表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

【七】

胡蝶


 心静かに過去をふりかえってみれば、すべてが一瞬であった。二十五のときに俗世を棄て、五十余年がすぎた。


  満開の桜の下 二月の満月の日の 死を乞いねがう


 私の文学を究めることが、魂の救済につながると信じてきた。私の詩は、ほかの詩人たちのそれらとは明確にちがう。耳目をゆさぶるすべてのものは、虚妄でしかない。桜の花も、月も。生きとし生けるものすべて。私も、あのかたさえも。

 私はそれを悟ったが、彼らは悟らない。悟らぬままに詩をつづり、後世にのこそうとしている。詩もまた、虚妄であるのだ。あるのは瞬間の美しさのみ。詠んだあとには跡形もなく消える。虹が架かれば七色に染まり、太陽の煌めきに感応する虚空のような心……詩を紡ぐことはまさしく、私の生命である。飯を食い尿いばりを放ち、息を吸い眠ることと同義である。

 そもそも詩とは、如来の姿である。一句を練るのは真言の詠唱であり、一篇の完成は偶像を彫りだすようなものである。私は死の床にあって、詩を紡ぐ。咳を交えて想起し、病苦とともに詩句を吐きだす。命を削りながら、如来像を彫りだしてゆく。


  花が散ることなく 月の曇らない夜が永劫であったなら

  私の文学は 確立されずに終着したはずである




夢遊


 月の光が、やさしく降りそそぐ。私の門人たちが、見舞いに訪れる。そのなかに曾良の姿はない。

 私はどうやら、死ぬらしい。旅の空の下……本望である。


 私が死んだあと、築きあがった流派は消えてなくなるだろう。門人たちのなかに、理解者はひとりもない。感傷のこめられた涙に、私の心は動かない。見舞いの列を、冷ややかにながめるだけだ。

 私が綴った散文や詩は、後世につたわるだろうか……いや。のこらぬほうがよい。流派とともに、跡形もなく消えるのがよい。瞬間の美しさがそこにある。それこそが、「軽み」にふさわしい。だからこそ私は、詩を紡いできたのだ。


 ……長いあいだ、私は別人になる夢をみてきた。夢のなかの彼はまったくの別人ではなく、時間軸を異とした「私」なのである……死に臨んでようやく、私は悟る。

 「私」とは、私が焦がれ模倣しつづけてきた人生であった。深い感動とともに、最後になるであろう詩を搾りだす。命の煌めきである。月のように輝いて、あとにはなにものこさない……。


  蹌踉そうろうと漂白に憑かれ 肉は枯れ 夢の彼へと飛んでゆく




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ