紀藤宅にて
茘枝@九犬十愛 @redlitchi99 7月13日
部活のとき、苺姫にライセンス剥奪されたらどうなるのか訊いてみたけど、そんなの知らないってw
リアルファンー!
お兄が居たらすぐ分かるのにな。
「会議も、緊急もいいとして。何で、場所がここなんだ」
腰を下ろすなり、江野が不満げに叩いたのは、紀藤宅のリビングの床だった。
「文句があるなら来なきゃいいだろ」
冷たく返した家主は、いちばん最後にやってきた彼が、バリアフリーの玄関に見苦しく脱ぎ散らかされていたでかいスニーカーの数々を、端からきれいにそろえて上がって来たことなど知るよしもない。
「来なかったらまるで俺がこないだのことを根に持ってるみたいでしょう」
言いながら、江野はちらりとカウンターの向こうのキッチンを窺った。
「そもそも夕方にこの人数で急にお宅に押しかけるなんて、ご迷惑じゃないか」
「……俺が俺の家に呼んだのに、何でおまえに怒られるんだ。──それなりに理由があってな。それはあとで説明する」
いまいち納得がいっていないように眉をしかめたまま、江野は大型テレビの前で何やら背中をまるめて座る後輩を指さした。
「で、あいつは何をしてるんですか」
「あー。壊れたコンポを修理するとかいって、分解しはじめた。前のやつのほうが音も機能も良かったから、もし直ったら新しく買ったやつはやるぞって言ったら……」
「それ、今、言う必要があるんですか?」
「うるせえな。決定には従うって言うし、聞いてない方が都合がい────げふん。ともかく、おまえがいなきゃ話が始まらない、とか空々しいこと言えるならおまえが連れて来い」
ため息を落としてから、江野は長ソファの隅でこじんまりと座っている神前を見た。
「あなたは、何で、借りてきた猫みたいになってるんですか」
「紀藤が、おまえは江野を怒らせないようにおとなしくしてろ、って──」
「ひ、人をかんしゃく持ちみたいに言わないでください。選手自身の利益にもなることなら、自主的な協力が得られるように、ちゃんと話し合いには応じると言ったはずです」
「知ってるさ。ただ、スポンサーの件が噂になってる以上、何の説明もなしじゃ負け試合から切り替えがつかない、とも言ったんだろ。試合前日の練習後にみんなを集めてミーティングするには、今日ここで一定の結論を出さざるを得ない。こないだの二の舞なんて論外だ。それとも、切り替えがつかないまま、次もホームで無様に負けるか、ああ?」
江野は答える代わりに、左手を口横に添え、右手で紀藤を指さしながら神前に訊いた。
「何、怒ってるんですか、この人?」
「ハア? べつに怒ってなんかない」
「そうそう。ただのサドメガネが、寝不足でちょーっとパワーアップしてるだけだから、気にしないで、誠くん」
おぼんを手にキッチンから現われた紀藤夫人が、花のような笑みを浮かべる。
「……マコトクン?」
聞きとがめた夫ににらまれても、テーブルにグラスを置いていく夫人は涼しい顔だ。
「新選組の旗とおんなじ、誠よね。気に入ってるんだからいいでしょ。──それより、何、お客さまを床に座らせて、君がソファに座ってんの」
「俺はべつに三人並んで座ったっていいぜ」
視線を向けられた江野は聞こえなかったふりをして、ぺこりと夫人へ頭を下げた。
「あの。ごぶさたしています。急に押しかけて、申し訳ありません。どうぞお構いなく」
「ふふふ。誠くんは、紳士よねー。み、な、ら、っ、て!」
「ええっ、俺も?」
細い人差し指に、紀藤と交互に指さされた神前がソファの上でのけ反る。
窓際のひとりがけソファに悠々と座っていた橘が、ぽん、と手を打った。
「ああ。もしかして、ここに呼んだのって、昨日だか一昨日だかのメールに書いてあった女性ファンうんぬんってやつに、嫁さんの意見を聞こうってことなのか?」
紀藤は、ひとり離れたところにいる逢坂に飲み物をすすめている妻彩音のうしろすがたを見ながら、曖昧にうなずいた。
「ええ、まあ、それもあります、一応」
「あのメールって、試合があった日の夜中だろ、届いたの。寝不足って、いったい何時に寝たんだよ? 体壊すだろ。今週は、ただでさえ水曜にも試合があったのにー」
「体調維持に必要な睡眠時間ぐらいは取ってるし、プレーにも影響してないはずだ」
「今、イライラしてるじゃないですか」
「あ。俺、飴玉持ってる。食う? 甘いもの食べるとイライラがおさまるって言うし」
「食わない。それより、神前はガラケーだから送ってないが、メールに添付したファイルも見てくれたか?」
江野はうなずき、橘は首をかしげた。
紀藤は、タブレット端末を取り上げ、件のファイルを展開させてから橘の前に置く。
横から神前ものぞき込んだ。