第一話:仕事探し
春の日差しが眩い四月、俺は自宅近所の公園のベンチに腰掛け、平日の昼間から発泡酒の空き缶を一つ、二つと作っていた。平日の昼間に飲む酒は、週末に飲む酒よりも美味いと感じつつも、俺は焦りを感じていた。
この就職難の時代、履歴書を書きまくって応募した会社は五十六社。どこからも内定をもらえなかった。第二新卒として再び就職活動をする気力もなく、人材派遣会社に派遣登録したものの音沙汰はなく、暇を持て余している状況に陥っている。
そんな折、先日大学の一年先輩だった日内昌平先輩から「久しぶりに一杯やろう!」との連絡を受けた。就職活動に失敗した事を話すと、「俺で良ければ相談に乗るぞ!」と頼もしい返事が返ってきた。日内先輩との飲み会は今日の午後七時から。発泡酒を飲むのはほどほどにして自宅に帰って出かける準備をしないと……。
俺はしばしの間散りゆく桜を眺めつつ、三つ目の発泡酒の空き缶を作り終えてから自宅へ戻った。
午後七時、日内先輩との待ち合わせ場所であるJR川崎駅の改札口に着くと、日内先輩は既に待ちくたびれた様子だった。
「守、先輩を待たせるとはいい度胸だな!」
「いやいや、日内先輩、待ち合わせ時間ピッタリに着いたじゃないですか?」
「バ~カ! 社会人は『十分前行動』が当たり前だぞ!」
「はい! すいませんしたっ!」
そういえば、就職活動中も何度か試験会場に遅刻ギリギリで行ったことがあったっけ……。社会人になりきれていない俺は、日内先輩から見ると甘ちゃんなんだろうな……。
「ま、そんなことより飲みに行くぞ!」
「はい!」
俺と日内先輩とは大学の剣道部で知り合った。日内先輩の竹刀さばきは、素早くそして力強くて、県大会に出れば常に優勝していた。大学在学中には何度も手合わせをして頂いたが、いつも大人が子供をあしらうかのようにまるで太刀打ちできなかった。
「今日はここで飲むから」
JR川崎駅からほどなく歩くと一軒の個室居酒屋に辿り着いた。
「日内先輩、このお店って高いんじゃないですか?」
「いいの、いいの。金のことは心配するな、今日は俺が奢ってやるから!」
「えっ、いいんですか?」
「いいよ。飲みたいだけ飲め! 食べたいだけ食べろ!」
「それじゃすいません。ごちそうになります!」
ありがたい。俺の財布の中身ではこの店の支払いには心もとなかったから安心した。
店に入ると、掘りごたつ式テーブルの置かれている個室に案内された。日内先輩は上座に俺は下座に腰をおろした。
「いらっしゃいませ。まず飲み物は何にいたしましょう?」
「守、とりあえずビールでいいよな?」
「はい」
「それじゃ大ジョッキ二つ」
「はい、かしこまりました」
しばらくすると注文した大ジョッキが運ばれてきた。早速大ジョッキをお互い手に持ち日内先輩と乾杯をした。
「おつかれ~」
「お疲れ様で~す」
日内先輩はこの店にはよく来るようで、飲み始めてしばらくはこの店でおすすめの酒のつまみの話をしていた。俺はそれをメモを取るかのように聞き入っていた。
最初の大ジョッキを飲み終え、二杯目の大ジョッキが運ばれてくる間、刺し身の盛り合わせをつまみながら俺は日内先輩に仕事の話を話し始めた。
「日内先輩、何か良い仕事ないですか? 俺、就職活動に疲れ果てました……」
「良い仕事かどうかはわからないけど仕事はあるにはあるよ。俺のやってる仕事一緒にやってみるか?」
「日内先輩って今どんな仕事してるんですか?」
「派遣社員。キツイ、汚い、危険の3Kの仕事だけど、仕事内容のわりにはかなり稼げるよ」
「派遣社員で月にいくらもらってるんですか?」
「一日で五万だから一ヶ月だいたい百万くらいかな。給料の支給は『ゴルド』だけどね」
『ゴルド』とは、一昨年の二千十六年四月に世界で一斉に導入された全世界共通通貨の事だ。二千十八年の今では、各国の通貨とは別にゴルドでの売買取引が広く一般化している。ゴルドは固定相場制で1ゴルドは1円に相当し、1ドルは100ゴルドに相当する。先進国では「ゴルドカード」と呼ばれる専用のカードにゴルドを蓄えるポイント式を採用している。
「へ~、一ヶ月に百万ゴルドですか……。日本円に換算すると百万円ですね……。って、え~っ! 百万円!」
「守、声が大きい!」
「す、すいません。でも、一ヶ月で百万ゴルドも稼げるって本当ですか? 普通ありえないでしょ?」
「本当だよ。体育会系の俺達にしてみたらピッタリの仕事だよ」
「日内先輩の仕事って建築関係の仕事ですか? 例えばとび職とか。俺、高いところ苦手で……」
「建築関係の仕事じゃないよ。言ってみれば『害獣駆除』かな」
「『害獣』ですか? 『害虫』じゃなくて?」
「獣なのか虫なのかもわからないけどな。まあ俺達なら昔から体鍛えていたからそれほど危険ってわけでもないよ」
「そうですか。それを聞いて少し安心しました」
「守、一日だけお試しで仕事やってみるか? 一日で五万ゴルド稼げる仕事は他には滅多にないぞ。俺の方から派遣会社に連絡してやるよ」
「はい、ぜひともお願いします!」
大学の卒業を機に実家からの仕送りが中止され、収入源がコンビニのバイト代だけとなった今の俺には、一日で五万ゴルド得られる仕事はとても魅力的だった。
俺の返事を聞くと日内先輩は、ジャケットのポケットからスマートフォンを取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。
『もしもし、派遣の日内ですがお疲れ様です。人財支援グループの姫野さんいらっしゃいますか?』
日内先輩が電話をかけている間、二杯目の大ジョッキが運ばれてきた。俺は大ジョッキに注がれたビールを飲みながら近々得られるであろう五万ゴルドの使い道を考えていた。
『日内です。お疲れ様です。私の後輩でお試しで仕事をしたいという者がいるんですが仕事の空きはありますでしょうか?』
五万ゴルドで何を買おうか? 最新のゲーム機買っちゃう? それとも美味いものでも食おうか? 発泡酒じゃなくて缶ビールをケース買いして残りは貯金するのが無難か……。
「守、派遣会社の方はいつでもいいって言ってる。いつがいい?」
「あ、はい! それじゃ明日で!」
明日も今日と同じくコンビニのバイトは休みだ。明日も晴れていたら公園で発泡酒を飲もうと思っていたところだし丁度いい。
『明日でお願いできますか。はい。お手数ですがよろしくお願いします。それでは失礼します』
日内先輩の話し方だと話はうまくまとまったようだ。
「守、派遣会社から了承取れたぞ。明日午前九時に平和島駅に待ち合わせだ」
「はい、わかりました」
「守、心の準備はしておけよな。何があってもビビるなよ!」
「日内先輩、『心の準備』ってどういうことですか?」
「何を見ても聞いてもビックリするなってことだよ。まあ、明日になればわかるよ。心配するな」
「はあ……」
その後、酒を飲みながら日内先輩の言う『害獣駆除』の具体的な仕事内容を何度か尋ねてみたものの、「守秘義務があるから」とか、「明日になればわかるから」とか言われて答えをはぐらかされた。日内先輩との飲み会は二時間半続いたが、日内先輩が何度も言っていた「久しぶりの日本食は美味い!」という言葉が妙に俺の耳に引っかかっていた。