再生の旗手
「あれって……できるのに、社長に抗うことなく、曽根さんたちを売らせたって意味?」
ちっ、と舌打ちしてから、赤間は微笑んだ。
『直くんはアホだけど、勘だけはいいよね。でも、アホだから分からないんだろ? どうしてって顔してる。──あのね。あのとき選手を守っていたら、早晩、FFってクラブは潰れちゃってたんだよ』
開いた口からは、どんな声も出てこない。
それならと息を吸うが、それも気道ではなく食道へと沈んでいった。
『クラブが樹なら、根っこはファン、フロントが幹で、選手は枝葉にすぎない。経営が健全なら、枝葉はすべて落としたって再生する。でも、幹が枯れたら、今どんなに美しい枝葉もそれまでだって──経済人としての社長の判断は、間違ってなかった』
眸を伏せた赤間は、泣き出しそうに見える。
『アニキたちはね、切って落とされても、クラブが再生することを願ったんだ』
神前はうつむいた。胸が、刺すように痛む。
『三年前にも、選択肢はあった。俺を残せば、FFのライセンスは来年には剥奪されてたよ。でも、俺を切り捨てても、新芽を育てることを選んだ直くんの決断が、FFを生かした。……まあ、直くんはアホだから、俺の方が捨ててったとおもってるだろうけどね』
くすっ、と赤間のくちびるに笑みが咲いた。
神前もどうにか笑おうとしたけれど、赤間の表情を見るかぎりは、失敗したのだろう。
『直くんは、俺なら何でもできるとおもってただろうけど、俺にもできないことはあるよ。俺は、FFに恩を感じることができない。だから、何の愛着も湧かないんだ。アニキたちは直くんに、俺を頼るなって言っただろ。ふたりにとって、クラブの再生を託せるのは直くんだけで、俺には福岡を出て来いって言っただけ。サポーターの愛も、憎しみも、俺の心には届かない。だから、裏切りの意識も何も湧かなかったけど。ただ、そのせいで迷惑をかけた妹に嫌われちゃったのは、俺にも堪えたなー』
「ゆう、じ……」
机の向こうを見れば、赤間優児の妹は、となりに座る紀藤との会話に応じている。
『せめて、本当に兄妹がやめられるんだったら、俺の嫁にできるのにね?』
「…………優児。おまえこそ、バカだろ?」
くったくなく笑った赤間が、頬杖をついた。
『ねえ。直くんは分かる? いつかまたFFに戻ることが、アニキたちの夢なんだって』
「えっ──」
『分かるんだったら、直くんはそこにいて、ふたりを待っててあげて。どんなにチームが変わっていても、おかえりって迎えてあげてよ。またいっしょにやろうって言ってあげてね。あのとき、ふたりが俺たちに言ってくれたみたいに──』
答えるべく口を開こうとしたとたん、ぽろ、と涙の方が目からこぼれ出す。
右頬をぬぐえば、すぐに左頬にも滴が伝った。
「──ばか、ゆうじ。ちゃんと、おまえにも言ってやる。だから、そのときは、曽根さんたちといっしょに戻って来い。戻って来ていいんだ、おまえも。戻って来て欲しいんだよ、俺たちはおまえに。それが、俺たちに初タイトルをもたらした、おまえへの愛情なんだ。おまえには分からなくても、俺だってファンのひとりだから、分かる。……それでも」
ふと、視界に紫色のタオルハンカチが差し出される。
見れば、反対の手に神前が渡したカイロを握りしめた女の子からだった。
紀藤が、あきれた顔であごをしゃくる。
有り難く受け取った神前は、それがファルケンのエンブレムがプリントされたオフィシャルグッズだということに、もちろん気づいていた。
「それでも、心配なら……俺が仲間たちと、赤間って誰、って言われるくらいに、新しいファンをたくさん増やしておくよ。もう、おまえひとりに責任を押しつけてみんなが逃げ出して行くような、かなしいチームには二度としない。後輩がいっしょにプレーしたいって憧れて、ここにいることを誇りにおもえるようなチームに、もう一度してみせる」
神前は、両目を交互に押さえてから、晴れた視界に小さなハンカチを広げて置く。
エンブレムを見れば、勝手に、笑みがこぼれた。
「だって。──そうして想いをつないでいった先にしか、俺が夢みる、百年後のファルケンはないんだから」




