複数年契約
どれだけ経ったころか。
冷たい風に身震いすれば、神前の胸元に逢坂の手が伸びてくる。
おもわず首をすくめた神前のあごまで、上げ忘れていたジャケットのファスナーを逢坂がチャッ、と閉めてくれた。
「──ほら。そんなことだろうとおもったから、最終戦より前、なんですよ」
「え」
「まだ、誰にも、言ってないですよね?」
神前が瞬くと、逢坂はちら、と寮の建物を、ついで車が三十台は停まろうかという駐車場を目だけで確認する。
「複数年契約の違約金と引き換えに、移籍をしたい──なんてことは」
神前はすぐには、自分が大口を開けて逢坂を見返していることにも気づかなかった。
「な、なん、なんで……俺の、複数年──」
おどろきを音声化してしまってから、あわてて神前は首を振る。
「じゃ、なかった。俺、は……複数年契約、なんかじゃ、ナイヨっ」
あやしい中国人のようなイントネーションになってしまったが、逢坂はそれより前に、仕方ないなとでも言いたげに笑っていた。
「直さんが複数年契約を隠すのは、誠さんがいつか言ってたように、他のみんなが単年で、来季の契約も保証されていない中、ケガして一年丸々働かなくても契約と給料が保証されている複数年が、特別扱いされているようにおもえて後ろめたいから、ですか?」
今度は、神前は口ではなく目を大きく見開いて、何で、と心の中で問いを投げる。
「……でも、複数年だっていいことばかりじゃない。望みもしないチームに、お金のために売られそうになるし。移籍したくても、ゼロ円に比べたら誘いはずっと少ないし」
言わんとすることの流れがさっぱり分からず、神前は逢坂の眸をのぞき込んだ。
ふわりと、あざやかな笑みが返ってくる。
なぜだかこのとき、記憶から抹消したつもりだった紀藤のことばが、ふと、おもいだされた。
──あの完璧な笑顔の下で本当は何をたくらんでるんだろうな。
──忘れるな、あいつは何か狙ってるし、何か隠してる。
「だから、俺。それを盾に、ちょっと条件をつけて交渉したんです。──フロントと」
ぞくり、と悪寒に神前は半歩、無意識に後退った。
その腕を、逢坂が掴む。
「俺に、複数年を結ばせたいなら、直さんのことも、複数年契約にしてください、って」
「……いざってときに、俺を売ることが、できるように?」
考えるよりも先に、ことばが出ていた。




