妹
行列の、最後の男性ファンにサインをし終えた神前は、油性マジックにふたをしながら、辺りを見まわした。
逢坂と羽角のところには、まだけっこうな人が並んでいる。
「紀藤。先に、握手のところ行ってるから」
長机のとなりで、サインの手を止めてのんびりファンとおしゃべりしている紀藤に声をかけて席を立とうとしたとき、机の上にひらり、とスタンプラリーのカードが落ちてきた。
まだ居た、とあわててパイプ椅子に座り直して顔を上げれば、ダッフルコートを着た高校生とおぼしき女の子が、まっ赤にほっぺたを染め、賞状授与よろしくやや小型のタブレット端末を両手で差し出してくる。
意図が分からず顔を見ても、しきりに背後を気にしていて神前の方を見てくれない。
しかも、タブレットを持つ手は目に見えて震えていた。
「今日は、来てくれてどうもありがとう」
なるべくやわらかな声を出して微笑めば、ようやく視線がこちらを向く。
瞬間、あれ、と神前はおもった。
「あの、前に──」
どこかで会いませんでしたか、と言いかけて、神前はあわてて続きを呑み込んだ。
以前、同じようなことを言って、紀藤にナンパ呼ばわりされたことをおもいだしたのだ。
「アノ、お、お兄が、どうしてもって──」
ようやくしぼり出したように、ほそい細い声が落ちてくる。
神前は、やはり訳が分からないまま、タブレットに手を伸ばした。
くれる、わけはないから、これにサインしろということだろうか、とおもう。
液晶画面をのぞけば、あっ、といずこからか声がした。
待ち受け写真、だろうか。
よく知る顔におどろいて持ち主の女の子を見ようとしたとき、写真の中の手がひらひらと存在を主張するように振られ、神前は仰天する。
『ハロー、直くん! 俺、見える?』
「えっ、ええ、えええええっ! 何これ? ユージ? おまえが、しゃべってんの?」
動転した声に反応したのか、右肩にポンと手が乗った。
横から近づいてきた紀藤の顔がタブレットの画面を確認するなり、こちらもおどろきをもって、すぐに机の向こうに立つ女の子の方を向く。
「ビデオ通話アプリ……いわゆる、テレビ電話だろ。──赤間優児の、身内かなんか?」
「イモウト、です」
『俺の嫁!』
か細い本人の答えを、能天気な声がかき消した。
神前は、相手はまぎれもなく優児だ、と実感させられてしまう。
と、同時に、まだ小学生のころの彼女になら何度も会っていたことを、神前は思い出した。
どこかで会った気がしたのも、当然といえば当然のことだ。
裏話8
裏主人公とも言うべきツイぽの主である少女は、少女小説として投稿するために編み出した、読者との苦肉の接点でした。結果は「少女小説に属していない」と判定されてしまいましたが。
でも、この少女がいたからこそ、こういう結末に至ったわけで、作者としてはなかなか楽しいミラクルでした。




