チームがあれば、
かがんだ逢坂の手が、そっと背中に触れた。
「俺は、あなたが居てくれたことに、心から感謝してます。だから、なおさら、あのとき奪ってしまった選択肢を、返してあげたかった。エルフでもどこでも、あなたを必要だと言うクラブの中から、誰にも気兼ねすることなく、選んで欲しかったから──」
慰めの手が離れる。
同時に、風をさえぎる気配もふっ、と離れたのが分かった。
顔を上げれば、空をにらんだ逢坂の横顔が見える。
奥の街灯に描き出された秀麗な目鼻だちに、神前は目を奪われた。
同時に、どこか痛そうに寄った眉にも気がつく。
瞬間、それこそが、正直に話せと言った神前に対する、逢坂の、嘘、偽りのない答えなのだと、理解できた。
「そ、うか……俺の複数年は、俺が、ゼロ円移籍で、出て行かずにすむように……?」
まるで、新月のように逢坂の顔が逆光に隠れてしまう。
こちらを見下ろす視線を感じて、濡れたままの頬を、神前はあわてて拭った。
「…………決して、あなたに、クラブのための移籍を決断させるためなんかじゃなかった。──でも、俺にそんなことを言う資格はないです。紀藤さんが知恵をしぼってくれなければ、俺はもう一度、あなたを犠牲にしてしまうところだった」
立ち上がると、神前は逢坂の腕を掴む。
「ごめん。無理に話させて、ごめんな。でも、どうしてなのか、分かってやれるとおもう。俺も昔、同じようなこと、やったから」
意外そうなまなざしに、神前は苦笑を返した。
のどからこみ上げる苦みを、逢坂も、ずっと感じていたのだろうか。
「選んで欲しかったのは、本当は、ここにいること、だろ? 俺の手のひらに移籍という選択肢を乗せることでしか、おまえは確かめられなかったんだ。俺の、本当のきもちを。──三年前の、俺といっしょだ」
逢坂が、神前の目をのぞき込んでくる。
「直さん……それって」
「うん。俺の場合は、みごとに出て行かれちゃったよ。あのときは、泣いたなー。おまえが上がって来てくれることは分かってたけど、もう、ひとりで、どうしていいのか分かんなかった。もしかしたら一年で1部に復帰できるかも、なんて甘い夢も吹き飛んじゃって。どこまで落ちて行くんだろうっておもったら、立ち上がることも、怖かったっけ」
紀藤とは違い、ためらいがちに髪に触れてくる手に誘われるようにして、神前は逢坂の肩に顔を伏せた。
やわらかなマフラーの感触に、頬を寄せる。
「だけど、マコが帰って来てくれた。あれは、ほんとにうれしかったな。だって、出て行っても終わりじゃないって分かったんだ。チームがあれば、いつかまた、帰って来てくれるかもって。そう、おもうことができた」
こく、と逢坂がうなずくのを感じる。
「そうですね。──だから、あなたが、自分自身のために選んで決めたことなら、俺も、いつでも笑ってあなたを送り出しますよ」
囁きのやさしさと違い、さらうような強さでぎゅっと背中を抱かれた。
「でも、もう、誰かのためはやめてください。蓮のためでも。……おねがいです、直さん」
肩ごしに見える暗い空を、ゆっくりと点滅する光が流れていく。
べつにめずらしくもない飛行機のサインだと、すぐに分かった。
方向からして、離陸して行くところだろうか。
光が、羽角と重なって、鼻のつけ根がつんとしびれる。
とたんに、光がにじんだ。
分かった、とは神前には言えなかった。
だから、返事の代わりに、逢坂の腰のうしろで、きつく両手を組み合わせる。
いっそう強く抱きしめられて、神前は感情をこらえるように目を閉じたのだった。




