憧れ
足を止めた神前に気づいたように、逢坂がふり返った。
その眸は、いつもと変わらず、やさしく自分を見つめてくる。
ごく、と神前はつばを呑んだ。
いつからだろう。
神前の知っている逢坂は、ずっとそうだ。
ずっと、そうだったはず──
「天が落ちてくるようなブーイングのプレッシャーも、話してくれましたよね。あれがホームだったら、どんなきついときも背中を押してもらえるはずだ、ってあなたは言った」
神前の視線に答えるように、逢坂はそっとうなずいてみせた。
「──気づいてました。そのことばの裏にあるのは、憧れだって。あれは、本当は、エルフに行きたい、って想いの表れだったんですよね? あなたにも、こんな沈みかけの船は見捨てて、あそこに行ってしまいたいって想いが、当然あったんだ。同じ頑張るのなら、応援してくれる人がたくさんいる場所がいいって……選手なら、誰でもおもう」
子供みたいにその場にしゃがみ込んで、神前は頭を抱える。
肩がふるえた。
殺そうとしても、嗚咽がもれる。
「俺は、あなたと出会ったころ、このクラブが嫌いでした。トップにいる選手たちも、みんな。弱いばかりで、憧れもしないし、侮蔑すらしてたかもしれない。当然ですよね。俺たちがユースにいる三年間、トップはずっと降格争いばかり。ジュニアユースからユースに上がることが決まった後に、曽根兄弟の移籍を知っても、もう、他のクラブに行くことも、サッカーの強豪校に行くこともできやしない。こんなのサギだろって、腐るばかりで、チームはろくなもんじゃなかった」
そうだろう。
赤間や江野たちの年以降、ユースから練習生以外で昇格してきた後輩は、逢坂しか居ないという事実が、それを物語っていた。
だからこそ、逢坂の存在は奇跡にもおもえたし、守らなければならないただ一筋の希望だったのだ。
「でもね。俺は……直さんと話して、ここでプロになりたいとおもえた。あなたのような先輩になりたいとおもったんです。強いところに憧れるきもちや、辛いことから逃げ出したいきもちは、誰にでもありますよ。でも、トップチームの選手がそれをみせたら、下がどんなにみじめで、裏切られたきもちになるか。あなたは、苦しいときでもあとにつづく後輩が居ることを考えてくれていた。だから、あなたのことばは俺に、失望じゃなく、希望を抱かせてくれたんだとおもいます」
一歩、逢坂が歩み寄った気配がした。
「でも、だからこそ、忘れたことはなかった。あなたの中に、クラブへの愛情とともにある、あなた自身の夢とか憧れを。語らないのは、想いがないからじゃないんだって、分かっていたから」
神前は腕に顔を隠したまま、ただ首を振り返す。
噛みしめたくちびるに、鉄の味がにじみ出した。
息が、うまく吸えなくて、何も、言うことができない。
「知ってるんです、俺。あのときも、あの後も、あなたにはずっと、エルフから誘いがあったこと。でも、降格が決まったとき、あなたは真っ先に、残留を宣言してくれましたよね。あれは俺のためだって、俺は勝手に信じてるんです。入寮のときに言ってくれたのと、同じメッセージだったんだって」




