【六】
胡蝶
冷たい風を浴び、凍った土を踏みしめる。私は北の教国を再訪した。
北の賢王は、私を歓待した。四十年まえ、私たちはともに若かった。若き王に乞われ、若い私は恋歌百首を詠んだ。いま、私たちはともに老いた。
老王との旧縁をあたためることも、仏道の楽土を記憶に刻みつけることも……もはや意義として確立されていなかった。それらはいまや、契機でしかない。四十年まえの「私」の逃避行にあわせるように、四十年後のこの旅は宿命づけられていたのだ。
鎌倉で、彼女を救えなかった。讃岐で、新院を救えなかった。嵯峨で、あのかたを救えなかった……私は、無為無能の徒である。そしてそのことを、ただただ嘆く。つくづく、救いがたい……私がここで「私」と邂逅したとして、それがなんになろう。「私」を救うことなどできぬ。
「私」について、書いておこう。
白の武家にうまれてすぐ、「私」は赤の武家の虜囚であった。寺院に入れられて命をつないでいたが、ここから遁走して北の賢王のもとに身を寄せる。兄御の挙兵を聞き、北の教国から馳せ参じる。「私」は、幾多の戦いでさんざんに赤の武家を打ちやぶる。そうしてついには赤の武家を滅ぼし、復讐を果たす。
ただ兄を慕い、愛されたかっただけであった。だから「私」は、絶大な武勲を周囲に誇示した。血腥い戦いなど、考えこともなかった。いまは得た栄華を喪い、破滅の途を進んでいる。
「私」の最期を見とどけるべきである……そんな使命感すら、果たされることはない。「私」は逃げつづけており、ここはまだ遠きにあるらしい。「私」がここにたどりつけるのかどうかすら、あやしい。おのれの無為無能を噛みしめながら、失意とともに京へもどる。
……一面の火の海……矢衾で針鼠のようになり、佇立したまま死んだ武闘僧……白い寝間着を纏った、小柄な美丈夫……。
……出立の前夜に、夢でないような夢をみた。夢というにはあまりになまなましく、現と呼ぶには脈絡を欠いていた。夢のなかの美丈夫と長いやりとりをしたようだが、その内容はめざめとともに漂白されていた。
夢遊
奥州藤原三代の夢は、一夜のうちに切りとられた一瞬のうちに内包された儚い現実でしかなかった。南大門跡は館から一里もさきにあり、その夢の壮大さが私の脳髄を痺れさせる。
秀衡の居館は田園に弑され、金鶏山だけが浮世の盛衰と無関係に存在しつづけている。
衣川は泰衡の城をめぐり、その下で北上川に糾合される。義経とその少数精鋭は奮戦むなしく、ことごとく散華した。栄光は一睡の夢、一面にひろがる木々の緑。
壊れた人造を黙殺して 天然はありつづける
謳歌される春の栄華 照らしだされる滅びの彼方
幾星霜が彼らの夢を吸い枯らし 跡にみちる夏