【三】
胡蝶
……あのかたについてようやく、書くことができる。あのかたの死を望んでいたはずがない。けれどあのかたが亡くなられたことで、私の表現は解放された。これまでつづってきたものは、あのかたの私の想いであった。私の知りうるあのかたの履歴を文にすることを、忌避してきたつもりだ。
あのかたについて書きたいとねがいながらそれをしてこなかったのは、恋の障りになると根拠もなく戒めてきたからである。あのかたについて書けば、私の恋は実らぬ……そう信じて、禁忌にしてきた。けれど、あのかたは亡くなられた。現世での望みは断ちきられた。来世のことはわからない。この散文をつづることで、あのかたの存在をとどめ……それを現世での形見として、私は生きてゆく。
あのかたは権大納言家の末娘として、おうまれになられた。かつての私が仕えたご実家というのは、左大臣となられた兄御前の家である。おうまれになられて間もなくして先法皇の、寵妃の養女となられた。尊族に入られたのだ。
さきの法皇に、孫のようにかわいがられたという。かわいがられたというのは、男女の相関における意味もふくんでいる。十七の御年に、先法皇の孫御であるいまの法皇(ときの天子)のもとへ入内された。そのころすでに、あのかたと情をつうじている男がふたりあったという。先法皇は孫御ではなく、関白の御曹司のもとへ嫁がせようとした。けれどあのかたの奔放さを理由に、固辞されたという。
あのかたは自由奔放、誰の所有物でもない。法皇のものでも先法皇のものでも、つうじた男たちのものでもない。もちろん、私のものでも。あのかたは「妖女」である。
法皇とのあいだに、七人の子をなされた。第一の皇子(新院)は、私よりも一歳下。新院の出生には、いわくがある。法皇の実子ではなく、先法皇との情交の結実であるという噂。新院はそのために父御に疎まれ、「叔父子」と呼ばれた。先法皇が亡くなり父御が法皇になって院政を布くと、天子の座を降ろされて新院となられた。
年の近い新院に、私は同情の念を禁じ得ない。幼くして天子となられ、罪なくして廃立される。恨んでおられるのだろうか。法皇ふたりと、あらたに天子となられた弟御を。そして、母御であるあのかたを。
同情と同時に、嫉妬に似た羨望をいだいている。あのかたの御子であるという事実を、私はひどく羨む。この上なく深い絆を。求めずとも、あのかたに愛されるその条件を。私などが手をのばしてもとどかぬものを、新院はうまれながらにお持ちなのだ……醜い感情をここに書きつらねて、はたしてなんになろう。あのかたが亡くなられたいまはただ、新院をどうにかお慰めできぬものかと思案するばかりである。
不遇といえば、あのかたの不遇を書かねばなるまい。法皇が側室を寵愛するようになり、あのかたは不遇へ追いやられた。私につづくかのように、洗礼を受けられた。嵯峨の寺に移られ、疱瘡を患われた。法皇の見舞いも加持祈祷も甲斐なく、不遇のうちに四十五年の生涯を終えられたのである。
すぎゆく風にたずねても 花と散ったあなたのゆくえは わからない
「すぎゆく風が教えてくれるものなら 散りゆく花に遅れはとりませぬ」
……喪失をたがいに埋めあわせるかのように、私たちはまじわっていた。
「死出の旅への杖とたのんでいたあなたを 月夜にお待ちしていたのに
あなたはその約束を無下にして この門のまえをすぎゆこうとする」
ほんとうに待っていてくれているか不安で なかに踏みこむ勇気がなかった
……彼女はあのかたに仕えた女官であった。あのかたが洗礼を受けられて、みづからも髪をおろした。彼女と詩を交わすようになり、あのかたへの思慕を吐露していた。
いまは、彼女のぬくもりがいとおしい。彼女に、あのかたの代替を求めたのではない。あのかたに近かった彼女とひとつになることで少しだけ、彼女の存在に近づけるのではないか。あのかたが生きておられたころよりもずっと、あのかたが私の近くにあられるような気がしているのだ。
やがて彼女は、私を拒絶するだろう。彼女のなかのあのかたを、喪わぬために。それまでにどうにか、私のなかでのあのかたを確立させなければならない。そのために、逢瀬を積みあげてゆくのだ。
夢遊
寿貞が死んだという。若き日の私が愛し、私を裏切った女。私の甥で、いまは亡き桃印と通じて二児をなした。いや。彼女のそれを、裏切りと責められるのかどうか。裏切っていたのは、私のほうであったから。
私はたしかに、彼女を愛していた。けれど私の心にはいつも、亡きひとのおもかげがあった。蝉吟さま……彼女への愛は蝉吟さまへの裏切りであり、私は彼女を欺いていた。彼女の裏切りに私は免罪されたような心持ちとなり、むしろ安堵したのであった。
杉風にあてがってもらった新庵に寿貞母子を迎えたのは、贖罪のためである。彼女らを庇護してくれるのは杉風であって、私ではないのだが。私の贖罪を弟子にゆだねて、死出の旅へ出た。私という人間はなんと身勝手で、唾棄すべき存在であることか……生きているのが恥ずかしいくらいに。
ただただきみの 魂の平安をねがう私が
のこされたことを 浄土で噛みしめてほしい




