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作戦名はKFJ!  作者: 十七夜
第22節 (H)
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譲れない想い

ぱたん、と扉の閉じる音がして、逢坂の腕から開放されても、しばらく神前はこぶしをほどくことさえできなかった。

空気よりも重い何かが、胸と喉をいくども上下するような心地を味わう。


「────き、とう」


ようやく声をしぼり出したが、返事はない。

おずおずと首を巡らせれば、おもったとおりの表情をした紀藤がいて、神前は自分の身がふたまわりほど縮んだ気がした。


「ごめんなさい……」

「謝る相手がちがうんじゃないのか」

「……ハイ。ごめんなさい」

「俺も、おまえを一発殴ってやりたいが」

「う……。そしたら、マコとおあいこになる、かな?」

「なるわけねーだろ! 平身低頭して謝れ」


ぴしゃり、と容赦なく切り捨てる親友のことばに、神前はしょんぼりとうなずいた。


「はい。そうします」

「だけど、直さんの言ったことは、決して間違ってはいないはずです」

「そうだな。──江野の言ったことは、間違ってましたか?」


紀藤が隣の席へと視線を移すと、腕を組んで座った橘がいや、と答える。


「間違ってないな。限りなくスレてない方の、中位以下の選手の大方の意見だろう」

「──あのな。どちらが間違ってるか白黒つけたいなら、会議以外の場所で殴り合いでも何でもやってくれ。会議っていうのは、意見の違うもの同士がお互いの主張を酌みつつ、折り合いをつけるためにやってるんだ。あいつを殴って、何かすこしでも話が進展したのか、ああ?」


神前がすくめた首をふるふると振る。


「いいか。さっきと同じことをいくら叫んだところで、あいつは耳を貸すためにこの場に戻って来たりはしないぞ。……まずは、もう一度話を聞いてもらうために、どうするか、だな」

「──俺が、おねがいします。このチームを去るのも、売られるのも嫌なので、どうか力を貸してください、と」


なめらかな美声で、逢坂が答えた。

神前から視線を流して、紀藤があきれたように笑う。


「そういう率直さは、おまえの武器だな」

「紀藤さんも。よろしくおねがいします」

「あああっ、ダメだって、逢坂。紀藤におねがいなんかしたら、足下みられて──」

「いいです。俺も、ここに残るためなら、どんなことでもします。……えっと、一応、法に触れない範囲で」


腕を組んでたくらみめいた笑みを浮かべた紀藤に、逢坂がためらいがちにつけ加えた。


「法に触れない範囲、か。分かった」

「ほらっ。本気でやるから、紀藤は」

「ちなみに、おまえも、『何だってする』んだよな、神前?」

「────あの。車の支払いがあるので、無給だけはカンベンしてください」

「アホか。おまえひとり無給にしたくらいじゃ捻出できねーだろ、七五〇〇万。給料分はきっちりサッカーをやった上で、プラスアルファあれこれ働かせてやるからそうおもえ」

「……た、たとえば?」

「それはこれから考える。どのみち、明日の試合までには結論も出なかっただろうから、まあいいさ。そのかわり、今週の日曜より前には仕切り直すぞ。それまでにちゃんと謝っとけ」


紀藤は、タブレット端末をカバンに仕舞いながら、隣の席を窺った。


「何度もつき合わせることになりますが」


ひらり、と手を振って橘が笑ってみせる。


「いやぁ、けっこう新鮮で楽しんでるから、気にするな」


立ち上がると、お疲れさーん、と橘は軽い調子で言い置いてミーティングルームを出て行く。

逢坂も、お疲れさまです、と丁寧に頭を下げて、あとに続いた。

紀藤がカバンを手に席を立つと、足止めするように神前が駆け寄る。


「紀藤、待って」

「帰るぞ」

「紀藤、紀藤っ──……俺、やっぱ、無理」


知らんふりで足を踏み出した紀藤の服を、はっしと神前が掴んだ。


「あんなに言っただろっ。俺には、選手会長なんか無理だ、ってぇ」


背中に、ごつ、と頭がぶつかってくる。

紀藤はため息をついた。

いくつだおまえ、というツッコミは内心にとどめておく。


「情けない声を出すな。……俺も言ったな、協力してやるからおまえがやれって」

「でもぉっ」

「このチームをどうしたい、って訊いたら、おまえはちゃんと答えただろ」


背中に当たったままの額がうなずいた。

ぐすっ、と鼻をすする音がするが、紀藤は聞こえないふりをする。


「江野をぶん殴ってでも譲れない想いが、おまえの中にはあるんだろ?」

「でもっ。マコが、ベンキ、とかって……」

「詭弁か? 何が便器だ。みょうなところで笑いを取ろうとしなくていい」

「してないっ」

「神前。待っててやるから、ちょっと考えてみろ。──おまえは、どうしたいのか」


神前は、喘ぐように息を吸った。

静かな部屋に、コチン、コチン、と壁時計の秒針がひびく。


「俺は、……守りたい。逢坂だけじゃなく。ここを、ここにいる仲間を、まるごと」


そうか、とやわらかなあいづちが返った。

神前は、きゅっ、とくちびるを噛んだ。

同時に、江野のかたく冷たい否定のことばが、耳によみがえる。


売られることと、捨てられること。

どちらがマシかなんて、神前には分からない。

出て行くことと残ること、どっちが幸福なのかさえ、本当のところは分からない。

分かることは、選手は、出て行かざるを得ない選手を、いつも、ただ見送ることしかできないという、現実──


「でもっ。どうしても、ここを、出て行く選手が居なくならないのなら…………せめて、選手について行って応援してくれるようなファンが、居てくれたらなっておもう。チームに要らないって言われても、そんなことないって怒ってくれるようなファンに、たくさんついててもらいたい」


そうだな、ともうひとつやわらかなあいづちが返って。

神前は、紀藤のシャツに顔をうずめたまま、大きく、大きくうなずきを返したのだった。



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