何でこうなったのかは知らんが、苑崎さんが俺の部屋に泊まることになった。


「浩介君」

「は、はいっ」


「俺は魔伐班の補助でしかないが君の、そして君に関わる人全ての保護も任されている。頼りないかもしれないが、よろしく頼むよ」

「こ、こちらこそっ!」


 仕事のスイッチというのだろうか。

 目つきも雰囲気も変わってしまった。

 松谷さんは電話しながらパソコンを操作し、パソコンを閉じるや苑崎さんの部屋へ。


 人は見かけによらないものだなあ。

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