レンタル回収
「ばかなひとだな」
ぎゅっ、と掴まれた腕に力が加わる。
完璧な微笑みが、不意にゆがんだ。
「俺、本気でやりましたよ。どうにか観客を増やして収益が上がれば、お金のために売られることはなくなる、そう信じて」
「──うん。そう、おもう。疑ってごめん」
「ちがう……すみません。謝るのは、俺の方です。こんなことになるなんて、おもわなかったから。あの社長なら、赤字なんて出すことはないだろうと、信じ込んだ俺がバカでした。複数年だからって、売られるようなことにはならないとおもってたのに」
うつむいた逢坂のまつげがかすかに揺れる。
「直さん、言いましたよね? 俺を守るためだったら何だってする、って。……分かってたんです。俺が本当に売られそうになったら、そしたらあなたは、フロントと交渉して自分が売られることを選ぶだろうと」
逢坂が冷たい空気を吸い込んだ。
「紀藤さんは、残り試合を全部負けるしかないって言ったのに。それでも、勝とうってあなたは言ったから。──ああもう、自分が移籍することを決意しちゃったんだな、って」
神前は、納得してうなずいた。
「そ、っか。おまえは、俺が複数年だって知ってたから……」
「でもね、直さん。ホーム最終戦、あれだけお客さんが入って──紀藤さんにも細部まで確認してもらったけど、監督の出来高給料、九千何百万だかを支払っても、今季のスポンサー料不足分はちゃんと補えたって。直さんも聞いたんでしょう? 俺が売られる心配は、もうない。だから、あなたが代わりに移籍する必要も、もう、ありません」
ぶんぶんと、神前は首を振る。
逢坂はもう一度、ありません、とくり返した。
「──監督の給料は払える、収益も足りる。でも、グラニが要求する額の半分くらいしか羽角の移籍金は用意できないって、ちゃんと、俺も聞いたよ? このままじゃ羽角はここに残れない……!」
「元いた場所に戻るだけですよ。レンタル回収は誉れです。ここで成長した証だから」
神前の方も、もう一度、首を振った。
「でも、あいつは仲間で、すごく大切で、チームにも必要な選手だっ」
神前が逢坂の胸元を両手で掴むと、ぎゅっ、とその手を上からにぎり込まれる。
「ええ。そうです。ただし、あなたの次か、その次くらいにね」
一瞬、神前は何を言われたのか分からなかった。
逢坂の顔を、あぜんと仰ぐ。
「で、でも……羽角といっしょに、移籍するって言ってたよな、おまえ?」
「…………俺が売られるのなら、いっしょのところに、とは言ったかもしれませんけど。俺が売られることはありませんから。あなたが阻止するし、その手段を持っている──なので、あれは、仮定ですらない、夢想ですね。あいつとは、例えチームが別になっても、いっしょのチームでやるチャンスはあるので構いません」
ぼこ、と神前は逢坂の胸を殴りつけた。
「ひどい。構えよ。おまえも好きなんだろ、羽角のことが!」




